「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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名刺を渡そうとしない鳥取市の職員

 当「開かれた市政をつくる市民の会」が先月上旬に深澤市長宛てに提出した「旧本庁舎の活用方法」に関する公開質問状ですが、先月末に回答がありました。先日この回答に対する当会としての見解を会の公式サイトに掲載しました。詳細については同サイトの記事をご覧ください。大変遅くなってしまい申し訳ありません。

 なお、この機会に、水害時の鳥取市の避難体制に関する疑問点を再度の質問状として提出しました。八月初め頃には担当の危機管理課からの回答が帰ってくる予定です。どの程度くわしい内容の回答が返ってくるのかはまだわかりませんが、今後の水害発生時の避難行動の参考としてください。

 さて、先月から何度か新市庁舎を訪れて数名の市職員と面談する機会がありました。以前から疑問に思っているのですが、面談時に市の職員から名刺をもらうことはほとんどないのです。今回も面談の最初に職員の皆さんは(上の)姓を口頭で告げただけ。肩書すら名乗らない人もいました。

 先月の面会後、家に帰ってから念のために市の職員名簿を調べようとしたが、市の公式サイト上には職員の氏名は一切公開されていない。仕方がないので人事異動の記事を調べたが、市のサイトには市職員の人事異動のデータすらも載っていない。要するに、鳥取市は職員の氏名が市民に知られることのないように異常なまでの努力を払っているのだということだけはよく判った。

 この鳥取市の異常なまでの隠蔽体質と、知事から各部署の非正規職員に至るまで(多分)全ての職員名が部署ごとに公開されている県の公式サイトとを比べると、その間の落差には天と地ほどの違いがある。

鳥取県職員名簿 

 以前から市の公式サイトには市職員名はほとんど掲載されていず、各部署の職位ごとの電話番号くらいしか載っていなかった。昨年11月に新市庁舎に引っ越して市公式サイトを更新してからは、市の情報隠蔽度はさらに高まり、現在では各部署の電話番号としては部署の代表電話番号しか載っていない。なんでここまで隠すのか?

 ふと思い立って、手元に保管している名刺を調べてみた。筆者は年に数回程度は県庁を訪問する機会があるが、県職員の対応は鳥取市職員とは全く違う。初顔合わせの職員との面会の場合、必ず相手が自分の名刺を差し出してくれる。筆者は県の政策に対しては批判的になることが多いが、他の人への対応を見ても、県職員の対応が相手が県政に対して持っている意見次第で変わるようなことはないように見える。

 手元に残っている名刺の枚数を数えてみたら、その割合は、県職員:市職員=8:1程度の比率であった。市役所を訪れる回数は県庁と大体同じくらいだったと思うので、市職員からもらう名刺の枚数は県職員に比べて圧倒的に少ない。

 会社員時代からの習慣で、筆者は面会直後には必ず名刺に当日の年月日を記入することにしている。日付を確認したら、市役所の中で市職員から名刺をもらったのは2016年が最後だった。この頃に「市民には名刺を配るな」という内容の市長通達が出たのかもしれない。2017年以降、市役所内で面会した市職員からは、一枚の名刺すらももらえていないのである (市役所外で市職員に会うことも稀にはあるので、その場合は除外)。

 さて、面会した相手に対して名刺を渡すこと、即ち、自分の氏名、所属先、連絡先を明らかにすることの意味は一体何なのかを少し考えてみた。自分の氏名と担当分野に関する情報を公開することは、「この件については、自分はなにがしかの範囲で責任を持つ」という意思を表明していることに他ならない。だからこそ、日本のみならず世界中において、ビジネスに関わる人々は、名刺の手渡しやメールアドレスの交換で自分の身元と所属先を明らかにすることを以て、商談・折衝・交渉を開始するのが慣例となっているのである。
 そのように考えると、鳥取市職員が筆者に名刺を渡そうとしないという事実が意味することは明白である。自分はこの件に関する責任を取りたくないという意思の表明に他ならない。自分に関する詳細な情報を相手に与えると、後で自分自身を指名して連絡がくるので迷惑だと思っているようにさえ見える。

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 「名刺を渡さない」=「自分は責任を取りたくない、かつ、二度と会いたくない。」

→ その結果、市民は誰が本当の責任者なのかわからない。

       市役所の各部門を右往左往、要するに「たらい回し」が頻発。

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 鳥取市の歳入の約三分の一は鳥取市民から取り立てている税金や手数料、残りの三分の二は国や県からの地方交付税や支出金・補助金から校正されている。要するに、市職員の給料の約三分の一は鳥取市民が支払っている税金なのである。その対価として、市職員は市民に公共サービスを十分に提供する義務がある。

 民間企業に例えてみれば、お客様である市民にサービスを提供する対価として市職員は給料を受け取っていることになる。お客に対してサービス提供を怠るような従業員は会社の存続を危うくする存在でしかないので、経営者が彼の給料を減額、怠慢がはなはだしい場合には解雇するのは当然のことだろう。しかし、鳥取市職員の場合には、市民への公共サービス提供を怠っている職員であっても、何ら恥じることも無く堂々と給料を受け取っているように見える。

 筆者は公務員、特に行政職は住民全体を対象としたサービス業の一種と捉えているのだが、こと鳥取市に限ってはこの見方は当てはまらない。彼らが「自分たちはこの街の支配者だ」と勘違いしている可能性は高いのではないか。約四十年前、関東地方から鳥取市にUターンした際の住民票の転入作業が、あまりにも役人の都合本位で市民に不便を強いていることに怒りを覚えた時から、筆者はこのように感じている。話し出すと長くなるので、この話はまた別の機会にしたい。

 市職員が名刺も渡さず公式サイト上に自分たちの氏名さえも公開しない理由としてもう一つ考えられるのは、彼らが鳥取市の一般市民からの批判を恐れているのではないかということだ。

 しかし、市職員に対する鳥取市民の怒りはもっともなことではある。何しろ、「市庁舎新築は不要」との市民の明白な意志が出た住民投票結果をひっくり返して、新市庁舎建設を強引に進めた深澤現市長の当選に大いに貢献したのが、現在の市職員の大半なのである。2014年4月の三氏が三つどもえで争った市長選挙では、市職員は一丸となって深澤陣営の集票に奮闘、市職員からのはえ抜きである自分たちの仲間を市長に押し上げることに大いに貢献したことは市民周知の事実である。当選後の深澤市長は、市経済の衰退が進む中で、職員給与の引き上げという形で職員に当選御礼を返している。

 おかげで我が鳥取市は、「住民投票結果を無視してひっくり返した、戦後日本政治史における初の自治体」の汚名をこうむることとなった。さらに約百億円と巨額の新市庁舎建設費の負担も一因となり、近年の市民に対する公共サービスの質は低下の一途をたどっている。市民の市職員に対する不満は、このような過去十年間に及ぶ市職員の行動の積み重ねに対する不信感に由来している。筆者の知人には、「鳥取市にはもう税金を支払いたくない」との理由から、他の自治体に毎年多額の「ふるさと納税」をしている例も存在する。

 要するに、元々は自分たちが蒔いたタネなのである。市民からの批判を恐れるあまりに被害妄想となり、せっかく親からもらった自分の名前を正々堂々と名乗ることも出来ずに、新市庁舎の中に閉じこもっているだけなのではないか。

 さて、市民の眼を一番恐れている市職員とは、深澤市長自身だろう。以前、当会サイトの記事「深澤市政二期目の公約の実施状況」にも書いたが、市が主催し一般市民との貴重な対話の場所である「地域づくり懇談会」の開催回数は年々減少。昨年度はたったの七回に過ぎなかった。今年はコロナ騒動を理由に未だにゼロのはずだ。市長は「今年は出なくて済む」と胸をなでおろしていることだろう。

 批判者を排除した安全な場所でしかモノが言えない臆病な人物が市のトップでは、鳥取市の衰退を止められるはずもない。市民からの批判を恐れず、自ら市民の中に飛び込んで行って、市の将来について市民と熱く議論できるリーダーこそが、今、求められているのである。

/P太拝