「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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野坂川が氾濫する条件

先週の月曜日の7/12に中国地方は梅雨明けとなりましたが、先々週の県内では激しい雨が降り続きました。直接の死者は出なかったものの、7/7には鳥取市内の多くの地域に対して避難指示が発令されました。

対象となる人数は7/7の夜の時点で最大で、下の図-1に示すように約16.1万人と実に市人口の86%にも及びました。これは岡山県倉敷市広島県などで多数の犠牲者を出した2018年7月の西日本豪雨の際に、鳥取市の全域に避難勧告が出て以来の規模でした。

図-1 2021/7/7時点の鳥取市内各種警報(図のクリックで拡大、以下同様)

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以下、今回の豪雨の特徴について調べてみたいと思います。

 

(1)梅雨期には珍しい日本海側からの風

従来、鳥取県では梅雨の時期には河川氾濫の可能性が高まるほどの豪雨はほとんど発生していなかった。下の表に見るように、千代川水系での主な洪水は、従来は全てが秋の台風によるものであり、梅雨期の大規模な洪水は2018年(平成30年)の西日本豪雨が初めてである。この時には千代川水系では戦後二番目の流量を記録した。

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この西日本豪雨に比べれば先々週の豪雨はかなり規模が小さかったが、西日本豪雨の時とはかなり異なる特徴があった。それは山陽側ではなくて、むしろ山陰側、特に鳥取県の海岸部の降水量が多かったという点である。

2018年の西日本豪雨の時の西日本各地の全期間中降水量を下の図-2に示す。

図-2 2018/年7月 西日本豪雨の各地降水量

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鳥取県側では智頭で岡山側に匹敵する降水量を記録しているが、県全体としては岡山側よりも強雨の範囲は狭い。山陽側よりも川が短くて降水が一気に海に流れ出るという地理的条件もあって、千代川水系では氾濫の一歩手前で済んだ。この豪雨の間の代表的な天気図(図-3)を下に示す。梅雨前線が南西から北東方向に中国地方を横断する形で伸びており、この前線の南側に沿って線状降水帯が形成されたのである。

図-3 西日本豪雨時の天気図

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一方、先々週の豪雨の際の天気図はかなり様相が異なる。一番雨が激しかった7/7の天気図(図-4)では、下に示すように梅雨前線は緯度線に対して水平というよりは若干右下がり、北西から南東方向に中国地方を横断している。

図-4 2021/7/7の天気図

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前線がこの形の場合には、線状降水帯に沿って日本海の水蒸気を十分に吸い込んだ北西風が吹き込み、中国山地にぶつかり上昇して山陰側の海岸部に大量の雨を降らせる。この構造は冬に山陰が大雪になる場合と同様である。
従来は梅雨前線は水平または右肩上がりとなることが大半であり、鳥取県中国山地の風下側となるので、海からの水蒸気が山にぶつかる風上側となる山口・島根、または山陽側よりも雨量は少なかった。どのような場合に梅雨前線が今回のような形になるのかはまだよく判らないが、表面的には、7/7朝に関東付近に低気圧が発生したことで梅雨前線がそれまでの水平または右肩上がりから右肩下がりへと変化している。
(以上の天気図は「気象庁 過去の天気図」より引用)


先週の雨の降り始めからの県東部各地のアメダスの積算降水量を次の表に示す。比較のために、2018年の西日本豪雨時、及び野坂川が氾濫に近い所までいった2018年9月30日の台風24号通過時の積算降水量も併せて示す。

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(1)の西日本豪雨の時には智頭と佐治の降水量が鹿野と青谷よりも多かったが、(2)と(3)ではこれが逆になっている。後者の場合には、千代川本流よりもその支流である野坂川の方が氾濫の危険性が高くなる。

 

(2)野坂川の増水の実態

筆者が野坂川の氾濫危険性に気づいたのは、三年近く前の2018年9月末の台風24号の通過がきっかけである。その時の当ブログの記事は以下。

「台風24号は去っていったが・・」

また、現在鳥取市南西部で計画中の大規模風力発電所設置計画が、この野坂川の水害危険性をさらに高めかねないことについても、今年二月の当ブログ記事で既に指摘済である。

「鳥取市の大規模風力発電事業の問題点 ① -水害への影響-」

先週の豪雨による野坂川の増水はどうだったかを以下説明したい。まず、野坂川の増水の程度について下の図-5に示す。7/7と7/8の二回の増水ピークがある。なお、このグラフを横切る三本の線の一番上は「氾濫危険水位」4.3mを示している。

図-5 野坂川 徳尾水位計の推移

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千代川の水位が高い場合には野坂川からの放水が妨げられ、前者の水位が極端に高ければ、支流に本流の水が流れ込む「バックウォーター(逆水)」現象が起きる。同時に千代川の水位の推移も見ておく必要があり、それを図-6に示す。こちらでも二日間で二つの増水ピークがある。この二つのピークが若干越えている黄色い線は「氾濫注意水位」の4.7mである。

図-6 千代川 行徳水位計の推移

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なお、野坂川徳尾水位計は千代川との合流点から約1.8km上流、千代川行徳水位計は合流点から約1.1km上流にある。下の図に位置関係を示す。この図の右側に千代川右岸のスポーツ広場の監視カメラの映像が映っているが、この映像から、7/7 15:24にはスポーツ広場の一部が既に冠水していることが判る。(これらの図は国交省「川の防災情報」から入手した。)

図-7 千代川・野坂川の各種観測機器の配置

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次に現場での実際の増水の跡を見ておこう。次の写真は今回の増水と2018年の台風24号の時の増水とを比較したものである。これらの写真は、徳尾水位計から約100m下流の橋の上からそれぞれの増水の翌日の朝に筆者が撮影したものてぜある。

7/7の増水よりも、7/8の増水の方がより高い所まで届いており、一部ではさらに高い所にまでゴミを押し上げている。7/8の増水で倒れた草の傾きが小さいので、7/8の増水は短時間で終わったらしい。ただし、2018年の増水の時に比べれば、7/8の増水は1m弱程度は低かったようである。

図-8 野坂川徳尾での過去の増水

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さて、下流での増水を事前に予測するためには、まずは上流に降る降雨量との関係を把握しておく必要がある。野坂川流域にはアメダス観測所はないが、この明治谷の最奥の鷲峰山の南側にある峠を越えた向こう側には鹿野町河内のアメダスが設置されている。この鹿野のアメダスから峠までは約2kmしか離れていないので、鹿野アメダスの降雨量データと野坂川流域の降雨量の間には強い相関があるものと予想される。今回の豪雨では北西から大量の水分を含んだ風が吹き込んだので、鹿野町河内を通過した風がそのまま高山山塊に当たり、麓の野坂川源流部に大量の雨を降らせたのだろう。

一方、鹿野の次に近い佐治町加瀬木のアメダスは、野坂川からは最短でも約11kmほど離れているので、相関は鹿野よりもかなり弱いだろう。以下、鹿野アメダスの降雨量と野坂川の水位の関係に絞って考察することにしたい。

次の表は各豪雨時の野坂川徳尾と千代川行徳の水位ピークを比較するものであり、その中の最高水位を赤字で示している。2018年7月の西日本豪雨の時点では、野坂川の氾濫危険性について認識していなかったので徳尾のデータについては把握していない。今後入手するようにしたい。

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以下の図は、各豪雨時の鹿野降水量の推移と徳尾水位ピーク、智頭降水量推移と行徳水位ピークの関係を示したものである。降り始めから48時間または72時間までの一時間当たりの降水量の推移を示しており、上からの矢印はそれぞれの豪雨時の各水位計のピークを示している。(気象庁「過去の気象データ検索」よりデータを収集)

図-9 鹿野降水量推移と徳尾水位ピークの関係

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図-10 智頭降水量推移と行徳水位ビークの関係

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図-9によれば、今年の7/7の徳尾水位のビークは鹿野降水量のピークの7時間後、7/8の水位ピークは降水量ピークの3時間後となっている。7/7の水位ピークの立ち上げに時間がかかったのは、7/6以前の一週間の累積降雨量がわずか24mmと流域全体が乾燥していたためと考えられる。要するに、降雨量の中のかなりの割合が土壌や植生に吸収されたのだろう。7/8の水位ピークが早くも降水量ピークの3時間後に訪れたのは、流域全体が十分に濡れて、水の通り道が至る所にできていたためと考えられる。

2018年/9月のデータでも、降水量ピークの2.5時間後には水位がビークとなっている。前日からある程度の量の雨が降り続いていて、既に流域の保水力が飽和していたものと推測される。

図-10では智頭の降水量がピークに達してから2.5~6時間後に行徳水位がピークを迎えている。千代川の流域は県東部のほぼ全域に及ぶので、支流の八東川流域、さらに下流側で合流する袋川や野坂川の影響も考慮する必要があるが、智頭の降水量は行徳の水位を予測するうえではある程度の目安にはなるだろう。

ここで注意していただきたいのは、上の二つのグラフに示した鹿野と智頭の一時間当たり降水量がいずれも50mm/hを超えていないことである。先週の7/12には、一時間だけではあったが、境港のアメダスが一時間に76mmの豪雨を記録している。近年では、降水量80mm/h以上の豪雨が日本全国で年に数十件発生している。

今回は島根県東部から鳥取県中部にかけて線状降水帯が南北に行き来することで各地に断続的に豪雨を降らせたが、仮に線状降水帯が動かずに50mm/h程度の豪雨が三、四時間も続いていたら、水位が堤防を越える可能性は徳尾でも行徳でも極めて高かっただろう。もはや、県内のどの川で氾濫が発生しても不思議ではなくなって来ている。「どこで氾濫するかは、その日の運しだい」なのである。

(3)野坂川が氾濫する条件

野坂川は全長が短くて流域も狭く、さらに周辺山地の地質は崩れやすい真砂土地帯であり、既に半ば天井川に近いと言えるほど川床も高くなりつつある。上に見たように、流域に豪雨があれば短時間で水位が上がる川でもあり、氾濫の危険性は千代川本流よりも相当程度高いと言ってよいだろう。

さらに、仮に野坂川が氾濫して堤防が決壊した場合には、下流に位置する徳尾・徳吉・緑ヶ丘・安長の密集住宅地、市の商業中心地である商栄町や千代水地区には甚大な被害が発生することになるだろう。豪雨の際には、県や市から状況に応じて警報が出されるのだろうが、市民サイドとしても日ごろから豪雨に対する注意と万一のための準備とをしておく必要がある。これまで説明してきたデータから、どのような時に野坂川が氾濫するのかという条件を以下にまとめたので、今後の参考とされたい。

①「鹿野アメダスの降水量が、降り出してから半日以内に累積200mmを越えたら要注意。

 今月7/7の例では、鹿野での降り始めから10時間で累積で200mmを超え、その3時間後には徳尾水位計が最初のピークの4.4mに到達している。この時点で既に「氾濫危険水位」の4.3mを越えており、市から避難勧告が出るのが当然という状況となっている。このような状況になった場合には、上に紹介した「国交省 川の防災情報」アメダス等によって常に最新の情報を把握し続けることが望ましい。避難勧告が出た場合には、とりあえずはスマホと身の回りのものだけを持って、指示に従って素直に指定された避難所に向かうべきだろう。

②「弱い雨が長期間降り続いたり、前日に一時的に強い雨が降った後の場合、激しい雨が短時間続いただけでも急激に増水する場合があり得る。

 流域内の土壌水分量が既に飽和して保水力が失われている場合には、少ない雨量でも短時間のうちに増水する。今月7/8の水位の第二のピークがその例である。この時には再度降り始めてからの累積約100mm程度で徳尾水位の第二のピークを引き起こしている。

これから判るように、流域内の保水力は日ごろからなるべく確保しておくべきであり、そのためには流域内の山地の森林は今以上に保全すべきである。この流域内の稜線を何十kmも切り開こうとする現在進行中の風車設置計画は、下流の住民が水害に遇う危険性をさらに増すことになる。

③「鹿野の降水量が急激に増えた場合、2~3時間後には徳尾の水位も急速に上昇すると予想される。」この場合には至急安全な場所に避難すべきだ。

(4)海水面の上昇の影響

温暖化に伴って豪雨の発生頻度は今後さらに高まると予想されるが、同時に温暖化は海水面の上昇の原因にもなっている。海水面が高くなることによって、従来は海に排出されていた雨水が川にとどまり続けることで、豪雨時の水位をさらに押し上げることになる。

次の記事によると最近の日本周辺の海面上昇率は約4mm/年とのこと。このままの上昇率であれば、2050年には今よりも12cm、2100年には32cm程度上昇する計算になる。しかし、当面は温暖化ガスが今よりも増え続けることはほぼ確実だから、実際の海面上昇の速度はさらに加速するだろう。

「1mで日本の砂浜9割を水没させる「海面上昇」はどこまで進んだか」

最近発表された次の記事では、2100年までに海面が最大で2m上昇する可能性があると主張している。

「海面上昇、従来予測の2倍に 氷解が加速=英研究」

他の要因としては、気圧が下がると海面が上がるという現象が挙げられる。気圧が10hPa(ヘクトパスカル)下がると、周囲から海水が吸い寄せられることで海面が約10cm上がるとされている。標準大気圧は1013hPaだから、仮に山陰海岸に990hPaの停滞前線が居座っているとしたら、通常よりも海面が20cm程度は上がるだろう。920hPaの台風の中心では、海面は通常よりも約90cmも上がると予想される。

さらに、満潮・干潮の要因もある。山陰東部の一日の満干潮の差は夏の最大時には約40cmになるので、大潮の満潮時に豪雨に見舞われるとかなり危ないことになる。このように海面上昇には多くの要因が関わっているが、集中豪雨時に海面上昇が悪影響を与えるケースは、将来的には今よりもさらに増加することは間違いないだろう。

なお、上に挙げた各地の水位計の水位は海水面を0mと想定して決めているので、海面が上昇すればその分だけ川の勾配が減少することになる。

 

(5)いまだに防災無線に頼る「周回遅れの日本」

今月の7/7の 15:44、大正、豊実、千代水地区他に避難指示が出された時(図-1参照のこと)、筆者はちょうど千代水地区内の路上を傘をさして歩いていた。屋外にいて防災無線の放送内容がよく聞こえたので、「車が水に漬かっては大変だ!」と自分の車に慌てて戻り、さっさと対象地区外へと逃げ出したのである。放送を聞いてから数分後にヤフーの気象情報を見たが、この避難指示はまだ掲載されてはいなかった(この時には鳥取市の公式サイトは確認しなかったが、市はサイトに掲載してから放送したのだろうか?)。

こんな時に思い出すのが、中国で働いていた十年ほど前の出来事である。中国でも北京より南には梅雨期がある(そもそも、梅雨という言葉自体が中国語からの借用)。筆者はその頃は華中の某市にいたのだが、六月末のある日、その街で買って仕事で使っていた安物の携帯に突然メールが入った。見ると市政府からのメールで、「今後、当地方を集中豪雨が襲う可能性が高いから十分に注意しなさい」との内容だった。

あれから十年近く経ったが、日本で使っている携帯には未だに大半の災害情報が配信されてこない。配信されるのは、ニ、三年前にやっと送ってくるようになった緊急地震速報だけだ。なんで水害その他の緊急情報は配信されないのか?これこそ縦割り行政の弊害の典型例ではないか?

屋内にいてはほとんど聞こえない防災無線、せっかく買ったけど、常時つけているとうるさいので結局は電源を切ってしまう人が多い防災ラジオ。こんな時代遅れのシステムにいつまでも頼っておきながら、仕事をした気にならないでもらいたい。

既に国民の八割以上が持っているとされるスマホや携帯を、なんで頻発する水害対策に活用しないのか、実に不思議である。霞が関と各地方自治体の行政担当諸氏は、自分たちは自身が受け取る給料に見合った仕事をしていると国民の前で断言できるだろうか?

十年前の中国が既にやっていたことがいつまでもできないどころか、やろうとすらしない日本。こんな有様では、今までずっと自慢して居座り続けてきた「先進国の椅子」からの転落も間近だろう。

/P太拝