「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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ナチスの優生学

二週間ほど前のことだが、1/26(木)の21hからのHNKBSでナチス優生学に関する番組を見た。「フランケンシュタインの誘」と言う名の、オドロオドロしい題名である。NHKオンデマンドにはまだ載っていないが、そのうちにBSで再放送されるのかもしれない。

この日に、このような番組をNHKが放映した理由だが、ちょうど半年前の2016年7月26日に相模原市で発生した、施設の元職員による障害者施設での19名殺人事件に呼応する番組だったのだろう。元職員は、ヒトラーの優性思想に傾倒していたそうだ。

この番組の解説者として、阪大教授の仲野徹氏と国立成育医療センター所長の松原洋一氏が出演していた。この番組の主な対象は、オトマール・フォン・フェアシュアーという人物である。他のナチス系の優生学推進者としては、この番組の中で、カ
ール・ブラント、 カール・シュナイダー、 ヨーゼフ・メンゲレ等の名前が挙がっていた。

この中のヨーゼフ・メンゲレは、アウシュビッツ強制収容所で生体人体実験を行った軍医として有名だが、フェアシュアーは彼の学生時代からの指導教官であり、強制収容所にいたメンゲレから死体から得た血液や内臓を研究材料として送ってもらっていたとの事である。

戦後、ヨーゼフ・メンゲレは39年間にもわたってドイツとイスラエルの官憲の追跡からの逃亡生活を続けた後、逮捕されないままに南米で事故死した。一方、メンゲレを指導したフェアシュアーは、戦後は「アウシュビッツで行われていたことは知らなかった」と言い張り続けた。結果的にはドイツ最大の研究所の所長となり、戦時中の責任を問われることはなかった。

よくある話だが、実際に手を下した下っ端の戦争犯罪が追及される一方で、それを教唆し指導した張本人の責任が問われることはないのである。解説者の説明によれば、フェアシュアーが若干の罰金を支払っただけでほぼ無罪で済んだのは、彼の優生学の研究結果を手に入れたかった米国の判断が大きく影響したらしいとのことだ。

そもそも、二十世紀前半に優生学がもっとも盛んであったのは米国だったそうである。米国の大財閥であるロックフェラー財団はドイツの優生学研究に対する多額の援助を惜しまなかった。障がい者に対する断種法の実施は、米国が世界初であった。現在では断種法を実施している国はないが、米国のカリフォルニア州は、法律によって出生前の胎児のダウン症検査を義務付けているそうだ。

1933年にナチスが政権を取ったドイツでは、政府の主導のもとに障がい者本人の承諾なしに強制的に断種できる法律を成立させた。この障害者に対する断種を主張してきた人物こそ、このフェアシュアーにほかならない。ナチス政府は、各地に優生裁判所を作り、ドイツ国民が結婚するためにはこの裁判所の許可が必要であるとの法律を定めている。

この番組中では具体的な被害者名までも挙げていたが、結婚を申請した障害者がすでに妊娠していた場合には、優生裁判所が強制的に中絶・断種させたそうである。ドイツでは、この法律によって人口の二百分の一にあたる約40万人が強制的に断種された。この番組の主人公であるフェアシュアー自身、自ら希望して優生裁判所の判事となり、障害者か否かの判定に係わっている。

なお、第二次世界大戦前後の日本でも、当時の流行の最先端思想である優生学を信奉した学者は多かった。しかし、国家による公的な断種手術の奨励までには至っていないようである。ただし、優生学の影響かも知れないが、既に周知のように、戦時における敵軍の捕虜やその同調者と推定される者に対する生体実験は我が国でも大いに行われていた。具体例としては、旧満州におけ関東軍731部隊遠藤周作が「海と毒薬」という小説で取り上げた九州大学の医学者による米軍捕虜に対する生体解剖等が挙げられる。

クリスチャンの遠藤周作が「海と毒薬」を書いたのは、「日本人がクリスチャンであれば、このような、人間の原理に反する行為はしなかったのではないか」という想いであったそうだ。残念ながら、それは半分正しくて、半分間違っていたようだ。

ヒトラーを筆頭とするナチスドイツは、その構成員のほぼすべてがナチスであると同時にキリスト教徒であった。1942年のクリスマスに赤軍に包囲されて壊滅寸前であったスターリングラードのドイツ軍は、迫りくる死を前にして家族と自らの安寧を
キリストに祈っていた、アウシュビッツガス室ユダヤ人を日常的に大量殺戮し、その死体から脂肪を抽出して石けんを生産していた銃後のドイツの労働者も、クリスマスには自宅で家族と共に神に祈りをささげていたはずだ。

この番組の解説の中で注目すべきは、この優生学思想は主として西欧の中でも、特に北欧に近い諸国に顕著であると言うことである。第二次世界大戦の前後に知的障害者に対する断種手術を公的に実行したのは、スウェーデン等の北欧諸国やドイツ、スイス等。さらに、それらの国からの移民が多い米国、オーストラリア等に限定されていた。英国でも優生学は盛んだったが、同国では実際の断種手術の強制には至らなかった。一般的に言えるのは、プロテスタント等の非カソリック系が多数を占める国では優性学思想が流行したが、イタリアやスペインなどのカソリック系が主流を占める国では優性学はふるわなかったということだ。
 
優生学が支持された理由は「社会の富を障がい者のために使うのはムダ」との一見合理的に見える思想によるものである。プロテスタント系の合理主義は産業革命を推進し資本主義の発展の思想的基盤となったが、同時に優生学思想を生み出していたのである。教会を介することなく個人が神に祈ることで神との対話が可能であるというプロテスタントの教えが、自分は特別に優秀であると錯覚した個人が、自分には神に代わって他の人間の価値を判断する資格があるとする傲慢につながったのだろう。

イタリアの映画監督のフェリーニが1954年に作った映画「道」の中で、少し頭の弱い女主人公のジェルソミーナが、キ印というあだ名の綱渡りの男を前にして「私は何の役にも立たないわ、生きている値打ちがないの。」とつぶやく有名なシーンがある。キ印はこれに答えて、「道ばたの石ころだって、誰かの役に立っているんだよ」と語っている。カソリックの総本山があるイタリアの映画ならではのシーンだが、安楽死を法律で認めているオランダやスイス出身の監督がこの映画を撮っていたら、全く別の展開になっていただろう。

ところで、トランプ大統領が何を言ったかが連日トップニュースとなっている昨今である。筆者は既にトランプの名前には食傷しているのだが、トランプの支持者がほとんど白人のみという点が気にはなる。かっての優生学の総本山であったアメリカに於ける優生学復活の現れかと思うのは早計だろうか?ちなみに、トランプ氏の宗教は、長老派のプロテスタントとのこと(カソリックだったら、三回も結婚はしないよな)。

さて、我が日本国について。

我々日本人の伝統的文化では、たとえ犯罪者であっても、時と場合によっては神様になれる。他国民や自国民を何十万人と殺したことに責任がある人物でも、ひとたび神社に奉られれば神様の一員に出世して、時の首相や防衛大臣が堂々と参拝におとずれる。他国から見れば、はなはだ異様な光景なのだろう。そういう行動をしている一方で、「過去の戦争については深く反省している」と百万回言ったところで、その言葉が信用されるはずもないのである。

要するに、昔のことはすぐに忘れる、世界でもまれに見るほどの極端な健忘症の集団が日本人なのだろう。正確に言えば、昔の都合の悪いことは「すぐに忘れようとしたがる」人間集団と言ったらよいのかも知れない。相模原の19人殺しは、あの戦争の時代に大流行した優生学思想や、日本を含めた多くの国がやってきた犯罪行為に我々が正面から向き合って、その事実を語り継ごうとしなかったツケの表れではないだろうか?

最後に、この番組で紹介されたヒトラーの語った言葉を記しておこう。ヒトラーが自国民であるドイツ人について語った言葉らしいが、ドイツ人よりもはるかに忘れっぽい我々日本人にこそピッタリの言葉だと思う。
 
ヒトラーの言葉:
「大衆の理解力は非常に小さく、その忘却力は非常に大きい」

/以上