「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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最低賃金を継続して引き上げなければならない理由

 先回の記事でとりあげたように、今回の参院選の争点の一つが最低賃金の大幅引き上げですが、まずは「最低賃金引き上げ論」の元祖ともいえるデービッド・アトキンソン氏による次の記事を一読していただきたい。同氏の提言は、単に格差是正だけにはとどまらず、最低賃金の引き上げという政策が、まさに日本の国の将来を左右する最重要政策に他ならないことを主張するものであると思います。

 刺激的なタイトルのこの記事は、日本商工会議所の反論に対する再反論として書かれたものらしく、いささか筆調が感情的になっている面があるものの、同氏の本来の主張は極めて論理的かつ客観的な内容です。以下、同氏の最新の著書である「日本人の勝算」の内容に沿ってその概要を説明していきましょう。

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(1)急速な人口減少の中でも、社会保障費は今後も維持し続けなければならない。そのためには生産性の向上が不可欠。

 国連のデータによれば、日本の人口は1億2775万人(2016年)から8674万人(2060年)へと、今後44年間で実に32.1%も減少すると予測されている。特に15~64才の生産年齢人口に限れば、7682万人(2015年)から4418万人(2060年)へと実に42.5%もの減少。一方、65才以上の高齢者は3395万人(2015年)から3464万人(2060年)へと2.0%の増加との予測である(高齢者数のピークは2040年の3868万人と予測、以上の予測はもともとは国立社会保障・人口問題研究所によるもの)。

 今後40年以上にわたり高齢者数は現在とあまり変わらないのだから、国全体の社会保障費は少なくとも現在と同じ水準を維持しなければならないし、超高齢者が増えるのでさらに医療費が増えることも確実だろう。しかし、働き手の数が四割以上と大幅に減るので、労働者一人当たりの付加価値(×労働者数=国のGDP)、いわゆる生産性を2060年には現在の1.74倍にしなければ (これは生産性を毎年約1.3%ずつ引き上げることに相当) 現在の日本のGDPは維持できない。

 GDPが減れば社会保障費も減らさざるを得ない。「人口が減少するのだからGDPが減るのはやむを得ない」との説もあるが、その人は「自分の年金や医療保険が減るのもしかたがない」と言っているに等しい。

(2)規模が小さい企業ほど生産性が低いのは世界共通の現象だが、日本では零細規模の企業が極めて多い。

 生産性と企業規模の間には明確な相関があり、企業の規模が大きいほど生産性は高くなる。下の図は各国の生産性と20人以下の企業に勤める人の割合を示すものであるが、日本ではこの割合が20.5%であるのに対して、生産性が日本の約1.4倍のアメリカでは11.1%に過ぎない。日本の生産性が先進国中最低ランクであるのは、零細企業が極めて多いことが影響している。

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 逆に規模の大きい企業が国内に増えれば、国全体の生産性も改善する。働く人が激減する日本で企業数が減るのは必然であるが、むしろこの機会に企業間の合併や吸収によって積極的に企業規模を大きくするように国が支援するべきである。すでにこの動きが進んでいるのが銀行業界であり、現在の業界トップの三菱UFJ銀行は、1990年には七社に分かれていたものが統合を繰り返して誕生した。

(3)生産性改善のために最も有効な政策は最低賃金の引き上げ。

 生産性と最低賃金の値との間に強い相関があることは、既に世界的に認められている。各国の生産性と最低賃金(購買力平価調整済)の相関を下に示す。日本は、生産性が同等レベルの国に比べて最低賃金が低いことは明らか。

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 最低賃金の継続的引き上げの実例としては、近年のイギリスの状況が挙げられる。1997年に労働党が保守党に代わって政権を握った結果、1999年に3.60ポンドであった最低賃金は年平均4.17%の率で継続して引き上げられ、2018年には7.83ポンドと、19年間で約2.2倍に上昇した。この結果、最近の約20年間では、先進国の中では、ほぼ唯一イギリスのみが賃金格差が縮小している。

 イギリスの保守党は(現在の日本の財界と同様に)、当初、「最低賃金を上げると失業率が悪化する」と猛反対したが、結果としてはこの間の失業率の悪化は認められなかった。さらに、生産性が向上した企業も以前よりも増加した。

 なお、韓国で2018年に実施された最低賃金引き上げが失敗に終わったのは、第一回目の引き上げ幅が16%と極端に大きかったことが原因と考えられる。小幅な最低賃金引き上げを継続的に繰り返すことによって、技術導入による生産性向上、業種転換、企業合併へと経営者を誘導することができ、その結果として国の経済の安定的な発展と格差是正を実現することができる。
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 以上が、アトキンソン氏の主張の概要です。日本が現在置かれている状況を踏まえての極めて客観的で実践的、かつ合理性のある提言であると思います。反論したい方は、客観的かつ信頼できるデータを提示した上で、反論していただければよいでしょう。

 上に紹介した最低賃金の話題以外にも、この本には、日本で女性の賃金が極端に低い理由、外国人観光誘致の戦略、技術が優れているはずの日本の生産性が長期にわたって低迷している原因など、読みどころが満載です。ぜひ一読をお勧めしたいと思います。この本に紹介されている多くのデータを踏まえたうえで日本の至る所で議論をすることが、将来に向けての課題のより有効な解決策への近道であるはず。

 先回の当ブログの記事では、「れいわ新選組」を立ち上げた山本太郎氏が「政府補償付きでの最低賃金1500円」を明日投票の参院選の公約に掲げていることを紹介しました。この「日本人の勝算」を読めば、最低賃金の引き上げは、それによって経営者層の危機意識を刺激し、彼らの意識変革を引き起こしてこそ初めて有効に機能するのだということが判ります。政府が経営者に補助金を出して最低賃金を上げさせるだけでは、経営者層の意識は何一つ変わらず、生産性が低い補助金漬けのゾンビ企業がさらにダラダラと延命するだけの結果となることは明らかです。山本氏には、公約を決める前にこの本を読んでほしかったとつくづく思うしだいです。

 さらに、この本の特徴は参考データが極めて豊富であるということ。そういう意味では、経済書は文系に属しているとふつうは考えがちだが、この本に限っては理系に属しているといった方が適当かもしれません。裏付けとするデータが多いほど、その主張の客観性と信頼性が高まるのは明らかです。日本人のエコノミストの中で、このようにデータを駆使しながら経済問題を解説できるのは、筆者の知る限りでは早大野口悠紀雄氏くらいではないでしょうか。ネット上で見かける自称エコノミストの中には、最初から最後まで根拠も示さずに自分の主観を一方的に述べるだけ、データを提示するとしても、自説に都合の良いところだけを切り取って部分的に見せるだけという人が数多くいるのです。こんな記事を読むのは時間のムダでしかないと思います。

 もう一つの感想は、アトキンソン氏に代表されるようなアングロサクソンは(実際の氏の出自民族は異なるのかもしれませんが・・)、日本人よりもはるかに精神的に強靭だということです。どこかで読んだことですが、同氏はこの本を書くために経済論文を二千本以上読んだとか。そのようにして情報を集めて客観性を十分吟味したうえで築いた大局観が、多少の批判やそこらでブレるはずもないのです。

 それに比べて我々日本人は、「将来に向けた大局観の構築よりも、自分が属するグループの目先の利益確保を」、国家公務員は「国益よりも省益を」、政治家は「国家百年の計よりも、次の選挙での自分自身の当選を」優先するという傾向に傾きがちです。典型的な例が、先の戦争開始前にはアメリカと戦っても到底勝ち目はないとのデータが山ほど積み重ねられていたのにも関わらず、目先の権力争いや自分の所属先のメンツのためにあの戦争を始めてしまった人たちです。

 最近の例としては、「年金だけでは死ぬまでの生活費が二千万円足りなくなる」という部下からの報告書の受け取りを拒否した、「俺が見たくないデータは、俺が見なければ無かったことになる」という精神年齢が小学生並みの副総理兼財務相がいましたね。野党にしても、国家の将来のグランドデザインをいつまで経っても一向に示すことができないままに、選挙向けに政府・与党の当面の失策の揚げ足取りに終始するばかりです。

 日本人の、特に政治家には、「アトキンソン氏の爪の垢でも煎じて飲んでほしい」とつくづく思う昨今です。

/P太拝