風力発電の最大の問題点として低周波音による健康被害が挙げられますが、今まで見てきたように、環境省は「耳に聞こえる周波数音域」だけで環境基準を設定している現状を全く変えようとはしていません。低周波音域については、ずっと知らん振りを決め込んでいます。国民の人権を役所自ら無視しており、最近話題のSDGsの方針に明らかに反しています。環境省も、風力発電を推進してきた多くの企業も、今後はSDGs不適格団体と呼ぶべきでしょう。
さて、そのように指摘してみても、「少々の被害者の発生には目をつぶっても、経済発展を優先すべき」と言う声も少なからずあるのでしょう。もちろん、彼ら自身は風車から遠く離れた安全な地域に住んでいるのでしょう。
今回は風車が地域経済、さらに日本の経済にもたらす影響について考えてみたいと思います。なお、風車関係の記事は今回でいったん終了し、今後の展開に応じてまた取り上げていく予定です。
(1)風力発電所建設工事の内容
風力発電所の設置に賛成する人々の中には、設置に伴う建設工事によって地域に落ちるカネに期待している方が多いのかもしれない。しかし、一般の企業誘致に伴う工場等の建設工事とは異なり、こと風車の建設に関しては、その特殊性ゆえに地元企業が参入する余地は多くない。以下、鳥取市南西部での風力発電所設置計画(以下、鳥取風力)と青谷町での設置計画(以下、青谷風力)についてその内容を見ていこう。
鳥取風力の事業者である日本風力エネルギー(株)の親会社であるヴィーナ・エナジーのサイトの「企業情報」を見ると、「建設工事等の施工管理は系列会社のヴィーナ・エナジー・エンジニアリング(株)」が担当する」とある。また「事業案内」のページの施工管理の項目には、「アジア太平洋地域に渡って事業展開する規模の経済を生かし。調達と施工にかかるコストを最適化」とある。要するに事業者のグループ内で既に施工のヒナ型は出来上がっており、地元企業に参入する余地があるとすれば、その下請け作業に限られることになる。
また、風車の部材搬入・建設には特殊な技術が必要であり、長さ100m近い羽根の輸送、高さ100m近いクレーンの現地での組み立て等は到底地元企業の手に負えるものではない。
風車の基礎工事や搬入路の建設あたりに地元企業の参入機会があるのだろうが、先の第一回の記事で既に指摘したように、稜線上での数十kmにも及ぶ作業道・管理道の設置は、今でさえ危ない鳥取市の水害危険性をさらに増すことになる。
青谷風力に関しては、そもそも風車の設置位置からして既存の農道脇に建設することとなっており、新たな道路建設は予定されていない。風車の基礎工事だけに地元企業の参入余地があるのだろう。この事業者である自然電力(株)も自前の施工会社を持っており、風車建設についてはこの会社が全体の施工管理を行うことになるようである。
(2)風力発電所建設後の地域経済への影響
風力発電所が稼働し始めてから後の運用では、基本的に現地に人が駐在する必要はない。発電量や風況、機器異常などのデータはリアルタイムで事業者の本社に送信されるはずである。故障が起こった場合には中央から専門家チームを派遣しなければならず、仮に現地に数人のスタッフがいたとしても、彼らだけでは手の打ちようがない。風力発電所の開設による地元での雇用吸収力はほぼゼロと断言してよいだろう。
再生エネルギー発電施設はどこでもこれと似たようなもので、筆者は2014年に当時国内最大級と言われた米子市の「鳥取米子ソーラーパーク」(出力42,900kW)を見学したことがあったが、併設の環境学習施設に来訪者への説明のための職員二名が配置されているだけであった。この職員の方に確認したところ、発電業務に直接かかわっている人は現地にはゼロで、ソフトバンクの本社からリアルタイムでデータの全てを監視・記録しているとのことだった。
次に事業者が支払う土地借用料について見てみよう。2020/8/21付の日本海新聞の報道によれば、鳥取風力の予定地の中に位置し、その周囲三方に風車が建つとされている岩坪集落では、事業者から契約後に地代として年間で約450万円を自治会に支払うとの説明を受けているそうである。予定地のどの範囲が同集落の持ち分になるのかは不明だが、少なくとも風車数本分には相当するのだろう。
年間で数百万円が入っても、風車による健康被害のために先祖代々の家を捨てて村を出ていく人間が増えるようでは元も子もない。また、外部から補助金や支援金などの名目で巨額のおカネが流れ込んできたために、今までは仲が良かった集落内の人間関係が壊れてしまったというのもよく聞く話である。
そもそも、前回の記事で示したような風車からの低周波音のせいで夜に安眠できなくなった家に、自分の子供や孫が泊りに帰って来てくれるはずもない。そうなってしまえば、借地契約が終わる20年ほど先には村の中が空家と廃屋だらけになってしまうことは確実だろう。風車の建設は、地域振興どころか中山間地の過疎化をより一層加速させることになるだろう。
青谷風力については、予定地の大半を所有する蔵内地区が既に事業者との間に土地の売買契約を結んだと報道されている。それが事実ならば、前回の記事で既に指摘したように同地区は風車の低周波音による健康被害を集中して受けることになるだろう。
土地売却金額はかなりの巨額になるのかもしれないが、それと引き換えに、近いうちに村そのものが消滅してしまう可能性もある。風車の麓に立つ集落の土地は、買い手がつかないままに暴落するだろう。蔵内集落以外の風車周辺の集落では、健康被害を受けるだけでおカネは全然入って来ないのだから、風車建設は全くのマイナスでしかない。
既に報道されているように、河原町北村地区では県外から移住予定であった数家族が風車建設の計画を聴いて既に移住を取りやめている。わざわざ移住してきて風車の下に住みたがる人間はめったにはいない。地元の人間が逃げ出し、移住してくる人もいないとなれば、近い将来には、廃村となった無人の家々を見下ろしながら風車だけがクルクルと回り続ける光景が目に浮かぶ。人が住まなくなれば、集落の周辺の農地も荒廃するのは当然の結果である。
景観に対する風車の影響については、近いうちに具体的な予想図も含めて改めて記事にしたい。いま言えることは、風車が林立する景観は明らかに鳥取県内の観光業にとってマイナスに作用するだろうということである。
現在はコロナ禍のさなかにあってインバウンドによる外国人客の訪問はゼロだが、この騒ぎが収まれば再び観光客も増えるだろう。彼らが鳥取県に求めるものは、自国では見ることができない「伝統的な日本の田舎の光景」なのである。林立する風車をバックにきれいな着物を来て写真を撮りたがる外国人客はいないだろう。
(3)日本経済の中での風力発電の位置づけ
鳥取風力の事業者の日本風力エネルギー(株)はシンガポールに本拠を置くヴィーナ・エナジーの子会社である。風車が発電した電力の大半が中国電力に売却され、その代金は東京に集められて最終的にはシンガポールに送金されることになるだろう。青谷電力の事業者の自然電力(株)の本社は福岡市にあるので、福岡に電力の売却金が流れることになる。鳥取市は場所を貸しているだけなのである。
'00年代の自治体による風力発電ブームの時には電力売却金は一応は自治体の収益になっていたが、その後、税金で建てられた風車は次々に民間企業へと売却されていった。現在、鳥取県内で公営で運営されているのは、鳥取市越路で県が運営している鳥取放牧場風力発電所の一カ所だけだ。公営の風力発電所であれば、まだ地元に還元される資金をも期待することもできたのだが、自治体が風力発電を運営しても赤字になるだけのようである。
日本全体としての風力発電の位置付けについても確認しておこう。まず設備面でいえば、昨年の段階で陸上風車を生産する日本メーカーはゼロになった。2019年から2020年にかけて、日立、三菱重工、日本製鋼所の三社が次々に自社での風車生産の終了を公表した。数百kW以下の小型風車のメーカーはまだ国内に何社かあるようだが、今後、日本国内に建つ大型風車は全て外国メーカー製になる。
鳥取風力でも、青谷風力でも、外国製の巨大な風車が林立することになる。特に鳥取風力の場合には、外国資本が外国製の風車を鳥取市内に建設し、鳥取に吹く風を利用して得た電力を作り、それを売って得た利益の大半が再び外国に還元される。「植民地化」という言葉が脳裏に浮かぶ。国内に風力発電所をさらに建設することは、イコール、他の事業でせっかく稼いだ貴重な外貨を国外に流出させることに他ならない。
参考までに、2019年時点での風力発電メーカーの世界シェアを確認しておいていただきたい。15位までを欧米と中国メーカーで独占しており、日本のメーカーの名前はどこにもない。なお、三菱や日立などの大手メーカーは自前の生産はやめたものの、外国製の風車の国内販売は続けるとのこと。
「風力発電メーカー市場シェア 2019年」
余談だが、太陽光発電設備の世界シェアも似たようなもので、かっては世界のトップに立っていた日本だが、国別ランキングで見れば既に世界六位以下に転落してしまっている。
「2019年の世界太陽電池市場、シェアトップ5社は?」
鳥取市内でも、メガソーラーとも言えない数十m四方ほどの小規模太陽光発電所が最近は猛烈な勢いであちこちに設置されているが、近くに行って調べてみると、使われているパネルのほぼ全てが中国製である。最近は日本製を全く見ない。電圧を直流から交流に変換するパワーコンバーター(略称パワコン)も多くが中国製で、今話題のファーウェイ製のパワコンも複数の発電所で最近確認している。
次に風力発電のコスト競争力も確認しておこう。「風力発電は非常に低価格」というのは最近よく聞く言葉だが、詳しく調べると実態はそうでもない。次の表は2020年時点での各種再生エネルギーによる電力の調達価格(配電業者が発電業者から調達する価格)である(クリックで拡大)。経産省資源エネルギー庁が昨年11月に公表した文献から引用した。
数年前は確かに太陽光よりも風力の方が安かったのだが、近年の太陽光パネルの急激な値下がりで、現在は太陽光発電の方が大幅に安くなっている。風力発電のコストは、近年は低価格化の速度が緩慢となっている。
なお、我々が毎月支払っている電力価格は、中国電力を例にとると、一般家庭向け、小規模な商店・事業所向けが21~25円/kWh(300kWh/月以下の場合。基本料金込み、燃料費調整額と再生エネルギー賦課金は除く)となっている。太陽光発電の電力価格とは大差があるが、電力用途の過半を占める大型の工場や事業所向けの高圧・特別高圧電力の料金は、通常時は15円/kWh以下、夜間は9円台/kWhとなっている。中国電力が太陽光発電の電力を買って大儲けしているわけではなさそうである。
今後、風力発電のコストも太陽光発電並みに年々安くなっていくのだろうか。キャノンの研究所による次の記事が参考になる。
①「風力発電のコストは上昇している -英国からの報告-」
以下は要約。なお、文中の英国ポンド表示は、現在の為替水準である1ポンド=151円で円に換算した。
・この調査結果は、過去15年以上にわたる欧州内に風力発電所を所有・運営する350社以上の監査済会計報告から得られた、実際の発電コスト(=資本費+運用費)のデータに基づいている。
・英国の洋上風力の資本コストは、洋上発電の総累積容量が年々大きくなるほどに上昇している。累積出力が百万kWの頃には1000kW発電に要する資本は平均で3.5億円であったが、累積で千六百万kWとなった最近の時点では、1000kWの発電のために平均で7億円の資本が必要となった。これは時間の経過とともに、海岸からより遠く、より深い地点での立地を余儀なくされたためである。
・浮体式洋上発電に要する資本コストは着床式の約二倍。
・陸上風力も同じ傾向であり、年々資本コストが上昇している。これは従来よりもより困難な場所での設置を強いられることによる。
・着床式洋上風力発電所の運転コストは操業時間の経過と共に上昇する。水深10m未満の浅い海に設置した場合、1000kW当たりの運転コストは操業1年目が755万円、操業12年目で1360万円。水深30m以上の深い海の場合には、1000kW当たりの運転コストは操業1年目が2870万円、12年目が5440万円となる。
・この運転費の増加により、操業開始から15年以内に運転費が市場電力価格を上回ることになる。操業して15年以内に資本費を回収しなければならない。
・洋上風力では機器の故障率が陸上風力に比べて著しく高い。陸上風力では、古い小型(1000kW以下)のものは、2005年以降に建設された2000kW以上のものよりもはるかに故障が少なかった。
この英国からの報告によれば、今後、陸上も洋上も含めて風力発電のコストが大きく下がる可能性はなく、むしろ上昇する可能性が高い。風力発電業者と投資した金融機関は破綻するか、あるいは英国の消費者が将来にも電力料金の高騰圧力を受けることになるだろうとの結論である。
公平のために、欧州の洋上風力発電について楽観的な将来予測をしている文献も紹介しておこう。これは我が国の経産省のサイトからの引用である。
詳細については文献そのものを参照していただきたいが、ここでも風力発電所の規模が大きくなっても電力コストは下がらず、むしろ上がる傾向が見て取れる。また経産省が最近強調している「欧州の風力発電は7円/kWh程度と安価」というのは実例のごく一部に過ぎず、英国とドイツの発電所の大半では10~16円/kWhとなっている。
さらに、この文献では発電コストとして毎年の売却価格が一定である「平準化価格」を採用しているが、これは上記文献①では、その末尾で「時間の経過とともにコストも性能も体系的に変化することを考慮していない、非常に誤解を招く指標」であるとして厳しく批判されている。
また、東大の先生が書いた次の文献によれば、現在、日本政府が力を入れている洋上風力発電で欧州並みの安い電力を得ることは、自然条件の違いから見て全く不可能とのこと。
③「風況の違いによる日本と欧州の洋上風力発電経済性の比較」
以下に簡単な要約を示す。なお、この文献での洋上発電とは着床洋上発電を意味しており、浮体洋上発電のことではないと推測される。また、①の文献に示された設置場所の海の深さの違いによる資本コストの差も考慮されてはいない。
・欧州洋上(北海)7地点、日本北海道・北東北洋上(日本海)4地点、台湾洋上(台湾海峡)5地点について、NASAによる風況実測値を元に各風車の設備利用率を計算した。その結果、設備の年間平均利用率として欧州55%、日本35%、台湾36%を得た。同一の発電機を使っても、日本と台湾では欧州の約2/3の電力しか生み出せない。欧州では年間を通じて強い偏西風が吹いているのに対して、台湾では春の、日本では夏の風速低下の影響が大きい。
・日本では欧州よりも風がほとんど吹かない日が長く続く傾向があり、この期間に備えて、風力以外の代替電源の準備が欧州よりもより多く必要となる。このことが風力発電のコストをさらに押し上げる。
・採算性の比較のために、日本と欧州に同一の洋上発電所(デンマークVestas社製 9500kW×37基)を建設した場合の売電価格を試算した。結果は欧州12.6円/kWhに対して日本19.5円/kWhとなった。この差は地理的自然条件である風況の差によって生じるものであり、技術開発や運転習熟度によって埋められるものではない。
以上の文献を読む限り、風力発電の未来は暗いと言ってよいだろう。日本をはじめとして各国政府は現状の実態を無視して洋上風力によるバラ色の未来を描き続けてはいるが、結果的には「絵にかいた餅」に終わる可能性は高い。そのツケは、風力発電業者と金融業者の破綻や、電力価格の値上げによる消費者への負担転嫁という形で表面化するだろう。風力発電に投資してきた、或いはこれから投資しようとしている金融関係の方には、今一度、欧州での実態を精査されることをお勧めしたい。
なお、最近は1万kW級の巨大洋上風車の建設が既に始まっているようだが、海の生物への影響はないのだろうか。空気中と水中では音波に対するインピーダンスが大きく異なるために、インピーダンスのミスマッチング効果により空中から水面に当たった音波の大半は反射されて再び空中に戻る。しかし、風車が巨大になれば水中に侵入する低周波音波の持つエネルギーも無視できなくなるだろう。
クジラは低周波音を使って互いに会話している。イルカやクジラの保護に熱心な欧米の研究機関が、こと洋上風車に関しては沈黙を決め込んでいるように見えるのが不思議だ。先回の当サイトの記事では、「陸上風車のそばの海から魚やウミガメが姿を消した」との声も紹介している。
(4)日本は再生エネルギー戦略の見直しが必要
二酸化炭素の排出急増による地球温暖化の可能性については、先見性を持つ優れた科学者によって1960年代という早い時期から繰り返し指摘され続けてきていた。筆者は大学生の頃から日本は再生エネルギーの採用を早急に拡大すべきであると考えてきた。
最近、この点についてようやく全地球的な共通認識が得られるようになってきたことは実に喜ばしいが、単に二酸化炭素を排出しないというだけで石油・石炭に代わる代替エネルギーとしていまだに原子力発電を主張するヤカラが存在しているのが何とも不思議である。
彼らが原発再稼働に賛成し続けるのであれば、再稼働の結果としてさらに排出される放射性廃棄物という名の核のゴミの少なくとも今後の発生分については、この先の十万年間の核のゴミを保管する場所と費用と安全についても彼ら自身がその責任を負うべきであるのは当然の話だろう。貧乏自治体の首長の頬下駄を札束(元々は国民が納めた税金!)でひっぱたいて核ゴミの処分を押し付けておいて、自分たちは安全な場所にいて政府に決めさせた有利な価格の元に金儲けしようという連中は、人として最低ランクでしかない。
原発問題はさておいて、再生エネルギーの一種としての風力発電については、筆者は今までは基本的に賛成の立場だったが、今回の調査でその考えを完全に改めた。風力発電には問題点があまりにも多すぎる。今回得た結論は、「風力発電は、少なくとも日本には似合わない」。今までの一連の記事の中でその理由を述べて来たが、ここであらためて以下にまとめておこう。
① 低周波音による健康被害は明らかに現実に発生している。しかし。環境省は「耳に聞こえる周波数範囲だけが問題」だとして被害者の声を無視し続けている。その結果、風車からの騒音被害によって不眠となり健康を害した住民、寿命を縮めた住民、自宅を捨てて逃げ出した住民が、何の補償も受けられずに「泣き寝入り」するしかないという深刻な人権問題が発生している。
② 近年の風車の大型化に伴って、低周波音による健康被害が従来よりもさらに広範囲で発生するものと予想される。人口密度の高い日本では、陸上の風車をこれ以上増やすことは人権上、許されるものではない。
③ 日本の国土の75%が山地と言われている。人家の近くに建てられないうえに、標高が高いほど風が強くなる傾向もあって、近年は風車を山の稜線上に建てるしかなくなってきている。しかし、日本の山々は一般に急傾斜であり、稜線や山腹の森を切り開いて道路を付けることで山の保水力は低下する。さらに温暖化によって今後さらに豪雨被害が増えることは、既に社会の常識となってきている。防災上の観点からも、山地での風車建設は中止すべきである。
④ 日本の風力発電メーカーは既に壊滅状態だが、これはある意味で当然な結果ともいえる。人口稠密で広大な未利用荒地がほぼ皆無な日本では、元々から風力発電の適地は乏しい。国内で十分な実績を積めず商品力も十分に磨けていないメーカーがいきなり海外に進出しても、コストがかさむばかりで勝負にならないのは当然の結果である。
広大な牧場や不毛荒地を国内に持つ欧米、国内に砂漠や未利用乾燥地を有する中国が相手では、まず地理的条件からして日本は不利である。元々から条件的に不利な分野で、あえて頑張る必要はない。現在の日本の人口は世界人口の約1.7%に過ぎない。「どんな分野でも日本がトップ」でならなければならない理由など、何もない。
⑤ このように不利な条件下でも、経産省は「これからは洋上発電だ」と意気盛んなようだが、大半の設備を外国から輸入までして、あえて取り組む必要がある事業とは思えない。上の文献で見たように欧州よりも風況が劣る日本では、さらに設備の輸入経費も加えれば、欧州並みの低コストの実現は絶対に無理である。風力発電という事業は偏西風帯に位置していて常に強風が吹く欧州でこそ成立する事業であり、他の地域で猿真似する必要はない。中でも日本は、地理的かつ社会構造的に見て、風力発電には最も不適な国の筆頭だろう。
⑥ そもそも、風力発電事業は風況が適している欧州でこそ実績はあるが、ほかに地理的条件が欧州に似た地域として挙げられるのは、同じく偏西風帯に位置するカナダ西海岸や南米パタゴニアくらいしかないのではないか。これらの地域は電力消費地からあまりにも遠いために、当面の事業化の可能性は低い。
本家本元の欧州でも風車を建てる適地が乏しくなっているために、今後は陸上・洋上ともにコストはむしろ上昇する傾向にあるようである。風力発電は再生可能エネルギーの主力には到底なり得ないだろう。
⑦ 観光・景観面でも風力発電はマイナスである。かって島根半島に風車を建てる計画があったが、「出雲大社のそばに風車を建てるなんて・・」と反対する声が圧倒的で建設中止になったという新聞記事を読んだ記憶がある。十数年前だったか、鳥取砂丘の西端にも小規模な風車を建てる計画があったが、これも砂丘の景観を損ねるとの反対があって計画撤回となった。
最近では、昨年、山形県の出羽三山に巨大風車を40本も建てる計画があったが、計画を公表して直ぐに知事を始めとする山形県内からの猛烈な抗議にさらされて、公表してひと月も経たないうちに事業者の前田建設は計画の白紙撤回に追い込まれている。
「霊場・出羽三山に大型風力発電計画 山形県など反発」
筆者もこの記事を見た時には「何と乱暴な! 神様の住む山をいったい何だと思っているんだ!?」とあきれたものである。今回、風力発電の経済性を調査してみて、神様を山から追い出したうえに経済的にも成り立たない、誰のためにもならない本当にブザマな事業計画であったと改めて感じたしだいである。東京都内の全てのビルの屋上に政府補助金付きで太陽光パネル設置を義務付けた方が、経済的にはよほど有意義だろう。
観光客が見たいものは、古来から「神々が居ます」とされて来た伝説を伝える山々、人々の日々の信仰と崇敬の想いが先祖代々投影されてきた山々と、その麓に住む人々の暮らしと笑顔である。クルクル回る機械が針のように林立するだけの、人間の欲望に引き裂かれたような山々を、わざわざカネを払って見に来るようなモノ好きなどはいないだろう。
⑧ パネルの大半を中国製に依存することになってしまったとはいえ、再生可能エネルギーの中では太陽光発電が既に最も低コストなのだから、当面は太陽光を主体に温暖化対策を進めていけばよいだろう。「山を切り開いてメガソーラーを作ったために、豪雨時に川があふれた」等、いくつかの環境問題も発生してはいるが、風力発電に比べれば、太陽光ではそれほど深刻な問題は出ていないようである。
従来のシリコン製の太陽光パネル以外では、日本が開発で世界に先行しているペロブスカイト型太陽電池が特に有望である。薄くて自由に曲げることが出来、窓に張り付けても発電できる。車のボディや都会のビルの壁や窓に張り付ければ、純正の産地直送電源になる。日本は新型の蓄電池の開発でも世界に先行しており、太陽光発電の余剰電力をためておいて夜間に使えるようにするなど巨大な需要が期待できる。
国内の太陽光発電だけで国内で必要なエネルギーを賄うのは無理だろうから、足りない分はオーストラリア等、日本との関係が安定している国の砂漠で太陽光発電した電力で水を電気分解し、発生した水素をタンカーで日本に運べばよい。水素の運搬に必要な技術も、既に日本国内では実用化の一歩手前にまで来ている。
今後コストが下がる見込みがない風力発電をさらに拡大することは、将来の消費者の負担をさらに増やすことになるだけだから、経産省は洋上風力拡大政策を即刻止めるべきだ。日本が先行している分野には集中的に投資する一方で、もはや勝てる見込みのない事業分野からはさっさと撤退すべきである。対GDP政府負債比率では世界最悪の指定席に長らく座り続けている我が国には、将来主力となる見込みのない事業、事業者の赤字が確実な事業にさらに税金をつぎ込む余裕など全くないはずだ。
しかし我が国の現状では、霞が関の官僚は、国の将来よりも自分の老後の生活の安定を最優先しているように見える。担当する事業の前途が見込み無しとの結論を下して自分の代で廃止させてしまった場合、事業をつぶした張本人というマイナス評価を自ら引き受けるのみならず、前任者である先輩の顔にも泥を塗ることになる。先輩との人間関係は当然悪化、自分の将来の出世にも差し支えることになる。一番望ましいのは、担当する事業の可否の判断は先送りしてそのままダラダラと継続させ、誰か適当な後継者を早く見つけて押し付けてしまい、自分自身はもっと前途有望な事業の担当にさっさと乗り換えることだろう。かくして、将来見込みのないテーマの数は高級官僚の人数に比例して膨らみ続け、国費の浪費も牛のヨダレのごとくいつまでも続くのである。
/P太拝