「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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骨のある国政論を聞きたい!

 最近の政治家の発言は、目先の選挙での受け狙いの、実現性を欠いた甘い言葉ばっかり。全くうんざりしていたのだが、昨日、実に久しぶりに骨のある国政論を読んだ。


ダイヤモンドオンラインの記事だが、ここのサイトは登録さえすればずっと無料で読める。さらに、数週間や数か月で記事が抹消される多くのニュースサイトと異なり、少なくとも一、二年は消されずに残っている。おすすめのサイトだが、その掲載する記事の政治的姿勢は右から左まで全方位であり、記事の質もピンからキリまで玉石混交だ。自分の価値観と照らし合わせながら批判的に読むことをお勧めしたい。

 この井手氏の経済思想のエッセンスは、ユニバーサリズム(普遍主義)」と呼ばれる財政理論。具体的な例では、次のようにして格差是正を図るとのこと。

『 単純化した例で言えば、1億円の所得があるAさんと、100万円の所得しかないBさんがいるとしよう。ユニバーサリズムでは同じ税率にする。税率20%だったら1億円のAさんは2000万円納税する。100万円のBさんにも20万円の税金を払わせる。

 政府は、二人から集めた2020万円を、二人に等しく分配する。子ども手当のような直接支払いでも、大学無償化というサービスでも、金持ちと貧乏人を区別しない。AさんもBさんも、各1010万円の給付(再分配)を受ける。
 
 その結果、Aさんは1億円-2000万円+1010万円で再分配後の所得は9010万円。
 Bさんは100万円-10万円+1010万円で1100万円の所得になる。この結果、100対1の格差が、財政による再分配で9対1に是正される。
 
 ユニバーサリズムの肝は「差別しない」。税率は等しい。金持ちも貧乏人も、同じサービスを受ける。所得制限は付けない。貧困だから、といって特別な計らいをしない。「施されることで傷つく尊厳」に配慮したい、と井手は言う。』
 
 いかがだろうか?現実には、所得一億円の人と所得百万円の人が同じ割合でいるはずもないので、所得格差の是正はもっと小規模にとどまるだろうが、少なくとも世間にあまたある他の財政論に比べれば、格差是正の効果ははるかに大きいだろう。
 
 3/12の民進党の党大会に井手氏が来賓として招かれた際に、彼は参加者に向かってこの内容の演説をぶちあげたとのこと。元代表の前原氏が井手氏を熱心に支持しているそうである。
 
 日本では、与党も野党も含めて大半の政治家が、「消費税などの負担はなるべく抑えながら、社会福祉を充実させます。世界最悪の日本の財政負債も改善します。」とムシのいいことを言っているが、財源すら確保もできずにそんなことができるはずはない。選挙で調子のいい空約束ばっかりした結果、本人も予想外に当選してしまったために進退窮まっている今のトランプ米国大統領の二の舞になるだけだろう。米国民と違って日本の有権者は極端にお人よしなので、何度だまされても例によってすぐに忘れてしまうのかも知れないが。
 
 筆者は、今の日本では、高負担高福祉の政策以外には現実的に選択できる政策は無いと考えている。高度成長時代のように、労働人口がどんどん増えて経済が右肩上がりに成長、税収もほっておいても増加し続けると言う時代ではない。さらに、1990年前後に社会主義陣営が崩壊してからは、中国やインド等の低賃金で長時間働く若い労働者を何億人も抱え、かつ技術水準も急速に先進国をキャッチアップできる国が続々と資本主義市場に参入してきている。日本だけが技術全般に於いて先進的であり続け、それに伴って経済成長も今まで通り続けられると言うのは、もはや妄想のたぐいでしかない。
 
 いままでの中福祉中負担の政策を続けていては、国が持たなくなることは明らかだろう。このままでは、福祉の大幅な切り捨てが始まることになる。格差の増大も止められない。社会格差を是正しながら国の税収を増やす方法を、真剣に議論しなければならない時代が来ていると思う。
 
 民進党の一部に、この井手氏の政策に同調する動きが出てきたことは歓迎するべきことだ。心配なのは、民進党原発政策に見られるように、この先、既成権益にしがみついて自分の議員のイスだけは何とか確保し続けようとする民進党内の連中の妨害は必至であることだ。今までのように選挙目当てで甘い言葉を選挙民にふりまき続けていても、その言葉が実現できないことは明白だ。政治家も、有権者も、もういい加減に目を覚ますべきだろう。
 
 民進党の多くの部分と、それ以外の政党の全ては、選挙前になると従来通りに甘い言葉を連呼することだろう。将来世代と日本の将来に対する真の責任が問われているのは、我々自身なのである。
 
 何でも悪い結果を政治家のせいにするのは、もういい加減にやめよう。政治家の多くはしょせん、議員のイスに座って名誉を得たい、しがみついて権力を誇示したい、権力からもたらされる甘い汁を吸いたいだけの存在に過ぎない。彼らに権力を握らせてしまう元々の責任は、彼らの実現不可能な甘い言葉につられて一票を投じてしまう我々の選択ミスにある。
 
 厳しい未来を予想し、それに対する現実的な政策を立案できる政治家の言葉にこそ耳を傾けたい。具体的な根拠も示さずに甘い未来だけをぶち上げる政治家、今までの延長線上にいればそれでよいと楽観ばかりしている政治家、彼らには日本が置かれている厳しい現実を正確に見ようとする意欲と能力が欠けている。彼らに対しては、断じて我々の貴重な一票を投じてはならない。
 
/以上