「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

当ブログの内容は編集者個人の見解であり、「市民の会」の公式見解ではありません。当ブログへのリンク、記事内容の引用等はご自由に!

鳥取市の大規模風力発電事業の問題点(4)  -風車の超低周波騒音による健康被害の原因-

前回からの続きです。以下に示す図や表は、クリックすることで拡大できます。

風車から発生する超低周波音が人体に与える影響を詳しく見ていきます。なお、以下で使う「超低周波音」と言う用語は、通常は人間の聴覚では捉えるのが困難とされている20Hz以下の音波や振動のことを指します。

 

(1)人体の共振周波数について

次の表-1と図-1は、騒音測定を業務としている民間業者のサイトからの抜粋である。特に「風車からの騒音による健康被害」を取り上げているわけではなく、一般的な低周波音が人体に与える影響についてまとめたものである。前回で紹介した風車の周辺住民が訴えている症状(赤字で示す)とほぼ一致していることに注意されたい。

表-1
f:id:tottoriponta:20210404115719j:plain

図-1

f:id:tottoriponta:20210404115933j:plain


低周波振動が人体に及ぼす影響について一番よく研究している業界は、何と言っても自動車関連業界だろう。快適な乗り心地を実現するためには、運転時に車体や路面から伝わってくる振動が人体に与える影響を把握しておくことが不可欠だからである。次の文献に注目してみたい。

「これであなたも(クルマに乗った際の)人体共振ツウ?」


この記事は自動車業界の内情に詳しい方が書いたもので、マツダの新車開発時のデータを元に人体の各部分の共振周波数について述べている。その該当部分を抜粋して下に示しておこう。

1〜2Hz:三半規管
クルマ酔いの原因になる周波数帯。船の揺れのようなゆったりした振動。人間の三半規管の中にはリンパ液が入っており、その傾きを感知して平衡感覚をみています。ところが、1〜2Hzの振動を受けると三半規管内部のリンパ液が共振してしまい、目で感じる傾きと三半規管で感じる傾きがずれ、脳が混乱して気持ち悪くなる……と。

4〜7Hz:頭部
5〜6Hz:脊椎(上体)
10数Hz:内臓 
人間に疲労を与えつつ、もっとも不快に感じる周波数は4〜8Hzだそう。長距離ドライブした際、「なんだかこのクルマ疲れるなぁ」と感じたとしたら、そのクルマは4〜8Hzの振動成分が多いと考えられそうです。

12〜13Hz:上腕/太ももの筋肉
ステアリングを握った腕の筋肉がぶるぶる震えたとしたら、それは12〜13Hzの振動で腕の筋肉が共振している証拠です。太ももだけ揺れる現象が起きるのも10Hz帯の振動が原因だそう。

20〜30Hz:皮膚
皮膚がもっとも震えやすい共振周波数帯です。iPhoneのバイブレーションは22Hzだそう。持ち主に気づいてもらってナンボですから、皮膚が敏感に感じ取る周波数に設定しているわけですね。・・・」

ここで補足説明をしておくと、「共振周波数」とは、例えば、ギターの弦をゆっくりはじいても強くはじいても、はじく弦ごとに楽器全体が必ずそれぞれ異なる周波数(音の高さ)で振動するが、その弦ごとで一番振動しやすい周波数のことを言う。
人間の体も、頭とか腕、脚など、部分に分けてみれば、ギターの弦のようにそれぞれ決まった周波数で振動しやすい。例えば人間の胴体は、脊椎・内臓・筋肉・脂肪が組み合わさってできている一種のバネのようなもので、外部からその共振周波数に近い振動や音波がやってくると、それからエネルギーをもらって大きく振動するようになる(共鳴現象という)。

要するに外部の振動に合わせて体の各部分が大きく揺り動かされることになるのだが、当事者にとっては、自分の意志に反して体の部分ごとにバラバラに大きく揺さぶられるので、その結果として極めて不快に感じることになる。

もう一例、最近読んだ記事から別の事例を紹介しておこう。乗り物好きの人は既にご存じと思うが、ホンダが数年前に販売開始した小型ジェット機ホンダジェットが二年続けて世界シェアトップになったとの記事からの引用である。ホンダやソニーなどパイオニア精神旺盛な企業が元から好きな筆者であるがゆえに、興味深々でこの記事を読んだものである。(共同通信  47NEWS  2021/3/26記事)


「ホンダジェットで「航空業界変える」  開発会社の藤野社長インタビュー 」

この記事では、開発者の藤野社長と取材者とのやり取りの中に次の記載がある。航空業界でも、低周波振動を抑えることで人体の肉体疲労が軽減されるというのは、既に常識のようだ。風車の低周波音による健康被害と乗り物酔いの症状がよく似ているのは、決して偶然ではない。

「―ホンダジェットが優れている点は?
 (同類機の中で)最も高く飛べて、最も速い。燃費も良い。快適性も圧倒的に良く、乗り比べれば誰でも感じる。他社はシェアを奪われないように値引きで戦っている。それでも昨年のシェアが5割を超え、顧客の評価を得られた。

 ―なぜ快適なのか?
 乗ったときの振動や騒音をかなり抑えている。急な風でも揺れが少ない。揺れた後もびしっと安定し、すぐに振動が収まるので「ポルシェみたいだ」と言われる。主翼の上にエンジンを付けたことで、肉体的な疲れにつながる低周波の振動が少ない。2時間ほど乗った後の疲労が競合機とは全然違う。・・・」

 さて、上のように記事の一部引用だけでは物足りないが、マツダ以外のトヨタ、日産、ホンダその他の各メーカーも、ノウハウの塊である自社の詳細なデータを簡単に公表するはずがない。そこで正式な論文はないかとネット上で探したところ、千葉大学による1996年の文献を見つけた。

「垂直正弦振動 における人体の伝達特性」

詳細は原文を読んでいただくとして、以下、この文献で行われた人体に対する振動試験の測定結果だけを述べよう。被験者の振動に対する姿勢は、振動台に対して腰かけている座姿勢とその上に横たわっている仰臥姿勢の二種類。原文中のグラフにはPhase(位相差)のデータがあるが、この値が-90degとなる周波数が共振周波数に等しいものとみなしてよい。仰臥姿勢のデータでは共振周波数が不明瞭な傾向があるので、共振周波数が明瞭な座姿勢についてのみ以下に示す。

下腿:20Hz以上、大腿:14Hz、腹部:11~14Hz、胸部:8Hz、頭部:8Hz

この結果は、最初に紹介した記事中のマツダ由来のデータと大体において一致していると言ってよいだろう。なお、人体各部の寸法が異なれば共振周波数も異なり、上腕のように寸法が小さい部分ほど共振周波数は高くなる。従って、子供や小柄な大人の各部位の共振周波数は、高身長の大人のそれよりも全体的に高くなるはずだ。

なお、最初に紹介した記事の中には、1~2Hzで「三半規管内のリンパ液が共振して・・」との表現があるが、小さな管の中の液体が1~2Hzという超低周波に共振することは、どう考えてもあり得ない。元のデータが公開されることは無いだろうから推測するしかないが、三半規管の加速度検知の仕組みからみれば、リンパ液は慣性で静止していて、逆に頭部または体全体が1~2Hzで振動している状態なのだろう。

(2)家屋の共振周波数
 風車からの低周波騒音による健康被害の中には「家屋の振動」という現象も報告されているが、家屋も人体と同様に共振周波数を持つ。一例として国立研究開発法人 森林研究・整備機構森林総合研究所による次の記事を挙げておこう。
「木造住宅につたわってくる揺れを見る」

図-2

f:id:tottoriponta:20210404121046j:plain

この資料の中の図(図-2として上に示す)によると、試験した住宅の共振周波数は8Hz付近と推測されるがその近くの周波数でもかなり揺れている。資料中の写真を見るとこの住宅は二階建ての新築物件のようだが、古い住宅でも木材という共通の材料を使っているからには、新旧を問わず同じような周波数帯に共振周波数があるものと推測される。
住宅の共振周波数は、地震の際に住宅が破壊される大きな要因としても最近注目されているが、下の資料などを見ると木造住宅での共振周波数(固有周期、固有振動数とも言う)は0.1~0.5Hzとなっている。この差については、今のところはよくわからないが、1Hz以下の超低周波音の大きさにも注目しておく必要があるだろう。
「制振設計事務所のつぶやき」

森林総合研究所の資料に戻ると、文中に「共振により特定の周波数で住宅の外よりも揺れが大きくなった」とある。風車から発生する20Hz以下の超低周波音に同期して住宅全体が大きく揺れる可能性は高い。
共振周波数における振動の減衰しやすさは「振動のQ値」で表わされ、Q値が高いほど振動が大きくなり易い。軟組織の多い人体よりも硬い材料で作られている建物の方がQ値は高いので、風車からの超低周波音が住宅内に居る人の体に直接影響するよりも、いったん住宅が風車からの超低周波音で大きく振動し、その振動がさらに住宅内の人体に及ぼす影響の方が大きいのではないだろうか。このあたりのデータについては、最近は高性能のレーザー振動計などがレンタルで安価に借りられるようになったので、実際の風車による健康被害の現場で容易に測定できるはずである。

(3)パワーの小さい音波で人体や家屋を大きく揺らすのは不可能か?

 以上で述べたように、風車の発する超低周波音で住宅や人体が揺さぶられるのが健康被害の原因だと言えば、「音波の持っているパワーではそのような大きく振動させるのは無理」という反論が必ず返ってくるだろう。確かに音波の一つ一つの波に限れば、それが持っているエネルギーは小さい。しかし、家屋や人体の共振周波数に等しい周波数が外部から何百回、何千回と繰り返し加わる場合には、話が別である。

例としてブランコ(図-2)を考えよう。ブランコは振り子の一種であり、その振幅が小さい場合には、「振り子時計」に見るようにほぼ一定の周期で振動する。その周期の逆数こそがブランコの持つ共振周波数に他ならない。

図-3

f:id:tottoriponta:20210404122207j:plain

上の図-3では子供同士だが、ブランコに体重の重い大人が乗り、小さな子供が大人の背中を押す場合を考えてみよう。子供が押すタイミングが適切であれば、即ち、ブランコが後側の最高点に達してから落下し始める時に合わせて背中を押してやれば、小さな子供の力でも何十回と押すことを繰り返しているうちにブランコは大きく振れるようになる。

振動系の持つ共振周波数に等しい周波数の外力を加えてやれば、外部から振動系にエネルギーが供給され続けることでその振幅は時間と共に増大する。これが共鳴効果である。
ここで前回に図-2として紹介した風車の発生する音波の周波数分布(スペクトル)を再度確認してみよう。下に今回の図-4として改めて示す。

図-4

f:id:tottoriponta:20210318200155j:plain

補正しない前の本来の音圧分布を示すP特性は、人の耳には聞こえないとされている20Hz以下でも、低周波になると共に次第に増大する連続的なスペクトルを示している。多少の風速の変動があって風車の回転数が変わっても、各周波数での音圧強度は大きく落ちることはないものと予想される。
以下、思考実験として、家屋の共振周波数を5Hzと仮定してみよう。風車が移転している限り騒音は発生し、風速が大きくなると共にその各周波数における音圧は大きくなるが、その中には5Hzの成分も当然含まれているはずである。風車が10分間回り続けると、5Hzの空気振動が5×60×100=3000回も外から家屋を繰り返し押し続けることになる。音波の持つエネルギーのうちの一定の割合が共鳴効果によって家屋に吸収され振動のエネルギーに変わることで、家屋の振動は時間と共に大きくなる。風車が一時間回り続ければ、18000回も押されることになる。その結果として、家が大きく揺れ出しても何の不思議もない。
家の中で寝ている人には5Hzの振動は聞こえないが、その体は家と共に振動する。三半規管の中のリンパ液は体の振動についていけないために、脳は体の振動を検知してしまう。こうなると、とても眠れたものではない。ゆれを感じると同時に、家の振動が人体に伝わることで頭や胸、腹部に圧迫感を感じることとなる。おそらくは、このプロセス全体が風車による健康被害の正体なのだろう。

 

(4)環境省の風車騒音ガイダンスについて

ここで改めて環境省の風車騒音に関する見解について触れておきたい。例えば、2018年時点での環境省ガイドラインの概略は以下の資料に示すとおりである。
「日本における風車騒音のガイドライン」日本音響学会誌74巻5号

この資料の三ページ目には以下の記述がある。
「これまでに国内外で得られた研究結果を踏まえると、風力発電施設から発生する騒音が人の健康に直接的に影響を及ぼす可能性は低いと考えられる。また、風力発電施設から発生する超低周波音・低周波音と健康影響については、明らかな関連を示す知見は確認できない。」

このように、環境省は風車から発生する騒音、特に低周波音と健康被害の因果関係を一貫して認めていない。しかし、彼らが公開している関連資料やその主張内容については、以下に示すような疑問点がある。

① 環境省の提出する資料には客観性が乏しい。
例えば、上に示したガイダンスの図-5に風車からの騒音と他の騒音(交通騒音等)のスペクトルの比較を載せているが、一見して風車の騒音は他の騒音より低くなっていることが判る。しかし、風車から遠く離れて測定すれば風車騒音が低くなるのは当たり前であり、風車出力と測定時の風車からの距離も併せて示さなければ、客観性のある比較にはならない。
さらに図-5の説明として「・・風車騒音を測定した結果からは、・・他の環境騒音と比べても、特に低い周波数成分の卓越は見られない。」とあるが、図-5を見れば、20Hz以下でこの風車騒音の傾きは他の騒音とは明らかに異なっており、低周波になるほど騒音が増加している。環境省のこの記述は、彼ら自身が示しているデータにさえも矛盾している。
また、このガイダンスの図-2では「風力発電施設と最近接の苦情者宅の距離」を示しているが、最遠方の苦情者宅までの距離を示さなければ日本国民の風車による健康被害を防ぐ上では無意味であることは、前回の記事で指摘した通りである。

② 健康被害の原因を20Hz以上の可聴周波数の範囲内だけに求め、超低周波音の影響に対して無視し続けるのはなぜなのか?
 超低周波音まで考慮したP特性の風車騒音の持つエネルギーは、可聴周波数だけを考慮したA特性のそれの百倍以上から一千倍近くにも及ぶ。(前回紹介した鳥取環境大による文献中の図-6を参照されたい。音波の持つエネルギーは10dB増えるごとに10倍になる。)風車騒音の持つエネルギーの大半を占める超低周波音の影響について検討することは必要不可欠なはずだが、環境省は何故か一貫して具体的な検討を拒否し続けている。

③ 運転時に10~15Hzの超低周波音を発生するエコキュートによる騒音被害については、既に被害者勝訴の判例が次々と出ている。消費者庁やメーカー側も、健康被害の原因がエコキュートにあることを既に認めている。なぜ、風車騒音だけは例外なのか?
関連サイトを以下に示しておこう。他にも、エコキュートの騒音被害に関する記事は検索すればいくらでも出て来る。
「エコキュートと低周波騒音」
「エコキュートの騒音トラブルを防ぐ騒音対策 裁判事例も?」

上の二番目のサイトによれば、エコキュートからの騒音は「市内の深夜、図書館、静かな住宅地の昼」の騒音レベルの40dBとほぼ同等とあるが、それでも実際に健康被害が発生している。
鳥取環境大の文献の図-5によれば、1000kW風車から250m離れた地点でのP特性の実測値は、県内五カ所の発電所についてその値の全てが60dBを上回っている。音圧は距離に反比例して減衰するから、500m地点でのP特性は少なくとも54dB以上と推定される(音圧については、20dBごとに10倍になる。距離が倍になるごとに風車からの騒音の音圧は半分になって6dB下がる。)。これでは県内で風車による健康被害を訴える住民が多いのも当然だろう。

④ 筆者が今回の記事で書いた内容は、空いた時間に時々ネット上の文献を約一か月間にわたって集めながら考察することによって構成したものである。普通のレベルの技術者・研究者であれば、集中して取り組めばもっと短時間で筆者と同様の結論に達しただろう。
まして、優秀な研究者ぞろいの環境省の担当者の面々が、超低周波音の健康への影響の深刻さに気づいていないはずはない。そもそも、上に挙げたエコキュートによる超低周波音による健康被害の実態について、環境省の騒音担当者が全く知らないことなど到底ありえない。現在の環境省の風車騒音ガイダンスは、意図的に歪曲された可能性が大である。

 

(5)今の環境省の姿勢には大いに失望

今回、この風車騒音問題を調べていて一番ショックだったのは、環境省の国民に対する姿勢の変化であった。筆者の世代の人間にとっては、旧環境庁は「国民を公害から守る正義の味方」というイメージが強かった。それというのも、1971年に実質的な初代環境庁長官に就任した大石武一氏の当時の大活躍が未だに脳裏に強く残っているからである。

大石武一氏の活躍の詳細については、別途wikipedia等の記事の内容を読んでいただきたいが、積年の課題であった水俣病患者の本格的救済、尾瀬大雪山等の自然公園内での観光道路の建設阻止、鳥獣保護への積極的な取り組み等が同氏の功績として既に公認されている。現在の日本列島が美しい自然環境に恵まれていると世界から称賛されているのも、かなりの部分で大石氏の存在があったからこそと言ってもよいのだろう。
環境庁環境省に昇格したのが2001年である。省になったからには他の省庁に対する影響力も強くなったのだろうと今までずっと思っていたのだが、今回の風車騒音の調査の過程でその期待は完全に裏切られた。少なくとも、こと風車騒音に関する限りは、今の環境省はいつの間にか経産省の子分に成り下がってしまったらしい。最近の大石さんは、苦虫をかみつぶしたような顔をしながら雲の上から霞が関を見下ろしているのではなかろうか。

/P太拝