「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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デジタル庁設置以前にやるべきことがある

 先週読んだ中で一番笑えたのは次の記事だ。笑った後で、スカ内閣のメディア界への統制の強引さに、そら恐ろしくなってしまうのでもあるが・・。

「総理、怒っていますよ…官邸からNHKへの「クレーム電話」その驚きの中身」


 「説明できることと、できないことがある」というのなら、説明できないような選択肢は最初から捨てればよいだけのことだ。世間に公表できないようなことを今まで山ほどやってきた人間だけがこのような発言をするのである。「バカは自ら墓穴を掘る」という好例に他ならない。

 そもそも、国のトップが国民に対して説明できないことをたくさん抱えている国が、何で民主主義国家なのか?菅総理が「インド太平洋地域で、自由,民主主義,法の支配といった普遍的価値を共有している国々と・・」と演説するたびに、「アンタの日本はどうなの?」と笑うしかない。

 総理お気に入りの山田真貴子内閣広報官が他の官僚から嫌われている現状は、一般の組織の中でもよくあるパターンだ。人事で組織を縛り強力に統制しようとするトップの元では、メンバーはトップに媚びる少数者と、それを舌打ちしながら傍観して目立たないように日々を過ごすだけの多数者とに分かれる。

 トップの方針に対して異論を唱えるとあとで左遷されることは明白なので、自己防衛のためにルーチンワークだけをこなし、言われたことには「なんでもイエスマン」の役割に徹する者がメンバーの大半となるのである。その結果、国民にとっては迷惑なだけで実効性のない政策が次々と誕生することになる。前内閣による、突然の全国一斉休校や、誰も使わないアベノマスクの配布などはその典型例に他ならない。

 このような組織は、当然ながら不活性化して、大きな成果を上げられるはずもない。多くの異論の存在を許容し、メンバー全員が参加して色々な観点から議論を戦わせることで実効力のある政策や方針が生まれるのである。山田広報官の目立ちぶりは、この新内閣がたいした成果もあげられないまま、結局は竜頭蛇尾に終わるであろうことを早くも暗示している。

 なお、この記事の末尾の「(山田氏が)忖度力を発揮」という表現は何だか変だ。正しくは「(メディアへの)忖度強制力を発揮」だと思う。

 さて、今回の本題に入ろう。菅内閣の目玉政策のひとつである「デジタル庁」についてだ。

(1)政府自身の透明性がデジタル化の前提として不可欠

「“デジタル後進国”のニッポン、じつは世界を「リード」する可能性が出てきた…!」

 この記事の内容は、デジタル化がもたらす社会と人間自身の在り方の変化について包括的に語る内容となっているが、表題にある「デジタル化で日本が世界をリードする」という点については楽観的にすぎるように思う。その理由は、この記事自身の3~4ページで主張されている「デジタル化の進展のためには政府と個人が対等の立場で透明性を高めることが必要」との記述にある。

 今の日本政府の透明性は、先進国では最低レベルにあると言ってよいだろう。何しろ、政治のトップが国会で「その質問についてはお答えを差し控えます」との発言を毎日連発している国なのである。モリカケ問題も、サクラを見る会の真相も未だに藪の中のまま。菅氏の子分格の河井克行・案里夫妻に自民党が支払った1億5千万円の決裁責任者は不明、その資金の出どころも内閣官房機密費なのか、自民党への政党助成金からなのかさえも未だに判らない(いずれにしても、両方とも元々は国民から集めた税金だ)。
 上に挙げたような税金の使い道に関しては、政府と国民は対等どころではない。当然のことだが、政府には納税者である国民に対して、税金の使い道とその理由を報告する義務がある。本来果たすべき義務を果たしていない政府に対して、国民が反発するのは当然のことである。税金の行方を隠し続けるスカ政権には、国民に対して個々人のカネの流れの詳細と個人情報の公開を求める権利など始めから無いのである。

 以上のように考えると、菅政権が政策の目玉としてデジタル庁設置を打ち出しているのは、政権自身の大いなる自己矛盾と言ってよいだろう。というよりも、この政権には自分たちの透明性を高めることや政府と国民の間の対等性などは最初から問題外であり、単に、国民の個人情報と財布の中身の情報を政権側で一方的に把握したいだけなのだろう。

 筆者自身もその一人なのだが、国民の大半が未だにマイナンバーカードを持っていないのは、提供した個人情報が政府によってどのように使われるのかがよく判らないという不安感があるからだ。この構造はデジタル庁が出来たからといって簡単に変わるものではない。政府自身が透明化しなければ「絵にかいた餅」に終わるだけのことだ。おそらく、短期的には、「ハンコの撤廃」くらいがデジタル庁の最大の成果になるのではないか。

 

(2)デジタル庁が汚職の新たな巣窟となる危険性

 当面、デジタル庁が取り組むべき内容としては、公的手続きのオンライン化、国と各自治体間のシステムの統一、官民データ基盤の整備、次世代通信基盤の整備等が挙げられるが、いずれも完全な実現には十年程度を要する長期事業となるだろう。注意したいのは、これらはいずれも巨額の税金を投入する事業であり、新たな政官財の癒着を生む危険性が極めて大きい点である。

 そもそも、デジタル庁の長官に任命された平井卓也氏は、広告業界で圧倒的なシェアを持っている電通の出身だ。さらに祖父は郵政大臣、父は労働大臣を務めた政治家一家の三代目。純正ブランド付き、正真正銘の「太子党」と言ってよい。

 さらに付け加えれば、母は香川県内で圧倒的なシェアを持つ四国新聞社の社主。この新聞社は系列のテレビ局の西日本放送を所有しており、平井氏自身、このテレビ局の社長を務めたこともある。まさに香川県のメディア界を独占的に支配する平井コンツェルンの御曹司に他ならない。地元メディアを支配している以上、香川県内で同氏が選挙で負けることなど、今後もありえないだろう。

 今後、平井氏が自らの出身母体である電通に大いに便宜を図ることが当然予想される。デジタル庁も含めた政府から電通への発注過程で、競争原理が機能したのか否かを十分に確認する必要がある。電通自民党との関係が既に深刻な癒着状態と化していること、その窓口はデジタル担当相となった平井氏自身に他ならないことは次の記事で明白である。

「デジタル担当相・平井卓也は、古巣の電通を使って自民党のネット操作を始めた張本人!」

 前総理のあの夫人も電通出身者であり、同時に大手製菓会社社長の娘でもあることは広く知られている。このことからも、政財界の有力者とのコネをつくるために、本人の能力には関係なく、電通がコネのある社員を採用していることが判る。次の記事は、元電通マン電通の内情について暴露した内容。警視総監の息子も採用されていたそうだ。電通とは「上級国民」が集まる場所らしい。

「サンデー毎日×週刊エコノミストOnline 記事もみ消しは当たり前の世界」

 二週間ほど前になるが、新聞の朝刊に「マイナンバーカードをつくったら五千円分のポイントをあげます」というチラシが入っていた。発行元は総理府。有名タレントの写真を使っているので、このチラシの作成に電通がかかわった可能性もあると思って調べてみたら、案の定、そうだった。五千円もらった程度で、自分の情報を今の政府に売り渡す気にはなれない。過去に政府経由で電通に流れた税金は、国民一人当たりでいくらになるのだろうか?

「電通への再委託、総務省でも マイナンバーポイント還元事業」

 今年の六月に経産省の「持続化給付金委託事業」が電通に丸投げに近い形で委託されていることが批判され、電通は「当面は」経産省事業を受託しない方針を公表したが、上の記事にあるように、総務省電通への委託を見直す気はないと言っている。

「「コロナ給付金」見えない下請け実態 電通関与になお不透明感」

「(経産省から)電通への再委託額は計1415億円 過去6年間で72件」

 電通と言えば、東大卒の女性社員が上司のパワハラを苦に自殺した事件が記憶に新しい。以上の記事を見れば、それも当然起こるべくして起こったことであったようだ。明らかに反社会的であり、かつ、SDGsにもこれほどまでに反する体質の会社に対して、我々の税金を湯水のようにつぎ込んでいる今の政府とは一体何者なのか?電通については、今後あらためて記事にしたいと思っている。

 

(3)デジタル化で既に最先端をいっている国家「台湾」

 国民への説明拒否を続ける政府と、それに癒着した大企業のあくどさばかりを取り上げていると気分が滅入って来る。ここでは一服の清涼剤として、コロナ感染の抑え込みで既に世界トップの実績をあげている台湾の現状を紹介しておこう。

 ただし、以下に紹介する記事は、必ずしもデジタルではなくても、紙ベース主体でもこれだけ優れた情報管理が出来るという好例である。日本人の一人として、この記事の最後の部分については何とも恥ずかしいものがある。

「「文房具店で売っている領収書」が、台湾では絶対に許されない理由」

 領収書の発行者と受領者が正確に口裏合わせをしておけば台湾でも脱税は可能なのかもしれないが、全ての取引内容が一カ所に集約され相互比較されることで、異常な価格での取引の発見も容易となるだろう。税負担の公平化・透明化のためには大変優れたシステムだと思う。

 次の記事は、上の領収書管理システムが実際に機能した結果、先日、政府要人による公費の私的流用が発覚した実例について述べている。このシステムは政界の汚職防止の役割も果たしているのである。今の日本では「夢のまた夢」のような話だ。

「行政院報道官が辞任 牛肉麺巡る失言で/台湾」

 台湾がこのように優れた税制管理システムを構築できたのも、当初は大陸政府との臨戦態勢の中で迅速な意思決定が可能な合理的システムが必要とされたからだろう。しかし、民主化後はそのシステムに改良を加えていき、政府機関すらもその対象とすることで、上に見るような官民対等、かつ透明性の高いシステムが実現できたのである。

 台湾のコロナ対策で主導的な役割を果たしたデジタル担当大臣のオードリー・タン氏。最近では毎日のように日本の新聞やネットで彼に関する記事を見るので、今さらの紹介は控えたい。

 さて、台湾の、というよりも中華圏文化に共通する特徴は、「優秀な専門家に特定部門の責任を一任し、任命権者以外には、有力者といえども部外者が彼の仕事の進め方に対して軽々しく口をはさむことはない」ということである。タン氏のような優秀な専門家を各部署の大臣として多く配置し、その能力を十分に発揮させたことで台湾の優秀なコロナ対策が実現したのである。

 一方、我が国では、その人物の能力が問われる以前に、時の権力者にシッポをたくさん振っている者ほど大臣に任命される傾向がある。上の平井氏のように、既に業者と完全に癒着しきっていて利益相反が懸念される人物すら、菅氏は平然と大臣に任命しているのである。まるで、「業者と癒着してどんどん儲けさせてやってくれ、後で向こうからそれなりの見返りがくるから。」と言っているようなものである。

 大臣の部下である官僚群も、その大半がわずか三年ほどで別部署に移動してしまうために専門家が育たない。結局、トップが十分に内容を理解しておらず、誰が決めたのかもよく判らない法案が、素人集団による「ヤッつけ仕事」で次々と量産されることとなる。

 さらに政権側の政治家どもが色々と口出しして来ては、自分にとっておいしい部分だけを次々とかじり取っていく。その結果、出来上がった政策は、全体の整合性に欠けたツギハギだらけ、穴だらけのザル法となり、施行しても有効に機能するはずもない。これが我が国の政治の現状なのである。

 さて、日本人の、他の国には見られない際立った特徴として、「個人としての責任を極力取りたがらず、責任の所在を常に集団に置いて曖昧化しようとする」傾向が挙げられる。上に挙げたように非効率かつ混乱を極めた政府行政の現状以外にも、世界との競争に敗れつつある日本企業の衰退に関しても、この特徴がその根本的な敗因であるように思われる。この点については、また別の機会に触れたい。

/P太拝

アメリカ大統領選を見ての感想

 アメリカの大統領選挙もようやく結果が確定したようで、以下は感想です。最初に断っておきますが、筆者は特にアメリカが好きというわけではありません。実質的に日本の宗主国である大国の政治の行方には関心を持たざるを得ないという点から、今月初めから注目していたのです。

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 「バイデンが勝った」ことよりも、「トランプが負けた」ことを歓迎している人の方が圧倒的に多いのだろう。筆者もその一人である。やっと予測可能なアメリカが戻って来てホッとしている。これで温暖化対策も加速するだろう。

 トランプがテレビのニュースに登場するたびに、何よりもあの傲慢そのものの顔と、甘やかされて育った人間に特有の舌足らずで甘ったれた声(日本のトップにも同じような声の人物がいたが・・)にはうんざりさせられた。もうあの顔を見なくて済むのは実に喜ばしい。

 さて、今回の大統領選の報道を見ていて感じたことが三点ある。うち二点は、トランプが米国民の半分近くの支持を集めたという事実に関して。もう一点は米国内部の政治的分断についてである。 

(1)宗教的背景

 トランプ支持者の核心部分はキリスト教福音派とのこと。「汝、殺すぺからず、姦淫すべからず、盗むべからず」が戒律であるはずのキリスト教の信者が、脱税も買春もやりたい放題のトランプをなぜ熱烈に支持するのか、その理由が今一つよく判らなかった。

 今回、色々調べてみてあらためて思ったのは、キリスト教も、他の一神教と同様に、自派以外の宗教の信仰者や無宗教者に対しては極めて非寛容であるということだ。キリストの名の元にイスラム教徒を何度も大量虐殺した十字軍、アメリカ先住民は我々と同じ人間では無いとして金銀財宝を強奪し銅鉱山で彼らを酷使したスペイン人、アフリカから奴隷を大量輸入しては農園で酷使したイギリス人やスペイン人等々、キリスト教徒による大量虐殺は歴史上で枚挙にいとまがない。

 アイルランドにおけるカトリックプロテスタントの間の抗争のように、キリスト教内部での対立も頻繁に起こっている。このような歴史的事実から考えると、他派の信者や無宗教者と対立し、いったん相手を敵とみなした場合、「神の名の元に相手の財産を奪うことも、時にはレイプや殺人さえも許される」という発想がキリスト教の根底にはあるのではないか。

 ただし、若干の弁護のために付け加えれば、この発想はイスラム教やユダヤ教など一神教全体で共通のようである。ある意味、今の世界を対立と混乱の中に巻き込んでいる元凶は、自派以外の他者に対しては非寛容な一神教にあるのかもしれない。(一神教全般がどうにも好きにはなれない筆者だが、多くの神々の存在を容認する仏教や古代神道(明治以降の国家神道ではない)には惹かれる。その理由は、それらが持つ寛容性にほかならない。)

 以上のように考えれば、アメリ福音派の信者が、トランプ支持者以外を全て異教徒とみなしてライフル片手に投票所の周囲をうろつくのも、当然予測されるべきことだったのかもしれない。  

 

(2)破壊者出現への期待

 素行も品性も人並外れて劣悪なトランプがあれだけの票を集めた別の理由としては、「選挙の機会を利用して日頃のウップンを晴らしたい」人たちが多かったためではなかろうか。IT革命で経済成長が続くアメリカの中で、伝統産業に従事し続けて成長から置いていかれた「ヒルビリー」と呼ばれる貧乏な白人がその主体となった。

「日本人がまったく知らないアメリカの「負け犬白人」たち」

 彼らは、下品な言葉を連発しては既存の偽善的政治の枠を打ちこわして行くトランプの姿に、自分たちが閉じ込められてきた牢獄の破壊者としての期待をいだいたのだろう。かって、「ゴジラが新幹線や国会議事堂を踏みつぶす映画」に我々日本人が熱中したのと同様の破壊願望である。今回のトランプ敗戦でこの破壊者待望論はいったんは封じ込められることになるが、今後、別の強力な破壊者候補が現れれれば、雪崩を打ってそちらに再集結することになるだろう。

 日本でトランプ支持層に重なるのは、例えば、橋本徹百田尚樹の愛読者・視聴者層だろう。また政党でいえば、大阪維新の会の支持者が典型的だ(これら全てが大阪出身者であるのが不思議)。橋本氏と百田氏、この二人が既成勢力、特に「いわゆるサヨク」を徹底的に叩く姿に、日頃のウップンを晴らし溜飲を下げる人々が年々増えているようである。ただし、彼らが前総理や現総理と既に強い関係にあることに見るように、この二人が、将来自分のカネヅルになりそうな相手は決して叩こうとしないことには注意すべきである。

 アメリカと違ってほぼ同質社会である日本の場合には、破壊者待望論というよりも、むしろ「自分よりも弱そうな相手や、同質社会から若干外れた人間を探し出して来ては、ことさら見下して差別することで自分が偉くなったと錯覚したがる」という「人間が持つ負の本能」が、この現象を後押しているようにも思う。橋本氏や百田氏が相手をボロカスに罵るのを見て快感を覚える人々は、そのつど現実の世界から遊離して自分自身も強者になったと錯覚し、つかの間の勝利感に酔っているのだろう。

 元NHK記者であった木村太郎氏が、今回の大統領選で最後までトランプ当選の可能性を主張し続けたことは、トランプ支持層とフジ・産経の視聴者・読者層の同質性を象徴的に示している。ほぼフジ・産経の専属タレントと言ってよい木村氏は、世間一般に反してあえてトランプ寄りの発言を続けることで、一部の視聴者からの自身への強い共感と支持とを期待していたのではないか。

 いずれにしても、「特定のグループや民族や国家に対する憎悪をあおる」ことで手っ取り早く利益を得ようとする人たちには、さらに彼らに迎合することで販売部数やクリック数を稼ごうとするマスメディアには、ろくな未来が待ってはいないだろう。「人を呪わば穴二つ」の最大の実例はアドルフ・ヒトラーなのである。もっともヒトラーが掘った穴は二つどころではなくて、推定で数千万個にもなったが・・・。

 

(3)アメリカ内部での地理的な政治分断

 多くの州で僅差となり勝敗が決まるまで数日かかったので、接戦州の詳しい票の出方を見る機会が多かった。驚いたのは、地理的に民主党優位と共和党優位の自治体がはっきりと分かれていることだった。どこの州でも、大きな都市とその郊外は青色の民主党、その他の地域は赤色の共和党が優勢であった。赤い海の中に青色の島が何点か浮かんでいるようなイメージだ。

 これを見て思ったのは中国との類似である。中国共産党独裁政権下にある中国では、自由な選挙など近い将来には到底実現しそうもない。しかし、仮に住民一人当たりの年収で中国国内の各自治体を色分けした場合、上のアメリカの開票結果と似たような地図ができることは確実だろう。同じ省の中でも、農村部の平均年収は都市部のそれの数分の一でしかないのである。繁栄する都市部と、疲弊し貧困化する農村部。二つの超大国でそれぞれに社会の分断が進みつつある。日本でも同様の現象が見られるようだ。

 米国が複雑なのは、青色の民主党支持層がさらに二つに分裂していることだ。一方には高収入のIT関連の新興企業等の経営者層と専門家集団、もう一方には、主としてサービス業に従事する低賃金労働者や定職を持てない若者・学生。共に移民を多く含み、同じ民主党を支持するが、志向している経済政策は真逆である。今後、バイデン政権下での両者の対立の激化は必至だが、放置していては米国の政治が再び機能不全に陥ることになる。バイデン氏が何とか折り合いを付けて政権を運営していくことに期待したい。

 

追記:

 これも何かの偶然なのかもしれないが、今日の朝、作家の雨宮処凛(あまみやかりん)氏が、トランプ大統領相模原の障碍者施設で19人を殺害した事件の犯人である植松死刑囚の関係に関する記事を公表していた。今日の夕方になってから記事を発見した。この記事によると、植松死刑囚はトランプ大統領をトコトン尊敬していて、公判の中でもその思いを繰り返し述べているそうである。

「アメリカ大統領選と、相模原事件・植松死刑囚。これで分断の時代は終わるのか?」

 トランプ支持者がみな犯罪人になり得ると主張する気は毛頭ないが、「トランプ的傾向」が持つ危険性については、社会生活の安全のためにも我々は深く慎重に考えておいた方がよいだろう。自分の中で十分に自問自答することもなく、極端な結論へと突然飛躍してしまうのが植松被告の著しい特徴とのこと。

 なお、彼は事件の何年も前から大麻を常用していたそうである。「日本でも欧米並みに大麻を解禁すべき」と主張する人たちには、この事件の持つ意味をよく考えてもらいたい。

 雨宮氏については今日まで全然知らなかったが、上の名前の所にリンクを張っておいたwikipediaの記事を見ると、右に左にと極端に振れ幅が大きい人のようである。この人自身、固有の、かなりの生きづらさを抱えているように感じた。

/P太拝

旧本庁舎跡地の活用策は、鳥取市財政の現状を踏まえて慎重に検討するべき

 現在、鳥取市では旧本庁舎跡地の活用に関する市民ワークショップを市当局主催で開催中です。当「開かれた市政をつくる市民の会」では、その前身である「市庁舎新築移転を考える市民の会」が2010年以来一貫して新庁舎新築移転に強く反対してきた経緯もあり、現在、この跡地活用案の行方について注目しているところです。

 11/15にこのワークショップの最終日程が終了した時点で、あらためてこの件に関する市の取り組みの現状について当会サイトで報告する予定ですが、合理的な跡地活用のためには、現在の市の財政状況を把握しておくことが必要不可欠であると考えます。

 そのことを踏まえて、市財政の現状、特に市の借金である市債の近年の急増についてあらためて広く知っていただきたく、先日、下記の当会公式サイトに市財政の現状に関する記事を掲載しました。

「開かれた市政をつくる市民の会」

 その内容を簡単にまとめれば、鳥取市の財政は近年の本庁舎新築移転等々、市の経済実力に見合わない大規模投資を連発したこともあり、今後の市財政の窮乏化と市民サービスの更なる低下は必至との結論です。

 市財政の現状を知っておくことは、単に旧本庁舎跡地の活用に関してだけではなく、これからの鳥取市の将来像を描く上でも絶対に欠かせない前提条件でもあります。是非ご一読ください。

/P太拝

My fovorite songs (14) 朝崎郁恵

 朝崎郁恵 さんは、現在、御年84才。奄美島唄の第一人者とのこと。知ったのは半月ほど前。以来、彼女の唄が頭の片隅に住み着いて離れない。ある唄が好きになった時の筆者のいつものパターンなのだが、昼間、何か別のことをしていても、その唄の歌詞が脳裏にポッと浮かんでくる。

 とはいっても、ほぼ全ての唄が奄美方言で唄われているのだから、自分が覚えられる歌詞はごく少ない。次の唄「阿母」がほぼ唯一といってよい。

 

(1)「阿母(アンマ)」

 コメント欄に載っている歌詞を以下に紹介しておきます。 この唄を聴くたびに、「私という種が育つために、私の母はどれだけの涙を流しただろうか・・。」と思ってしまうのである。

「夏はかけ足で 無常に過ぎてゆく 時はつかまらず ここまで流れつき
 雪の降る日も 道無き夜も この手を放さずにあなたは微笑んだ

 出逢う喜びと 叶わぬ悲しみと 夢はいつまでも歌に宿りゅん
 蕾をつけた樹樹(きぎ)のなかには 幾千もの夏が秘められている

 種が育つために 流れる涙 あの海にかえるまで 枯れることはなく
 時計草の花が 静かに開きだす でぃごにもたれて あなたとうたたね」

 音程が高音から低音まで短時間で広範囲に大きく振れるので、最初に聴いたときには「音程が不安定な下手な歌手」と思われるかもしれないが、これが奄美島唄の大きな特徴らしい。かって全国的にヒットした、元ちとせの「ワダツミの木」や、中幸介の「花」と共通する特徴。

 (2)「千鳥浜」with タナカアツシ&五十嵐典子

 タナカアツシさんは奄美島唄を演奏するユニット「マブリ」のリーダー、朝崎さんの伴奏も担当しているとのこと。

 (3)Ikyunnyakana「(行きゅんな 加那)」

 「加那」というのは「恋人」の意味。去っていく恋人を思う唄。胡弓の響きがもの哀しい。

 歌詞の詳しい内容がよく判らないので、コメント欄にあった英文での翻訳を以下に載せておきます。でも、何回も聴いているうちに、標準日本語の語句と共通する言葉のいくつかは聞き取れるようになりました。

「Are you leaving? Will you forget me
 when you leave? When I think of you,
 It hurts to see you go away. It hurts to see you go away.

 I wake up. Night after night,
 I wake up. When I think of you,
 I can't sleep. I can't sleep.

 Mother and father, please don't worry.
 Mother and father, I'm harvesting rice and I'm harvesting beans
 for you to eat. For you to eat.

 The singing bird offshore by the shrine
 That singing bird certainly must be
 my loved one's soul. My loved one's soul.」

 (4)「あはがり」

 NHKBSの「新日本風土記」のテーマ曲とのこと。歌詞については次のサイトを見てください。標準現代語訳(意訳)も載っています。「Uta-Net あはがり」。

 意訳を読むことで、奄美の人々の世界観の一端を知ることができるように思います。

 (5)「100年前の美しいアイヌ民族」

 朝崎さんの存在を知ったのは、たまたま、このサイトを見たことがきっかけです。上の(1)で紹介した「阿母」が映像のバックに使われています。

 このサイトを見たのは、奇しくも亡き母の11回目の命日。昼間に墓前で線香をあげた日の夜のことでした。これはユングのいう「共時性」の一例なのでしょうか。初めて聴いた時には、母を思うというこの歌詞の内容を全く理解していなかったのに、画像を見ながら聴いているうちに、なぜか涙があふれて止まらなくなってしまいました。

 なぜこれほどまでに、北のアイヌ民族の画像に対して南の奄美の人が歌う唄が似合うのでしょうか、不思議です。そもそも、そう思う以前に、朝崎さんの唄の歌詞の内容が我々以上に理解できていないはずの外国人のコメントが大変多いのはなぜでしょうか?youtube上の朝崎さんの唄のいくつかを見ると、コメントの大半が外国語であることに驚かされます。彼女の唄の中には、というよりも奄美が代々伝えてきた唄には、民族の境界を超えて人の魂をゆさぶる力があるように思えてなりません。

 江戸時代初頭、奄美武力侵攻してきた薩摩藩支配下におかれ、カネになるサトウキビ栽培を強制され、その利益の大半を薩摩に吸い上げられました。江戸時代も末期になるほどに薩摩藩による搾取はより過酷になったそうです。そのような過酷な歴史にもかかわらず、島固有の言語・文化・世界観を連綿と継承し、現在ではむしろその内容で世界各地に影響を与えつつある奄美の人々の粘り強さに対して、深く敬意を表したいと思います。

 

追記:

 アイヌなどの日本の、さらに世界中の少数民族については、以前からかなりの関心を持っているのですが、昨日読んだアイヌに関する記事が非常に気になりました。

「安倍政権最大の功績は“アイヌ博物館”だった? 200億円をブチ込んだ「ウポポイ」の虚実」

 著者は安田峰敏氏。現場取材がモットーの中国ウォッチャー、「八九六四 「天安門事件」は再び起きるか」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞されています。

 北海道に今年、アイヌ文化を展示する「ウポポイ」という博物館が出来たことは筆者も知ってはいましたが、この記事は安田氏が実際に同館を訪れての感想を述べたものです。今年の夏に開館したとのニュースを聴いて、筆者は「国によるアイヌ文化の公的な展示場所が初めてできたのは歓迎すべきこと」と単純に思っていましたが、実情はそんな簡単なものではなかったようです。以下、記事の概要。

・人権にはたいして関心がないはずの安倍政権下でこの展示館が実現したのは、安田氏にとってもなんとも意外であった。しかし、よく調べてみると、この館の実現にとりわけ熱心であり旗振り役を務めたのは、当時は官房長官であった現在の菅総理

菅総理は、以前に「インバウンドの集客目当てでウポポイを建設する」と明言している。先住民族の人権に対する配慮からではなくて、自らの支持基盤である観光業への利益供与目的で、国民から集めた税金238億円を同館建設と広報に投入したことは明白。(広報には電通を使ったのだろうか?)

・その証拠に、アイヌ民族が江戸時代から今日に至るまでの間に、松前藩や明治政府等による苛烈な迫害と差別によってその人口を急激に減らしたこと、現在も差別を恐れてアイヌであることを公表できないでいる人が多くいること等の厳然たる事実については、この館の解説では一切触れられていない。あくまで観光客にカネを落としてもらうための施設でしかない。

・もう一点、この記事を読んであきれたのは、いまだに「アイヌ民族は存在しない」とか、「日本は単一民族国家」とか主張するアホウな評論家が結構いるのだそうである。アイヌ民族に対しての漁業権などの生業を奪う迫害と差別、強制的土地収用、義務教育では日本語を押し付けて固有の言語を奪うなど、その迫害の程度が奄美琉球に対するよりもさらに過酷であったことは、少し調べればすぐに判ることだ。

(2020/11/08 追記  アイヌ民族の成立、和人からの迫害の歴史、先住民族として国際的に既に認められている現状について、よく理解できるサイトを見つけたので紹介しておきます。北海道庁が投稿した資料のようです。 「アイヌモシリ 民族の誇り」

 このような現状を見て思うのは、日本政府が中国共産党政府にますます類似しつつあるということ。隣の大国の政府は、国内各地に少数民族村を建設して歌や踊りを提供し観光業の目玉として集客する一方で、ウイグルチベット内モンゴルの固有の文化・言語・宗教を奪い、土地を奪い、牧畜等の生業を奪い、あたかも、はるか以前から中国大陸には漢民族しかいなかったかのように歴史を歪曲しようとしている。残念ながら、今回、菅総理自身が旗を振ったウポポイ建設も、アホウな評論家諸氏も、中国共産党と同質の発想レベルにいるように見える。

 民主主義国家のリーダーには到底ふさわしくない現総理の極度の説明能力の貧困も、日本政治の中国化の一端の表れかもしれない。中国共産党政府には国民に対して真実を説明する責任が全く必要とされていないからである。今後、日中政府が合わせ鏡のようにさらに同質化するとしたら、その間を取り持つのは二階幹事長だろうか。

 少数民族政策としては現在の台湾がその手本となるだろう。同じ安田氏による以下の記事を参照されたい。

「「ウポポイをどう評価する?」日本で暮らす台湾原住民が見たアイヌ」

   コロナ対策でもそうだったが、少数民族政策でも、日本は既に台湾よりもはるか後ろに劣後してしまった。今のままではその差はさらに開く一方だ。

 思うに、現総理にはこれと言った理念も目指す国家像も無く、現在唱えている個々の政策も、その大半は自分の勢力拡大とその維持のための手段にすぎないのだろう。菅総理が今国会で野党の質問に対して沈黙するか、論点のすり替えで対応するしかないのは当然のことだ。彼には,今までに自分の信念・理念に基づいて政策を主張・選択したことはほとんど無いのだろうから。自らへの政治資金や集票力、または周囲からの自分への評価の獲得を基準として政策の優先順を決めてきたのではないか。与党政治家の大部分が同様なのだから、特に菅氏だけを強く責めている わけではない。

 むしろ、「自分は観客であり傍観者役」と思い込んでいる我々自身が問題の根源なのだろう。台湾の民主化も、市民が国民党政権の圧力に負けずにデモに参加したこと、選挙に参加し実際に投票したことで実現したのである。何かを変えようと思えば、思っているだけではダメで、まず自分が具体的に何かを始めることが必要だ。

 さて、素晴らしい朝崎さんの唄の紹介の末尾に、こんなグダグダとした追記を書いてしまって申し訳ない。朝崎さんに代表されるような日本各地の、いや世界各地の伝統文化は人類共通の遺産であり財産でもある。いっときの政権が今後どうなろうと、素晴らしい文化は時代を超えて伝承されるだろうし、そうなるべきであると強く思う。自分が感動し素晴らしいと思ったことや人物を、少しでも多くの人に伝えることからその一歩を始めたいものである。

/P太拝

 

アベノミクスとはいったい何だったのか(2) -賃金、世帯収入、消費の推移-

 河井克行元法相は自身の裁判で弁護団を一括解任、その後に同じ弁護士を再び採用するなど、明らかな裁判遅延行為を繰り返している。これは、なるべく裁判を長引かせて議員歳費をできるだけ多く手に入れようとするためという見方が一般的である。

「「なんで検察官の方を向くんだ!」威圧に号泣 河井克行・案里被告の裁判は“無法地帯”」

 今年の夏には、河井夫妻は獄中にいながらにして多額の夏のボーナスを受け取っている。

「河井夫妻にも夏の「ボーナス」、2人で638万円 野党は「議員辞職を」と批判」

 現在獄中にいる国会議員としてはもう一人、IR事業にからんで中国企業から多額の賄賂を受け取った容疑で逮捕された自民党秋元司衆院議員がいる。この議員に支払われ続けている歳費は年間で四千万円以上になるそうだ。同議員の公設秘書等に支払われる金額も含めれば、年間で七千万円を超える税金が犯罪者の可能性が極めて高い人物とその周辺に支払われ続けていることになる。河井克行河井案里がそれぞれ受け取っている税金もこれとほぼ同額だろう。

「秋元司容疑者再逮捕されても議員辞職せず “無駄な給料”がいくら払われ続けるのか」

 調べてみると、逮捕された国会議員に対する歳費凍結法案は、既に2003年に当時の民主党によって国会に提出されたが不成立に終わっている。日本学術会議に支払っている税金10億円で大騒ぎするよりも、かくも愚劣、かつ我利我利亡者に過ぎない逮捕議員三名に支払っている無駄な税金を凍結する方を優先すべきであろう。ちなみに、河井克行は以前から菅総理の側近としてよく知られており、秋元司は二階派の所属である。

 さて、前置きが長くなったが、今回の本題はアベノミクスの評価の続きである(第一回目は当ブログの9/14付の記事)。菅内閣発足早々に日本学術会議の任命拒否事件が起こったため、そちらの方に時間を費やしてしまった。

 我々の個々の生活にとって最重要事項といってよい収入と消費の安倍政権下での推移について調べてみよう。いくつかの記事を読んだ中では、次の岩崎氏の記事が最もデータ面で充実していたので、その内容を紹介したい。

「貧困層とお金持ち 「アベノミクス恩恵」の大格差 -「格差が拡大した」との通説をデータで検証する-」

 

(1)実質賃金は下落、世帯収入は増加、株価と企業利益は急上昇

 記事中のデータの概要は以下のようになる。重要と思われる部分を赤字で示した。各々、安倍政権下の七年間(2012~2019年)の各収入指標の変化について。一部のデータは六年間について。なお、それぞれに調査機関と調査方法が異なるので、例えば④と⑤の給与増加率の間には若干の差がある。

 

①個人の賃金 実質賃金(名目賃金から物価上昇の影響を差し引いたもの)
 7年間で105.3 → 99.6 (2015年を100とする) と5.7ポイントの低下

 ②世帯の収入 世帯当たりの実収入(家族の名目賃金の合計)
 2012年……51万8506円(月額平均)→ 2019年……58万6149円(同)と約6万8千円、13.0%の増加。

 ③世帯の可処分所得 可処分所得(実収入から税金・各種社会保険料を除いた残り)
 2012年……42万5005円(月額平均)→ 2019年……47万6645円(同)と約5.2万円、12.2%の増加。

 ④平均給与(年間)
 2012年……408万円 → 2018年……440万7000円(男545万円、女293万1000円)と32.7万円、8.0%の増加。

 ⑤正規雇用者と非正規雇用者の平均給与(年間) 
 「正規雇用者」 2012年……467.6万円 → 2018年……503.5万円 と35.9万円、7.7%の増加。
 「非正規雇用者」2012年……168.0万円 → 2018年……179.0万円 と11.0万円、6.5%の増加。
正規と非正規の給与格差は、299.6万円から324.5万円へと、24.9万円、8.3%の増加。

 ⑥相対的貧困率(世帯の可処分所得が、全世帯の中央値の半分に満たない世帯の割合)
 2012年…16.1% → 2015年…15.7% → 2018年…15.4% とほぼ横ばい。
なお、子供の貧困率は、2012年=16.3% → 2015年=13.9% → 2018年=13.5% と若干改善。

 ⑦企業の経常利益(税引き前利益) 
 2013年……59兆6381億円(全産業)→ 2018年……83兆9177億円(同)と約24.3兆円、40.7%の増加。

 ⑧企業の人件費
 2013年=196兆円 → 2018年=208兆円と12兆円、6.1%の増加。

 ⑨家計支出(2人以上の世帯当たり) 
 2012年……343万4026円 → 2019年……352万0547円 と8.7万円、2.5%の増加。

 このうち、基礎的支出(食品や家賃、光熱費、保険医療といった生活に欠かせない支出)
2012年……190万4710円 → 2019年……200万2085円 と、約9.7万円、5.1%の増加。

 選択的支出(生活に直接必要ではない贅沢品、教養娯楽費等の支出)
2012年……152万9317円 → 2019年……151万8463円 と、約1.1万円、0.7%の減少。

 ⑩日経平均株価 
 2012年12月25日……1万0080円 → 2020年8月28日……2万2882円  約1.28万円、127%、2.3培もの急増

 ⑪首都圏マンション平均価格  
 2012年……4540万円 → 2019年……5980万円 と1440万円、31.7%の増加。
なお、その他の住宅地、戸建て住宅等の平均価格は、おおむね横ばい。地方では下落傾向が続く。

 ⑫国民負担率 =(租税負担率+社会保障負担率)/国民所得

 2012年……39.7% → 2020年……44.6%(見込み) と4.9%の上昇。消費税増税社会保障費増加で負担が大きく増加した。

 

 なお、上の①を除いて、②~⑤、⑨、⑪については名目賃金、名目価格での表示なので、これらを実質賃金、実質価格に修正するためには、この間の物価上昇分を差し引かねばならない。消費者物価の変化は次のようになる

消費者物価(総合) 2012年 96.2 → 2019年 101.8 (2015年を100とする)  七年間で5.6ポイントの増加。

「政府統計の総合窓口 -統計で見る日本-」

 この物価上昇分を差し引くと、④の平均給与、⑤の雇用者報酬は六年間でわずかに1~3%程度の伸びでしかない。特に、⑨の家計支出については、増加どころかマイナス3.1%の減少である。これでは、多くの国民が「生活が苦しくなった」と感じるのも当然のことだろう。

 

(2)妻の「外助の功」で世帯収入を維持

上のデータによると、①個人賃金は減少。その一方で、②世帯収入と③可処分所得は増加と矛盾する結果となっている。その理由を大和総研の研究員による次の記事で知ることができる。

「賃金上がってると主張するアベノミクスの実態——それは専業主婦世帯の減少だった」


この記事では、夫婦共に30~34才で子供二人の四人世帯を例として、2012年から2018年にかけてのデータの推移をまとめている。この間の可処分所得の変化を示す図を下に転載した。

 左から、「(a)妻が正社員」、「(b)妻が専業主婦」、「(c)妻がパート」の三種類に分類。2012年から2018年の六年間で、(a)36→43%、(b)34→25%、(c)29→31%と変化している。要するに、今まで専業主婦であった妻のかなりの部分が外に働きに出るようになったのである。世帯平均としての収入と可処分所得の増加は、妻が働く世帯が大きく増加したことで全体としての平均値も上昇したことによるものであろう。

 一方で世帯の可処分所得については、(a),(b),(c)のいずれの種類においても若干減っている。自由に使えるおカネは一向に増えず、むしろ減少しているのである。

 

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 上の例は若い世代のみの世帯のケースであるが、一般世帯でも定年を過ぎた高齢者が働き続けている例は相当増えているはずだ。(1)の②世帯収入、③世帯可処分所得が増えている理由は、従来は働いていなかった妻と高齢者が続々と働き始めていることによるのだろう。家族総動員で忙しく働くことでやっと生計を維持しているのが、アベノミクスの七年間の家計の実情なのである。

   以上の結果をまとめてみると、アベノミクスは株を持っている高額所得者や企業(特に大企業)を大いに潤したが、一般世帯の家計への恩恵は少なかったことが明らかである。特に、税や社会保障費の負担増のために、主婦や高齢者までもが働きに出なければ家計を維持できなくなっている構造が浮かび上がってくる。日本人の大半はアベノミクスの七年間を経てより忙しくなり、生活上の時間的余裕がなくなってきたのである。

 全体として言えば、アベノミクスは大企業の関係者については大いに恩恵を施したが、大企業の雇用者数は、自営業も含めた日本全体の就業者約6200万人の約二割でしかない。残りの八割がアベノミクスで特に恩恵を受けることは無かった。それどころか、破綻した中小零細業者から放出された大量の労働者が、安価な非正規労働者として、現在、続々と大企業の傘下に吸収され続けているのである。

 菅内閣安倍内閣の 路線を全面的に受け継ぐと表明しているので、上に述べた格差拡大傾向が今後も続くことは間違いない。今までと異なるのは今回のコロナ禍の影響であり、今後、大企業も含めた全就業者・全世帯の平均収入が一時的にせよ大きく低下することは避けられない。

 既に、「「GO TO トラベル」で業績が上向き始めたのは高級旅館・ホテルとJTB等の大手旅行代理店だけ、中小零細の旅館・ホテルや代理店は、もはやつぶれる寸前!」との報道が目立つようになってきた。大企業とそれに癒着した政治家による「コロナ禍に乗じた税金の火事場泥棒」の典型例であろう。

 つぶれた中小零細企業の従業員は、その多くが非正規職としてより大きな規模の企業に吸収されることになるだろう。菅内閣の下で今まで以上に格差が拡大しないように、今後の同内閣の政策の行方を注意深く見守りたいものである。

/P太拝

 

霞が関高級官僚の没落

 日本学術会議が推薦した六名に対するの任命拒否の件については、いまだに菅内閣からのまともな説明はない。法律的・論理的に既に破綻していて今さら説明のしようがないことは確かなのだが、あえて選定基準を示さないことで学界への圧力を今後も加え続けようとも狙っているのだろう。真綿で首を絞めつけるように、国内各界に対してじわじわと陰湿に圧力を加え続けるのが「菅流」のようである。

 当面は、事務方の落ち度として説明を済ませたいらしいが、ここでは国の法律に反して推薦者名簿を改ざんした当事者とされる杉田和博官房副長官について触れておきたい。wikipediaで見ると、東大法学部卒で元警察官僚。ちなみに、1986年には鳥取県警察本部長として鳥取に赴任している。最高学府を出て「法律の番人」となっていた人物が、いつの間にやら「内閣の番犬」へと成り下がってしまったのである。

 

 同様に高級官僚であった佐川宣寿元国税庁長官についても触れておこう。同氏は、財務省理財局長当時に森友学園に関する文書改ざんを部下に指示した疑いが極めて強い。改ざん指示の結果、当時の担当であった近畿財務局職員がそれを苦に自殺している。


 佐川氏の経歴だが、こちらも東大出で経済学部卒、旧大蔵省に入省後は順調に出世の階段を上がっている。改ざんを指示して部下を自殺させ、かつ、その後も国会で公然とウソをつき続けたことが事実であれば、前記の杉田氏よりもその罪ははるかに重い。退職金は減額されて七千万円から五千万円になったそうだが、多額の年金もあり彼の老後は安泰だろう。しかし、倫理的には犬以下である。犬は、少なくともウソはつかない。

 国内最高とされる大学を出た高級官僚が、安倍内閣に関わることでそろいもそろって人間以下の存在へと(「社畜」にならって「官畜」と呼びたい。これからは「菅畜」か?)、なぜ転落してしまったのであろうか。

 次の記事を読むと、キャリヤ官僚と呼ばれる若手の優秀な国家公務員が現在大量に退職している理由が判る。皆、上司のような「官畜」にはなりたくないのである。骨のある優秀な若手官僚がいなくなり、政治家の顔色を伺っては自分の保身しか考えない臆病な役人ばかりが後に残るようでは、日本の未来はますます暗くなる。

これから「若者の公務員離れ」がさらに加速する3つの理由

 なお、この記事の中では「業務民営化が進む地方自治体」の現状についても触れられている。民営化が進むことで、今後は地方公務員の多くが不要となる。たぶん、業務民営化では国内最先端を突き進んでいるであろう鳥取市の職員の皆さんにとっても、このことは他人ごとではあるまい。

/P太拝

「総合的、俯瞰的な観点から判断して、「スガ」=「スガーリン」、最後は「スカ内閣」?」

 10/3に紹介した日本学術会議が推薦した六名に対する菅内閣の任命拒否の撤回を求めるネット上の署名ですが、明日の昼12時でキャンペーンを終了するそうです。まだ署名していない方に対する紹介をよろしくお願いいたします。

「菅首相に日本学術会議会員任命拒否の撤回を求めます!」

 さて、10/2に菅内閣が任命拒否したことが明らかになった「日本学術会議」新会員候補6名の中の一人が、加藤陽子東大教授です。他の5名の方の業績についてはよく知りませんが、この加藤先生については、筆者は既に数冊の著書を読んでおり親近感を持っています。専門は現代史、特に昭和前期の日本が悲惨な戦争という泥沼にはまり込んでいく過程に関する実証的解明に詳しく、この分野では国内の第一人者といってよいと思います。視点が特定の政治党派に偏ることはなく、あくまで事実関係の解明を目的とした研究内容です。

 今まで読んだ加藤先生の本の中では、特に「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」がお薦めです。鎌倉市にある私立の中高一貫進学校栄光学園」の中高生を相手に、日本がずるずると戦争に深入りしていってしまった過程を、加藤先生が具体的事実を踏まえてわかりやすく解説されています。先生の明快な解説とともに、同学園の学生・生徒の理解力のレベルの高さにもビックリしました。テレビの教養番組にも解説者として何度も登場されており、なんで菅総理がこのような優秀な学者を任命拒否したのか、その理由が全く理解できません。

 以上のように思っていたら、今回の事件の背景がよく判る記事が10/4になって出てきました。二ページ目の「安倍さんも菅さんも法学部出身なのに、憲法を理解していないんでしょうかね。授業中、寝ていたのでしょうか。・・」という部分には相当笑えます。多分、授業に出席すらもしていなかったのでしょう。この記事に出て来る杉田氏と和泉氏は、現在の菅内閣においても相変わらず要職を務めています。

「「杉田官房副長官、和泉補佐官に政権批判した学者を外せと言われた」学術会議問題を前川喜平氏語る」

 その後、日本学術会議を含んだ学会に対する安倍政権時代からの圧力が続々と明らかになってきています。今までの報道からわかることは以下です。

(1) 前首相も現首相も、法律の条文を読解する能力が決定的に欠けている。法学部の卒業証書を出身大学に返還することをお勧めしたい。
 日本学術会議法には「会員は(日本学術会議の)推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とある。一方、憲法には「天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する」と書いてある。今回の任命拒否が法的に正当だというならば、「国会が指名した内閣総理大臣を、天皇が任命拒否することも可能」ということになる。

 

(2) 内閣が法律に書いてある内容と違うことをしようとするならば、まず国会に法案を提出すべきである。内閣の解釈次第で法律に書いてないことをしても構わないというのであれば、日本は「法治国家」であるとは到底主張できなくなる。

 法律があって無きがごとき国家の代表格、何事も習近平の一言で決まる中国共産党政府と同レベルの政府へと堕落するのである。内閣の裏二階で暗躍する昭和の遺物的妖怪的長老の存在を見れば、首相官邸周辺に限れば、既に同レベルに堕しているのかもしれない。

「中国共産党化する日本政治」

(3) 日本学術会議の年間予算約10億円の用途が不適切との政府報道が出て以来、「学問の自由」問題よりも「この予算の使われ方」を強調する記事が、政府の御用評論家、チョウチン持ち連中によって一斉に書かれ始めた。安倍政権以来の伝統的手法と化した「問題のすりかえ論法」である。次のトップを狙う河野大臣までもが、当面は点数稼ぎに徹するつもりなのか「行革の対象だ」とわめき始めた。
 数日前に聴いた鳥大の某先生のお話によると、「この予算の半分くらいは会議の専属職員の人件費、残りは会議開催のための旅費・諸経費など。約200人の学者会員に入る正味のおカネは、出席日数に比例する日給制で一日あたり一万数千円であることを考えると、一人当たりで年間二、三十万円程度でしょう。皆、半ばボランティアで、自分の研究のための貴重な時間を削って、日本の学術の将来に対する義務感から会議に参加しているのだと思いますよ。」とのことだった。
 専属職員の人数は約50名。雇用側が負担する社会保障費分も含めた一人当たりの人件費を国内中堅企業社員並みの年間約一千万円と仮定すれば、確かに職員人権費の総額は年間五億円程度となる。御用評論家諸氏は、まず具体的な数字を確認してから記事を書くべきであろう。

 彼らがそんなに税金の無駄遣いを指摘したいのであれば、まずは「確信犯的女性差別主義者」である杉田水脈氏を衆院選比例区に高順位で擁立し、ほとんど選挙活動することなく当選させた責任者の責任を厳しく問うべきであろう。国会議員としての能力と倫理水準に著しく欠ける人物に対して、現在、歳費・手当・経費の総額で年間四千万円以上もの税金を支払っているのである。なお、国会議員の歳費については次の記事を参照されたい。
「新型コロナ 国会議員は「手当」総額450億円余を返納して医療従事者の支援に充てろ」
 また、既に逮捕されて現在裁判中の河井克行・案里夫妻に自民党が昨年1.5億円もの選挙資金を提供した件の責任者は一体誰なのか?自民党の資金の多くは税金から支給された政党助成金であり、自民党には国民に対してその責任者を明らかにする義務があるはずだ。さらにこのような確定的犯罪者(カネを受け取った証人が百人以上もいる)を、いったんはよりによって法務大臣に抜擢した前首相は、自分の眼がフシアナであったことを国民に対して公式に謝罪するべきではないのか。

 ウソをつき続けるトップの下では、下っ端もその真似してウソをつき通そうとするものである。悲しいのは、トップがウソをつき通してヌケヌケと罪を逃れようとしているのを見て、下っ端が「自分も同じように居直り続ければ罪を逃れられる」と錯覚していることである。下っ端の犯罪に対しては、検察と国民が許すはずもない。

 これら「杉田・河井」問題の不透明さに比べれば、日本学術会議に関する不透明さの程度など数桁も低いことは間違いない。河野行革大臣は、まず自民党内の掃除を徹底するべきであろう。


(4)説明能力の欠落。10/2の加藤官房長官の記者会見をテレビニュースで見たが、「御飯論法」の熟達者の面影はなく、記者からの質問にたじたじとなっていた。「憲法を侵害しているのではないか」との質問には、根拠も示せずに「決してそのようなことにはあたらない」と言いながらも、さすがに恥ずかしいのか眼を伏せていた。どうやら内閣内部でも、この問題に関する情報共有と対応方針がこの時点では出来ていなかったのだろう。その後、問題をすり替えるために、日本学術会議の運営不備を突くことにしたのだろう。
 菅新首相に至っては、記者会見は就任以来一、二度しか開かず、もっぱらお気に入りの記者だけを招いたインタビュー形式でしか取材に応じていないそうである。まあ、あの顔でボソボソとしゃべられても、国民が聴いてもどうにも元気は出ない。

 この日本学術会議問題で印象に残った言葉は、「総合的、俯瞰的な観点」という、何も言っていないに等しいものでしかなかった。この用語は、当記事のタイトルのように使うのが正しい使用法であるはずだ。「任命拒否した具体的な理由」を求められたのに対して、このような言葉を使えば具体的なことを全く答えなくても済むと思って使ったのだろう。首相の言語能力の貧困さを象徴する言葉である。今年の「流行語大賞」の候補にはちょうどいいのかもしれない。

 

(5)失敗の研究こそが、次の成功の源泉となる。歴史上の失敗に学ぼうとしない愚か者は、これからも同じ失敗を再び繰り返すことになる。

 冒頭に紹介した加藤陽子先生の研究は、個人としては極めて優秀であったはずの戦前のエリートであった政治家・官僚・軍人が、それぞれの既得権益の確保を優先した結果、日中戦争の泥沼にはまって抜け出せなくなり、そのことでさらに英米との戦争へと転落していった経過を克明に実証しようとするものである。

 集団化した途端に全体として極めて無責任となり、個人から見れば明らかに不合理な方向に集団として引きずられて行っても、誰もブレーキを踏もうとしなくなってしまうのが日本人集団の特性、というよりもむしろ遺伝的な宿痾(しゅくあ)なのだろう。現代に引き直してみれば、急速に膨張するばかりで誰もブレーキをかけようとしない政府の国債残高こそが、再来した国家的危機の実例なのだろう。加藤先生の提供される著作は、この日本人の集団的無責任体制を考えなおすための貴重な資料なのである。

 そのような貴重な仕事を、前首相と現首相は、単に自分たちの当面の政策に反対する部分が含まれているというだけの理由で圧迫し、国民の眼から隠そうとしている。あるいは、戦前の体制を賛美したいがために、その体制の愚かさを少しでも明らかにしようとした者を許せないのかもしれない。要するに臆病な小心者、かつ、自分のアタマで物事を深く考えるための思考力に欠けた阿呆なのである。

 学界からの多様な意見を広く聞き、それを元にみずから国の将来像を組み立てて国民に分かりやすく示すのが真の国のリーダーとしてふさわしい姿のはずなのだが、彼らはうわべだけを見て敵と味方に峻別し、いったん敵と見たものは徹底して排除しようとする。その一方で、いったん味方で自分の子分とみれば、上の(3)に挙げた杉田や河井のような最低レベルの連中を徹底してかばおうとするのである。「臭いものにフタ」を繰り返しているうちに、自分自身も「臭いもの」になってしまったことには全く気づいていないのだろう。


 さて、菅総理安倍内閣官房長官時代に官僚の人事権を手中に収め、内閣への迎合程度によって昇進・左遷を決めるという恫喝を含んだ手法で権力を拡大、ついには総理へと登り詰めました。その一方で、彼がどのような政策の基本方針を、ひいては世界観を持っているのかは一向に見えて来ません。権力を握って手放さないことが最重要であり、その権力を使って日本をどのように変えていくという点については関心が薄いように見えます。あるいは、何かしらの構想を持ってはいるものの、言語能力の不足によってそれが適切に表現できないでいるのかもしれません。

 菅氏による今回の日本学術会議に対する任命権の行使は、今まで自らが成功体験を積んできた霞が関の官僚に対する人事権による支配が、他の分野でも通用するかどうかの小手調べであるように思います。携帯電話業界に対する値下げ要請も、産業界が自分の指示にどの程度反応するのか、自分の敵に廻るのかは誰なのかという地図を作るための再確認のように見えます。

 大手携帯電話業界からの自民党への献金額の例としては、NTT系列が1200万円、KDDIは600万円(H27年度)。いずれも企業規模から見ればハシタガネ程度ですが、このお返しは数桁も大きい金額となるのでしょう。なお、この年度の自民党への献金リストには、ソフトバンク楽天は載っていませんでした。

 ちなみに携帯電話業界の献金額は、土木建築、自動車、電機等の大手の億円単位の献金額に比べれば一けた、二けたも低く、人気取りのために叩くターゲットとしてはちょうど都合がよかったのかもしれません。

 携帯電話業界が値下げを確約した段階で、それを手土産に衆議院を解散して総選挙を実施するであろうことは見え見えです。勝利して政権を盤石にしておいてからの、菅氏の次のターゲットは中小企業と銀行業界の再編でしょう。筆者も日本の中小企業の再編は必要と考えますが、それはあくまで経営者レベルでの、下からの自発的な判断に基づく再編であるべきで、政府からの強制で行うべきものではありません。第一、菅氏の後ろには既に政商と化した竹中平蔵氏の影がちらついています。

 竹中氏の目標は、日本国内を政権と癒着した大企業の草刈り場に変えることです。竹中氏の意図は、彼が最近唱え始めた「ベーシックインカム」論によく現れています。この政策の実施と引き換えに年金・健康保険等の一切の社会保障制度を廃止、低賃金ブラック企業の激増は必至と予想されています。詳しくは、次の記事を参照してください。この問題については別の機会に論じたいと思います。
「月7万円で「生活保護廃止」 竹中平蔵氏が提唱するベーシックインカムは何が問題か?」


 話が飛躍しますが、裏方で人事権を掌握して駆使することで自己の権力を拡大、ついにトップに立った政治家の代表例としては、旧ソ連の創立期から前半期にかけて独裁者として君臨したスターリンが有名です。ソ連創立期のロシア共産党の主要メンバーとしては、党の指導者にして理論家のレーニン、次に演説と国内戦指導者として著名なトロツキーが挙げられ、スターリンは三番手以下であり、知名度が低く目立たない存在でした。しかし1923年に党書記長に就任してからは人事操作で配下を徐々に増やし、レーニンの死後は政敵追放や秘密警察による暗殺等の過激な手段を駆使。ついには1930年代の大粛清で優秀な軍人を大量に処刑したことで絶対的な独裁体制を確立しました。

 さて、菅氏の人事権と恫喝を主要手段とした国内各界における支配体制の確立は、果たして成功するのでしょうか?かってのスターリンに重なるところの多い統治姿勢に対しては、「和製スターリン」との意を込めて「スガーリン」という尊称を奉りたいと思います。もともとから国政に関する青写真を持たず、将来ビジョンの構想力によっても、演説の魅力によっても国民を引き付けられない彼にしてみれば、手当たりしだいに人事権を掌握してアメとムチとをふるうこと以外には権力拡大と維持のすべを知らないのでしょう。

 100年以上前の帝政ロシアならいざ知らず、建前では一応は民主主義国家であるはずの現代日本では、内閣が直接持っている人事権は官僚に対するものでしかないはずです(大学の自治権を無視し、国立大学の個々の教員に対する直接人事権も持っているものと菅氏が思い込んでいる可能性はある)。今の日本には皇帝直属の秘密警察は存在せず(ひょっとして国家公安委員会が候補?)、裁判無しで政敵を銃殺することも不可能です。
 とはいえスターリンの例に見るように、陰湿な手段で政権を手に入れたトップは、死ぬまで権力にしがみついて、決して自ら手放そうとはしないものです。

 権力にしがみつくための人気取り政策を連発するだけで何ら実質的な効果が打ち出せない政権に対して国民がダメ出しし、中身が空でスカスカの「スカ内閣」と化して終わりを迎える可能性も大いにありそうです。

/P太拝

「菅首相に日本学術会議会員任命拒否の撤回を求める」署名にご協力ください!

日本学術会議」が推薦した新会員候補105名人のうち、6名が任命されなかったことが昨日明らかになりました。法学者や歴史学者が大半であり、特定秘密保護法や安全保障関連法制定、共謀罪の新設に反対した人が含まれているらしいとのこと。この菅内閣の今回の決定は、従来の政府見解をひっくり返す行為であり、憲法23条で保障された「学問の自由」を政府自ら否定する暴挙と言ってよいでしょう。

早速、ネット上の署名サイトであるchange.orgで撤回を要求する署名キャンペーンが始まりました。賛同される方は是非ご署名ください。本日AM11h頃に開始されましたが、四時間で既に一万人に達する署名が集まりました。さらに署名の輪を広げて速やかに任命拒否を撤回させましょう!

「菅首相に日本学術会議会員任命拒否の撤回を求めます!」

/P太拝

鳥取市役所に冠水被害を連絡したら・・・

 正直言って、昨日読んだこの記事には本当にあきれた。

「冠水被害を連絡したら…市コールセンター「閉庁日だから、月曜にかけ直して」」

 最初に読んだ記事は「マイクロソフトニュース」のサイトだったが、他のサイトでも同じ内容が続々と報じられた。昨日のうちに「ヤフー」、「ライブドア」、「goo」等々の主要ニュースサイトで一斉に日本全国に向けて報じられているのを確認した。記事の内容はみな同一であり、いずれも読売新聞の記事を転載したもの。まさに恥さらし、全国の嘲笑の的と化した鳥取市である。

 今日、もう少し調べてみたら、地元日本海新聞オンラインが9/16付で同様の記事を載せていた。同サイトによると、この事実が判ったのは記事の前日の9/15とのこと。この記事内容を読売新聞が取り上げたことで、昨日になってから一気に広まったようだ。上のリンクは最初に確認したマイクロソフトニュースに張っているが、数日中に消される可能性も高いので、あらためてその主要部分を以下に抜き書きしておこう。

 

『市民からの問い合わせなどに対応する鳥取市のコールセンターが今年6月、大雨被害を知らせる電話連絡に対して、当初、翌日に電話をかけ直すよう伝えていたことがわかった。
 連絡をしたのは市議で、市やこの市議によると、県全域に大雨洪水警報が出た6月14日、市内の道路が膝上まで冠水しているとの情報を伝えるため、市議が市に電話をかけた。コールセンターにつながり、道路課に電話を回すよう要請したが、当初は「(日曜で)閉庁日のため、月曜にかけ直してほしい」と返答されたという。そこから数分間、現場の状況についてのやり取りがあった末、道路課に電話がつながったという。
 市は昨年9月から、代表番号にかかってきた電話にコールセンターが対応する方式を採用。緊急時などには、市の管理室を通して担当職員らに電話をつなぐことになっていた。市は電話対応に不備があったことを認めたうえで、「緊急連絡の受け付け態勢を徹底したい」としている。』

 

 防災対策のための部門として危機管理課を設置し、日頃から市民に対して防災意識の徹底を再三呼び掛けてきたはずの鳥取市が、市民からの、しかも市会議員からの冠水発生の連絡をいったんは無視したのである。しかもその理由が「今日は日曜日だから・」というのでは、開いた口がふさがらない。いったい鳥取市の危機管理体制はどうなっているのか?

 あらためて事実を確認しておこう。アメダスの記録によると、鳥取市では今年の6/11から6/14にかけての四日間連続して降雨があり、特に当日6/14の降雨量は78.5mm、前日の6/13の降雨量は99.5mm。四日間の総降雨量は212mmであった。

 近年の鳥取市の年間降雨量は平均で約1900mm、四日間で年間降雨量の一割以上が降れば、市内のどこかで水害が発生しても不思議ではない。このような状況下でも市の担当部局はなんの危機感も抱かず、市民からの緊急通報への対応をコールセンター任せにしていたのである。

 さて、いったい市内のどこが冠水被害を受けたのだろうか。県の公式サイト「鳥取県の危機管理」の「災害情報一覧」を見ると、「6/13からの大雨による被害情報等」が載っている。その中の6/15 AM8時時点公表の資料の中に「住家被害の発生状況」が載っている。

 その記載によると、「6/14 18;30 鳥取市福部町高江で床下浸水一軒発生」とあるので、被害が発生したのは福部町のJR福部駅前地区のようだ。このあたりは、近くを流れる塩見川の越水によってしばしば冠水が生じる地区である。また、市役所に電話をかけた市議も推定できた。福部町在住で公明党所属の前田市議だろう。興味のある方は、同市議のブログの6/15付の記事を参照されたい。

 今回の不祥事(「市内で火災発生」との電話を受けた消防署が、「今日は日曜日だから、その件は明日また電話して」と言っているようなものだ。これを不祥事と言わずして何と形容するのか?)を産んだ背景を、筆者なりに以下にまとめてみたい。

 

(1)上に示した不適切な対応をしたのは直接的には市が契約して業務を委託したコールセンターの担当者だが、コールセンターの業務の拠点は、北海道や沖縄、はては日本語学習者が多い中国大連市など、人件費が安いとされている地域に設置している業者が大半である。

 鳥取市内にも某業者のコールセンターの拠点があるが、市が同所に業務委託しているかどうかは、実際の契約を見なければ何とも言えない。おそらく鳥取市の実情を全く知らない担当者にしてみれば、市民からの電話への応対の指針となるのは鳥取市から提供された業務マニュアルにしかないはずだが、その中には「閉庁日の災害発生連絡に対する対応方法」は明記されていたのだろうか?仮に明記されていたとしても、提供したマニュアル通りに実際の業務が運営されていることを、市はコールセンターの現場に行って確認していたのだろうか?

 コールセンターの担当者の不注意が今回の不祥事の直接の原因だったとしても、そのような管理不行き届きな業者を選び、かつ実務能力へのチェックを怠った市担当部署(総務部?)には業者選定に関する責任が、最終的には各部署のそのようなルーズな対応を黙認した深澤市長に今回の不祥事の責任があることは明らかである。
 
(2)今回の騒ぎで明らかになったことは、市の危機管理課という部署は、いったい何を担当しているのかということだ。電話した市議は数分間やりあったあげくに市の道路課につないでもらったそうだ。筆者は、危機管理課という部署は災害発生には前面に出て市の各部署に適切な指示をするのが任務と思っていたが、どうやら全く誤解していたようだ。平時に災害対策の青写真は作るが、実際の災害発生時には他部署の後ろに引っ込んでいるだけらしい。
 数年前の大雪の際、いつまでも町内の除雪が進まないために、雪が降った三日後に危機管理課に当会会員が乗り込んで行って「いったいこの間、この課は何をしたんだ」と問い詰めたことがあった。担当者の答え曰く「県に電話を一本かけました」との返事だったそうだ。
 今日も、ある会員から、旧袋川の堤防に穴が開いているので市に電話したら「それは県の担当なのでそっちに電話して」と言われただけだったと聞いた。市の防災担当部門はいったい何のために存在しているのか?単に電話の取次ぎや転送しかしていない部署は即刻廃止し、その窓口は県に統合して一元化すべきだ。

 現在、危機管理課は約十人の人員を抱えている。市の正職員の給料は県の正職員よりも高い。市財政ひっ迫のおり、付加価値のある仕事をしていない市の正職員はリストラして、その業務を県に統合すべきである。

 

(3)最近の当会の公式サイトでは、事あるごとに「市業務の全面的外注化」の問題点を指摘してきた。新庁舎の窓口担当職員の大半は、既に東京の上場企業であるニチイ学館からの派遣職員に置き換わった。市のゴミ収集事業、可燃物処理事業、下水道処理事業、市の各種施設の運営、市立保育所の実務等々の担当は、既に外注民間業者、市設立の外郭団体、市が一時的に雇用した非常勤職員等々にまかされてしまった。旧本庁舎の跡地活用問題では、今まで市職員自から行っていた市民へのアンケート調査や意見聴取さえも、今年からは外部業者に丸投げしてしまった。

 いったい市の正規職員はどのような付加価値のある仕事をして、我々市民の納める税金からその対価としての給料を受け取っているのだろうか?市内の勤労者の中で一番生産性の低いのが市の正規職員ではないのか?

 鳥取市の市職員の約半分が非正規である。この比率は同規模の人口の国内各都市の中では異常に高い。外注業者は別として、市外郭団体職員や非正規職員の年収は、おおよそ、市正規職員の二分の一から三分の一である。鳥取市自らが市内の格差拡大を促進しているのである。

 このような経緯の結果、市の正規職員の主な仕事は新庁舎の会議室で会議をするだけになったかのように見える。

 その結果、

①市正規職員が現場の実態を知らない。

②市正規職員の実務能力の低下。

③実務経験がないために、外注業者が出してくる見積もりを市正規職員が精査できない。その結果、市の財政に、ひいては市民に対して損害を与えかねない。

等々の弊害を生じるようになった。防災対策における今回の不祥事は、まさに鳥取市の行き過ぎた業務外注化の弊害の具体例というほかはない。

 

(4)深澤現市長の経歴は、市職員から副市長、さらに前市長からの後継者指名を受けての市長当選であった。2012年の三つ巴となった市長選での同氏の当選は、当時の市職員の応援によるところが大であった。 

 当然、自分の元々からの仲間である市職員には極めて甘い。今の市長は、市正規職員に対しては何事につけても厳しく対処できない。今回の不祥事は、このような市長の市職員に対する甘さがもたらしたものという見方も当然ある。

 最後に言いたいこと。

 今回のようにずさんな現在の災害対策を今後も放置しているようでは、近い将来に必ず発生する災害時には、鳥取市は他市ではあり得ないほどのブザマな災害対応を露呈しかねない。

 今後、我々の鳥取市が日本全国に対してこれ以上の恥をかかないためにも、市長と市職員の全面的な反省と早急な改善とを求めたい。

/P太拝

内閣支持率は常に右肩下がり

 菅新政権が発足したとたんに、内閣支持率が6~7割へと急上昇した。新首相自ら「前内閣を継承する」と公言しているのに、何で前内閣の末期の支持率が一気に二倍にまで上がるのか?実に不思議だ。日本人に特有の「新しいモノ好き」現象の一種かもしれない。

 そう思って過去の内閣支持率の推移を調べてみた。菅政権成立直前までのデータを見つけたので下に示しておこう。各内閣の支持率推移はその大半が右肩下がりとなっている。特に今世紀に入ってからは、全ての内閣が右肩下がりだ。一方、'50年代から'80年代にかけては、各内閣の任期内での支持率はやや減少傾向にあるものの大きな変動を示してはいない。当時の日本国民は「総理を誰にするかを決めるのは、我々ではなくて雲の上の人たち」と思いこんでいて、あまり関心を持たなかったのかもしれない。

 このグラフを見ていると、長期間安定していた自民党政権が突然終わったという点で現在は小泉内閣の終了時に似ているように見える。先回と同じように短期政権が何代も続くことになるのだろうか。

 

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 元々のグラフがやや見づらかったので、1980年代以降の各内閣の区切りとして細い縦線をいれた。また、内閣発足理由が直前の国政選挙の勝利によるものである場合には、内閣名を赤い四角で囲んだ。
 1980年代以降で見ると、赤い四角で囲んだ政権はわずか三つしかない。このうち細川内閣は日本新党などの複数の野党が連立して成立したものである。第一党の政権交代による新内閣は、鳩山内閣と第二次安倍内閣のたった二回しかない。

 これは、この期間の大半において自民党が常に第一党であった結果、もっぱら、自民党内の権力争いに過ぎない総裁選の結果で内閣交代が行われてきたためである。今回の菅内閣の誕生も実質的には前首相の後継指名によるものであり、その意味で、日本の政治は再び先祖返りしてしまったとも言ってよいだろう。

 さて、選挙で勝利した陣営による新内閣の支持率が高くなるのは当然のこととして、前政権と同じ党派に属する人物が代わって総理になっただけに過ぎない場合にも、なぜ支持率が急激に上がるのか?単に看板を掛け替えただけなのに、かくも歓迎されるのはなぜなのか?外国ではどうなのだろうか。

 今のところは直感的な推測でしかないが、「特に日本人には、新しくやって来たものには何でも価値があると思い込みたがる」傾向があるためではないか。新しい流行に先を争って飛びつくことで、まだそのことをよく知らない周りの人間に対して自慢することができる。最近の例ではタピオカ、ハローウィン小泉進次郎・・・、いずれも一時的には大流行するが、やがて飽きられて捨てられる。新首相の高支持率も一過性消費行動の一変種なのかもしれない。日本人の大きな特徴が、この「何でも水に流してしまう軽薄さと芯の無さ」にあることは間違いなかろう。

 小泉内閣の時には、小泉純一郎首相が選挙応援で地方に行くたびに、ジジババが大挙して会場に押しかけてきて、サインや握手を求めて興奮状態になっていた。その様子を報じたテレビニュースを見て「こいつら、バッカじゃない?」とあきれた記憶がある。

 「郵政民営化」の意味も理解できないままに、ただ首相の外観がカッコいいというだけの理由で熱狂していたのである(アホか!)。あの「郵政民営化」とは、米国金融業界の要望を汲んだ米国政府によって、日本国内の巨額(約350兆円)の郵便貯金残高を狙って仕掛けられたものであるという見方が、今では一般的である。

 日本人のもう一つの特徴は、自らの過去の歴史に全く学ぼうとしないことである。学ばないがゆえに同じ失敗を何度でも繰り返すが、自分たちが失敗したことすらすぐに忘れてしまう。一向に反省することが無い。

 小泉内閣にキャーキャー言っていたあの高齢者たちは、小泉内閣が2006年に強行採決した「後期高齢者医療制度」が2008年に福田内閣により施行されたことによって、小泉内閣からの最後のプレゼントを、自らの年金から医療保険金を天引きされるという冷や水を浴びせかけられた。

「後期高齢者医療制度は小泉政権下で強行採決されたもの」

「後期高齢者医療制度の作られ方 」

 現在、菅内閣に拍手している人々が、将来同じような仕打ちを受けないことを願うばかりである。

/P太拝