「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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My favorite songs (16) 桜田淳子

この五月に沢田研二のスゴさについて書きました。それ以来、1970年代の歌番組、例えば「夜のヒットスタジオ」などを一杯やりながら見るのが筆者のささやかな楽しみのひとつとなりました。
この「夜のヒットスタジオ」の司会の芳村真理さん、頭の回転が速くて司会者としての気配りのバランスも適切。見るたびに素晴らしいと感じます。
Youtubeでこの番組を見ているうちに発見したのが、桜田淳子さん。'70年代以降TVをほとんど見なくなった筆者には「「クック、クック・・」の「私の青い鳥」でデビューした中学生」くらいのイメージしかなかったが、あらためて見ていると彼女の唄う曲がなかなかに良いのです。以下、彼女の曲をいくつか紹介しておきましょう。

「しあわせ芝居」 1978/01/16

この曲を知るまでは、桜田淳子中島みゆき作詞・作曲の歌を歌っていたとは全然知らなかった。中島みゆきが世間に知られるようになったのが'70年代後半。'80年頃には、中島みゆきの歌は、特に若い女性には大変な人気だったようだ。当時、鎌倉市に住んでいた友人のアパートに遊びに行ったら、彼の結婚したばかりの奥さんに一晩じゅう中島みゆきのレコードを聞かされてヘキエキした記憶がある。

それ以前の筆者が学生であった1976年の秋だったか、当時住んでいた下宿近くの食堂に晩飯を食べに行った時、店内に流れて来た研ナオコが歌う「あばよ」を聞いて思わず箸が停まり、自分の意識が歌の中の世界へと引き込まれてしまった。その時の店の中の光景は今でも鮮明に覚えている。こんな内容の歌詞はそれまでには聞いたことがなかったのである。

女性から見た失恋の歌を作らせたら、中島みゆきを超える作詞者は未だに出てきていないのかもしれない。桜田淳子が歌うこの曲も、恋愛のさなかにある女性が感じた不安感をきめ細かに表現しているのだろう。歌に入ってからの彼女の思いつめたような表情はそれまでのアイドル時代には見られなかったものである。

「20才になれば」 1978/09/10

この曲も中島みゆきの作詞・作曲。これもやはり中島ブシ特有の失恋モノである。「はたちになれば・・」と唄うが、正確には、この時点で彼女は既に20才を五か月近く過ぎていた。

「もう一度だけふり向いて 」 1976/12/13
淳子さん18才、高校三年生の時の歌。調べてみたら、中島みゆきの歌を歌うまでは、あの「私の青い鳥」も含めて、なんとデビューしてからの歌の大半が阿久悠作詞だった。'70年代の沢田研二の歌を聞いて「阿久悠は天才だ」と思ったのだが、全くジャンルの異なるアイドルの歌まで引き受けていたとは知らなかった。「間口の広い天才」と改めて呼ばなければならないだろう。
この唄の歌詞に興味をひかれたので改めて以下に示しておこう。これも阿久悠作詞である。

「この私の目に何が見えますか
 ちぎれた心の いたいたしさね
 そう私が今いってほしいのは
 あやまちではない その言葉なの
 あなたは髪を切ってしまい
 違う人のように見えるけど
 さよならだけの季節
 もう一度だけ
 振り向いて もう一度だけ

 この私の手をとってくれますか
 こごえた心をあたためるよう
 学生時代の甘い想い出を
 こわれたおもちゃにさせないように
 あなたが話す明日の夢は
 遠いことのように思うけど
 さよならだけの季節
 もう一度だけ
 ふり向いて もう一度だけ

 こわさずに こわさずに
 せめて せめて せめて
 想い出だけでも こわさないで」

「この私の目」に見えるのは、「髪を切ったあなた」の、あるいはそのあなたを見ている私の「ちぎれた心のいたいたしさ」なのだろう。
'70年代前半の男子学生には、今のロックグループの歌手のような長髪が普通であった。その髪を切って短くするという行為は、同時にそれまでの既成の大人社会に対する反抗・批判・拒絶の姿勢から一転転向しての「既成社会への屈服・同調」を意味する就職活動とイコールであった。「髪を切った」ことは、それまで個々の学生がそれぞれに抱いて来た「明日の夢」をいったんはあきらめることを意味していたのである。

当時の時代変化を敏感に察知し、アイドル歌手の流行歌の歌詞の中にその変化のエッセンスをそれとなく潜り込ませていた阿久悠の感性の鋭さには、改めて感心するしかない。

「もう一度だけふり向いて」 1976/11/20
上と同じ歌なのだが、特に気に入っている動画なのであらためて紹介しておきたい。上の動画よりも三週間ほど前の収録だが受ける印象がまるで違う。哀しい別れの歌なのに、アイドル時代の姿勢のままに元気よく力いっぱい歌っているのである。特に、1:58からの正面を向いて力強く歌っているところが好きだ。
彼女の眼が誰かに似ていると思って見ていたのだが、何回か見ているうちにようやくわかって来た。現在はMLBで大活躍中の大谷選手の眼によく似ているのである。秋田と岩手、隣県同士なのだからDNA的にも共通するところは多いのかもしれない。この二人に共通して感じるのは、共に「真っすぐに前を向いて生きていこう」としている姿勢だ。

ほぼ同時にデビューした「中三トリオ」を個々に一言で言い表すとしたら、山口百恵は「孤独の影を帯びた都会性」、森昌子は「天性の歌のうまさ」だろう。桜田淳子の場合には、彼女の持つ「真っすぐさ、純粋さ」なのではないだろうか。以前から東北人好きの筆者ではあるが、大谷選手と桜田淳子さんを好きになったのも、この二人が持つ「真っすぐさ」からではないかと最近思っている。

以下はアイドルとして全盛期の頃の歌。

「ねえ!気がついてよ」 1976/09/02
眼がキラキラと輝いていて美しい。

「夏にご用心」 1976/06/05
ちょっと(かなり?)太めの淳子ちゃん。

「十七の夏」 1975/6 発売曲
この年には細かったのですね。

「黄色いリボン」 1974/12/31
この年の紅白で初めて中三トリオが勢ぞろい。三人とも可愛いですね。

「はじめての出来事」 1974/12 発売曲
いやー、何とも可愛い! 「こんな娘がいたらいいなー」というよりも、「こんな孫がいたら・・」と言うべき歳にいつのまにか筆者もなってしまいました・・・。同い年くらいの女の子からの声援がすごい。唄がうまくて可愛くて、スタイルも良い彼女。当時の女子中高生の憧れの対象だったことがよくわかる動画。

「わたしの青い鳥」 1973/11/20
中三でデビューした年の三枚目のこの曲が大ヒット、その年の日本レコード大賞新人賞を獲得。まだ幼さがかいま見える。

 

二十歳を過ぎてからはヒット曲もほとんど無くなり、活動の場はもっぱら女優業となっていた彼女。中三トリオでは山口百恵が1980年に21歳で早くも結婚、森昌子も1986年に森進一と結婚して、桜田淳子一人だけが取り残されたような形となった。当時の彼女は自分の立ち位置に悩んでいた時期なのかも知れない。

結局、1992年に34才で結婚した後は芸能界から引退したが、この結婚が世界基督教統一教会合同結婚式であったことから当時は週刊誌の格好の話題となった。

この騒ぎのことは筆者の記憶の中にもあるが、当時は彼女に対する興味は特にはなく、また統一教会の学生向け組織である「原理研究会」にかぶれている若者も多かったため、「またか」と感じただけだった。'70年代以降は各大学に原理研究会があり、繁華街で学生が若者を勧誘している光景をよく見かけたものである。

wikipedia「桜田淳子」を見ても、彼女が「統一教会の広告塔」として積極的に活動したという記載は見られない。

むしろ問題なのは、統一教会の現在の名称である「世界平和統一家庭連合」のwikipedia記事の末尾に見るように、日本の与野党の主要な政治家の多くがこの統一教会の活動に協力したり、統一教会から支援を受けたりしてきたことだろう。その中には総理や大臣の経験者が掃いて捨てるほどいるのである。桜田淳子を批判するならば、まず真っ先に社会的影響力がはるかに大きいこれら政治家連中を批判すべきであろう。

権力を持っている人間に対しては批判を控える一方で、叩きやすい相手にはこれでもかと言うほど叩きのめして悦に入るのが最近の日本人の国民性なのである。安っぽい正義感を振り回しては、自分は正義の味方の一員と自己満足している。日頃の恨みをぶつけられる弱くて反撃できない対象を毎日探し回っているに過ぎないようにも見える。

オウム真理教のような犯罪集団は論外だが、宗教自体についてはある程度許容すべき、というよりも、最近はますますその役割が重要になってきているのではなかろうか。人間関係がますます希薄になり、職場、学校、はては家族の間の結びつきさえも消えつつある今の時代には、「自分が生きていることの意味」を絶えず問い直す必要がある。「穏健な」宗教に触れることは、そのことを考え直すよい機会となるだろう。今の統一教会が、かっての「社会に迷惑をかけたとされる集団」のままなのか、それとも「穏健な宗教団体」に変貌したのかは、情報不足で筆者にはよく判らない。

さて、桜田淳子さんも現在は三児の母として安定した生活をされているようでなによりである。こうして彼女の全盛期の歌を繰り返し楽しめるのもyoutubeのおかげだ。youtubeに代表される動画配信こそが、インターネットが世界にもたらした最大の成果なのかもしれない。

/P太拝

 

コロナ敗戦の原因(6)-現在の各国の感染状況の比較-(続き)

先回からの続きです。

 

(3)ワクチン接種してから何か月に再び感染が始まるのか?

先回は各国の感染状況を見たが、今度はワクチン接種の状況と感染増減との関係を調べてみたい。下に日本、米国、イスラエルの日々のワクチン接種回数の推移を示す。

図-8 (図をクリックすると拡大、以下も同じ。)

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イスラエルの接種のピークが二回あることに注目されたい。一回目は1/25、二回目は9/2である。二回目はいわゆる追加接種(ブースター接種。二回で完全接種のワクチンの場合には三回目)である。

下の記事に見るように、イスラエルは世界で一番早くワクチン接種を行って従来株をほぼ完全に抑え込み、六月には国内規制を完全撤廃していた。しかし、六月末になって変異株のデルタ株が国内に流入、またたく間に感染者が急増した。ワクチン接種で体内にできた抗体が徐々に低下していたことに加えて、デルタ株の感染力が従来株の二倍以上であったことがその理由とされている。

これをみてイスラエル政府は八月初めから追加接種を開始、現時点での新規感染者は九月中旬のピークの十分の一以下に激減している。

「接種率78%「イスラエル」で死亡者増加のなぜ」

似たような例としては米国があげられる。米国のワクチン接種のピークは4/15であったが、その時点では米国内でのデルタ株の割合はごくわずかであった。しかし、七月末にはデルタ株の割合が九割以上に拡大した。これを受けて米国でも追加接種が八月から始まったが、当初、米疾病対策センター(CDC)が「追加接種は不要」との見解を示していたこともあって、現時点でも全人口の約5%が接種を終えたに過ぎない。

「米国でデルタ株が猛威、新規感染の93.4%」

なお、日本国内での一般への追加接種の開始は、今のところ来年一月からの予定となっている。

「3回目接種、一般も対象に 厚労省分科会で一致」

 

既に追加接種を始めた各国の進捗状況を下に示す。ウルグアイ、チリ、トルコなどの国が意外に健闘している。

図-9

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さて、下にこの記事で取り上げている日本を除く11カ国の直近の各国の新規発生者の推移を示す(日本の最近の発生者数は異常に低く、日本を入れるとグラフの縦軸の範囲が広がって見にくくなるので除外した。)。

図-10

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この11カ国のうちのタイとベトナム以外の9カ国は、9月初めまでにワクチン接種のピークを終えている。注目されるのは、10月に入ってから新規感染者が増え始めている国がかなりあることだ。ジワジワと増えているのが、シンガポール、フランス、ポルトガル、はっきりと増え始めているのが、ドイツ、ベトナム、韓国である。

その他のワクチン接種をほほ終えた英国、米国、マレーシアはワクチン効果で新規感染者が漸減中、追加接種進行中のイスラエルは急減、タイはワクチン接種はまだ半ばで、その理由は不明だが漸減。

さらに、今回の記事で取り上げた日本を含む12カ国のうち、タイとベトナム以外の既に完全接種者が50%を超えた10カ国(前回の表-1参照)について、ワクチン接種のビークと新規感染者のピークとの関係を調べてみた。結果を次の表に示す。

表-3

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この表で「新規感染者1st ピーク日」とはワクチン接種ピーク後の最初の新規感染者のピーク、「新規感染者2ndピーク日」は接種ピーク後の二番目のピークを指している。この2ndピーク日の欄の「10/31< ?」は、「2ndピークが10/31か、それ以降のいずれかの日」ということを示している。要するに、現在増加中、または増加途中か増加後の平坦な状態にあり、ピークの位置がまだ特定できないという意味である。この欄の空欄は、現在減少中で2ndピークが見いだせないという意味である。

上の表の「②-①」の列はワクチンを接種からその効果が表れるまでの期間を、「③-①」はワクチン接種からその効果が薄れるまでの期間をそれぞれ示しているとみなしてよいだろう。

この期間は国によって差があるようで、アジア諸国のように社会的規範(強制的、自発的を問わず)の影響が強い国では短かく、かつ感染動向がシャープに表れる傾向が読み取れる。英国やドイツなど、規範がゆるく個人の独自性が強い(例:マスクをしたがらない)国では、感染の起伏がゆるやかで効果がでるまでの期間が長い傾向があるようだ。南欧に近いフランスやポルトガルではアジア諸国に近い傾向がある。

各国へのデルタ株の襲来時期は今年の五月から七月にかけてであり、上で見たようにイスラエルと米国はそれ以前に接種の大半を終えている。日本の将来の感染予測をする上で参考となるのは、日本と同様にワクチン接種とデルタ株の蔓延が同時並行で進んだ国であり、その意味ではこの両国は日本の将来を予測するうえでの直接の参考とはならない。

日本の将来の感染状況を予測する上で参考になるのは現時点では英国だけだ。上の図-10では判りにくいが、10/23に接種が盛んにおこなわれた五月の翌月のデルタ株による感染以来の二回目のピークを迎えている。接種のピークからこのピークまでの間は約五か月である。

なお、下の記事に見るように、英国では五月の中旬以降にデルタ株が急拡大し、六月には大半を占めるに至っている。七月から八月への二か月間でほぼすべてがデルタ株に置き換わった日本とよく似た状況である。

「デルタ株 なぜイギリスでこれほど急拡大したのか」

「新型コロナウイルス デルタ変異株に ほぼ置き換わりへ(国際医療福祉大学)」

英国の「③-①」の期間は約五か月である。今のところ他の国の2ndピークもこの値に近い所に落ち着きそうな感じである。

厚労省の下記の公式サイトの説明によると、ファイザーやモデルナのワクチンは接種後六か月でも発症予防効果は90%以上あったとのこと(感染予防効果ではないことに注意!)。これは従来株に関するものであり、デルタ株の場合の見解はまだ明確ではないようである。

「新型コロナワクチンQ&A」

仮にワクチン接種してから五か月後に感染の2ndビークが来るものとすれば、日本の場合には来年の一月上旬あたりと言うことになる。

 

(4)抗体保有

感染の将来を予測する上でのもう一つの切り口として、各国の国民の抗体保有率が挙げられる。体内の抗体は、ワクチン接種によっても自然感染によっても形成されるので、各国の接種率と累計感染率がわかっていれば試算することが出来る。ただし、インド(おそらくインドネシアも)のように、実際の発症者が公式感染者の何倍もあった国では不正確な結果しか得られないだろう。ここでも公式データにかなり信頼を置けそうな今回とりあげた12カ国に絞って試算してみよう。

計算を簡単にするために以下の仮定を置く。

 ① ワクチン完全接種者は現在まで抗体を完全に保持しているものとする。

 ② 既に一度感染した人も抗体を完全に保持しているものとする。

 ③ 国によって累計検査率(先回記事の表-1)が異なり、検査率が低い場合には、軽症状者、無症状者を十分に把握できていない可能性が高い。よって累計検査率に応じて次の推定倍率を累計感染率にかけた値を真の感染率とみなす。

  累計検査率 30%以下  倍率  4

        30~80%      3

        80~200%    2

        200%以上    1

 なお、この倍率は先回の記事で示した日本国内のモニタリング検査結果を参考に決めたもので、その他には根拠となるデータがある訳ではない。試算のための仮の数字とみなしていただきたい。

下の表に計算結果を示す。なお、後で集団免疫の成立について述べるため、参考値としてインドとインドネシアのデータも示しておく。

表-4

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この表からわかるように、抗体獲得はワクチン接種によるものが主で、自然感染による割合は少ない(感染率が正しければ・・)はずである。

デルタ株の場合には、抗体保有率が80%に達すれば集団免疫が成立するとされている。マレーシアやポルトガルはこの試算では80%を大きく超えており、既に感染が収束していてもよさそうであるが、現実にはそうなってはいない。マレーシアの場合には、接種当初の主力であった中国製ワクチンの効力が低いことが理由として考えられるかもしれない。ポルトガルについてはよく判らない。感染拡大も接種も早かった米国では、既にいったん体内に出来た抗体が失効しつつあると思われる。

なお、上で既に強調したが、ワクチンを接種することで発症予防にはかなりの効果があるが、感染予防についてははっきりした見解が出ていないことには注意する必要がある。検査数の多い国の検査結果には、ワクチン接種済の無症状感染者も相当含まれている可能性がある。

イスラエルの接種率が意外に低いが、これは同国は15才以下の子供の割合が人口の28%と極めて多く、その大半がまだ接種対象となっていないためである。(日本はその半分以下の13%。いずれも2015年時点。)

全体的には、接種が進んでいる国では既に抗体保有率が80%近くになっているものと推測され、これらの国では感染はいったん収束の段階に差し掛かっているものと思われる。

 

(5)日本の感染急減の理由

長々と述べて来たが、ようやく本題に入る。日本のここ一週間ほどの新規感染者数は、上の図-10の縦軸の下限以下になるほどまで減ってきている(百万人当りで一日に2人程度)。

ワクチン接種率が同じ程度の国と比べて、なぜここまで減るのかが不思議だったが、次の図がその答えを示唆するものになるのかもしれない。感染者が日本と同様に最近急減しているインド、インドネシア、さらに比較例としてシンガポール、英国、日本の新規感染者数の推移を示している。

図-11

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この図で驚くのは、日本のグラフを一か月ほど前にずらすとインドネシアのそれにほぼ重なることである。また、最近の感染者数を図-10の国々と比較すれば、日本、インド、インドネシアの三カ国は一桁以上少ない。

インドとインドネシアは共に既に国民の抗体保有率が100%近くまで上昇しているものと推測される。関連記事を以下に挙げておく。

「1日40万人感染していたインド、首都では抗体保有率97%に」

「ジャカルタ住民の半数近くがコロナ感染か 抗体検査で判明」

上のインドの記事では、調査時期が今年の九月から十月にかけてとなっている。

下のインドネシアに関する記事では、デルタ株襲来以前の三月の時点でジャカルタの住民の半分近くが既に抗体を持っていたとのこと。デルタ株の蔓延で、同国では六月から七月にかけて市民が酸素ボンベを買いあさるなどの医療崩壊状態となったから、今では国民のほぼ全員が自然感染による抗体を持っているのだろう。

なお、インドネシアの保健当局と大学、さらに米国CDCが加わって共同で今年の三月にこの調査を実施したが、結果を公表したのは約四か月後の7/10だったそうである。政治的に微妙な問題だけに、ジョコ政権への担当者からの忖度があったのかもしれない。

この両国では既に集団免疫が成立しているものと推測されるが、このグラフを見る限りは日本も同様のようにも受け取れるのである。

では、医療先進国とされている日本が、医療面が充実しているとはいいがたい両国と同様に自然感染によって既に集団免疫が成立しているとしたら、その理由は何だろうか。集団免疫が未だ成立していないケースも含めて、考えられる理由として二つ挙げておこう。

理由① 無症状感染者の存在を意図的に軽視・無視した結果、無症状感染者が増加。ワクチンの効果も加わった結果、集団免疫が成立。

 先回取り上げたモニタリング検査への不熱心さ・結果公開への消極性に見るように、日本政府は無症状感染者も含めた感染状況の実情把握には極めて消極的であった。これには東京五輪をあくまで実施したい菅政権と東京都とが、公式感染者数を極力抑制して日本は安全であることを国際的にアピールしたかったという政治的背景が大いに影響しているのだろう。

 モニタリング検査の具体的な内容は全く公開されていないが、検査対象が恣意的に選択された可能性はある。政府によるモニタリング検査では、第五波のピークであった八月の無症状感染者の発生率は公式感染率の約半分となっているが、実際には公式感染率をはるかに上回っていたのではなかろうか。無症状感染者まで徹底的に調べている現在のシンガポール以上の感染者数(上記の図-11参照)になっていたのではないか。

ちなみにシンガポールでは全ての世帯に検査キットを送付しており、陽性者の98%が軽症か無症状だったとのこと。軽症と無症状の比率は明らかではない。検査キットが手元に無ければ、陽性者の大半が軽い体調不良との認識程度で済ませていた可能性はある。そう考えると、自己申告制の日本での八月の実際の陽性者の比率は、現在のシンガポールのそれをはるかに超えていても不思議ではない。

「接種8割も感染急増 それでも「ウィズ・コロナ」を行くシンガポール」

 無症状感染者の実態を把握しようとせず、主として自己申告の有症状者とその周辺のみを対象とし、各地の感染実態を数字で正確にとらえようとしなかった。国民の心構えのみに期待するだけで、ロックダウン等の政府主導の具体的な行動を取らなかった。その言い訳としては「法律の制約」を繰り返すばかりだったが、必要な法律なら臨時国会を開いてすぐに決めればよいだけのことなのに、そうしなかった等々。最近の日本の政治の劣化には本当にあきれるしかない。

 

② デルタ株の変化

 先週末に興味を引くニュースがあった。

「ゲノム変異、修復困難で死滅? コロナ第5波収束の一因か」

 この記事では詳しい説明が無く、その内容が意味するところはウィルスに門外漢の筆者にはよく理解できなかった。デルタ株ウィルスが勝手に死滅したために日本国内の感染者が急減したとの見解だ。しかし、デルタ株にその傾向があるとしたら日本以外でもその現象が観察されてもよいと思うのだが、図-10に見るように現時点ではむしろ感染増加傾向にある国の方が多い。

 仮にこのウィルス死滅現象が日本だけで起こっているのだとしたら、今後、国際間の人流が回復した際には、各国で生き残っている変異株が再度流入してくることになるだろう。時間が稼げた間にワクチン接種をさらに進められるという意味では、好ましい展開ではあると思うが。

 一般的には、ウィルスは淘汰によって感染力が強まると共に弱毒化して人間と共存するようになる傾向があるとされている。日本に入って来たデルタ株にこのような変異が起こって弱毒化するとともに感染力が強まったのだとしたら、他国に先駆けて日本で感染者が急減した現状の説明がつく。この場合にも集団感染が既に成立していることになる。

日本国内での抗体検査は、下の記事にみるように今年の12月からようやく実施するとのこと。今年はまだ抗体検査を一回も実施していないそうである。敵がどこにいるのかを把握しないままに勢いだけで主力艦隊を投入し、返り討ちに遇って全滅したミッドウェーの再現のようだ。

「5都府県の3万人対象にコロナ抗体検査…ワクチン接種が進んでから初」

戦う相手も把握しないうちに勝手に何兆円も使いまくる(その請求書はあとで我々国民の方に廻って来る)という、国としての戦略の無さが実に情けない。この点についてはもっと書きたいが、長くなるので今回は触れないでおこう。

この抗体検査の結果が出れば(来年になるのだろうが)、やっと第五波の急減の理由が遅まきながら明らかになるのだろう。

さて、今回、試行錯誤しながらあちこちのデータを調べたうえでの感想を言えば、既に日本国内では集団感染が成立していて、ワクチンの効果が落ちるまでの今後数か月は感染者の急増は無く、比較的平穏に過ごせるような気がする。

あくまでも筆者の直感でしかないので、結果的に間違ってしまったらごめんなさい。いずれにしても、明確な結果が出るまでは面会時のマスクは必要だろう。

/P太拝

 

「追記」 2021/11/09

 上の記事の最後に紹介した記事中の昨年12月実施の抗体検査の結果から、無症状感染者と公認感染者の比率が推定可能と考え、以下の試算を行いました。

試算の前提として、

 ・感染により体内に形成された抗体は約一年間は減少しながらも検出可能であるとされているとのこと。昨年末の抗体検査だから、感染開始以来の無症状感染者の大半で抗体検出が可能と推測される。

 ・感染して二週間後に抗体形成が始まり、また、感染して一週間弱で症状が現れるとされている。この時間差のために、どの時点での抗体保有者数と感染者数を比較したらよいのかが難しいが、とりあえずは、感染者数としてはこの抗体検査開始時の12/14時点での値を採用することとした。

 

試算結果を以下に示す。

都道府県の抗体保有率から各々の抗体保有者数を計算して合計。また、12/14時点の累計公式感染者数を都道府県ごとに調べ、それを合計。これから、比率=(抗体保有者数)/(累計公式感染者数)=(累計有症状感染者数+無症状感染者数)/(累計公式感染者数)を求めた。結果、この比率は3.5となった。

表-5

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上の表-4では、日本のこの比率を4と仮定して現時点での抗体保有率を推定したが、昨年末の時点で既にそれに近い値となっている。注意しなければならないのは、今年の春から高齢者から優先的にワクチン接種が開始されたことである。その結果、この夏の第五波の時点では潜在感染者の多くが症状が出にくい若年層や子供に集中してきているはずである。従って、この夏の時点では、この比率はさらに上昇している可能性が高い。

このことからも、日本で既に集団免疫が成立している可能性はさらに高まったと言えるだろう。

もう一点。日本で感染者が急減する一方で、逆に欧州では感染者が漸増している現状について。

下に、デルタ株蔓延前の今年3/31時点と現時点での各国の感染率の比較を示す。最も右の列は三月末までの感染者が現時点での累計感染者の中でどの程度の割合であるのかを示している。

表-6

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「①/②」の値で0.5を超える所を赤字で示しているが、欧米ではデルタ株の襲来以前、特に昨年中に既に感染者が数多く出ていることが判る。これらの感染者の体内抗体が感染から一年前後経って減少することで再び感染増加が始まったのだろう。なお、欧米でも無症状感染者の割合は日本ほどではないにしてもかなりあるものと思われ、彼らが今の時点で再び感染しても公式には新規感染者とみなされることになる。

 現時点ではドイツの感染増加が目立つが、上の表-6に見るようにドイツは欧米の中では今まで感染者が少ない方であった。さらにドイツのワクチン接種率は65%台にとどまっており、高齢者率が高い(15歳以下の人口比率は日本と同じ13%)割には低い。そのために、抗体を持っていない人の割合が他の欧州国家よりも高いのだろう。

従来、感染をかなり抑制してきた国が、今になって感染増加に見舞われているのは皮肉な現象というほかはない。アジアの韓国、ベトナム、タイもその例なのだろう。

おそらく中国もその仲間に入るのだろう。彼らが国内開発したワクチンは、欧米のそれに比べて効力がかなり低い。最近、中国国内で感染撲滅に異常なほどに熱心になっているのは、今になっての感染爆発を恐れているのだろう。面子のゆえに欧米からワクチンを輸入する訳にもいかないし、経済にも深刻な影響が出かねない。なお、中国政府が発表する公式数字の大半は全く信頼性に乏しいので、当ブログでは新型コロナに関しても中国は比較検討の対象外としている。

なお、インドとインドネシアの累計感染者数は公式感染者数の数十倍はあるはずだ。そうでなければ、ワクチン接種率が低いのに現在感染者が激減した理由の説明がつかない。

さて、日本の次の感染ピーク、第六波はいつ頃来るのだろうか。既に表-3の後に述べたように英国並みであるとすれば一月ごろに来ると予想されるのだが・・・。各国の感染状況に引き続き注意が必要だろう。日本のようにワクチン接種が急速に進んだ国ではその効力の失効も急速に起こると考えられるので、次の感染のピークも他国よりも急峻なものとなるだろう。

それまでに間に合うかどうかは判らないが、ワクチンの追加接種や家庭で服用できる治療薬の普及が進んでくれば、このコロナ騒動もようやく終息することになるだろう。

/以上

コロナ敗戦の原因(6)-現在の各国の感染状況の比較-

新型コロナの第五波は急速に収束、現在の新規発生患者数はピーク時からは驚くほど減少しましたが、この状態はいつまで続くのでしょうか。この先に第六波が来るとすれば何時頃になるのでしょうか。

これが今の日本国内での最大の関心事と言っていいのかもしれません。その手がかりをさぐるべく、例によって「Our World In Data」の最新情報を元に各国の現状を調べてみました。

 

(1)各国の現状の比較

今回はワクチン接種が日本と同程度進んでいる国を主として、さらに近隣のアジアの数カ国を加えた12カ国について調べた。下にデルタ株の蔓延が広がった今年7/1以降、10/26までの一日あたりの新規感染率、新規死者数の推移のグラフを示す。


国の数が多いので、感染率と死亡率の推移のグラフは、各々欧州とアジア・米国の二つに分けた。日本、シンガポールイスラエルは両方のグラフに比較のために共通して含めた。

図-1 一日当りの新規感染率推移(アジア・米国)(図はクリックで拡大、以下同様。)

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図-2 一日当りの新規感染率推移(欧州)

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図-3 一日当りの死亡率推移(アジア・米国)

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図-4 一日当りの死亡率推移(欧州)

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さらに昨年の感染当初からの累積感染者数、累積死者数、累積検査数等の一覧表を下に示す。

表-1 各国の累積感染者、累積死者数、累積検査数、累積ワクチン接種率の比較

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以下、この表の内容について見ていこう。

①累積感染率

 昨年初頭の感染確認以来、現在までの各国の累積感染者数を各国人口で割った値。一見して判ることは、日本を含む東アジア諸国と欧米諸国との間に大きな差があることだ。欧州で最低のドイツの約5%を上回っているアジアの国は約7%のマレーシアだけなのである。

②累積死亡率

 現在までの各国の累積死者数を各国人口で割った値。

なお、%で表すには値が小さすぎるため、この表では実際の値を100倍した値を載せている。例えば日本の実際の値は0.0144%、英国のそれは0.2077%である。先進国の年間死亡率は1%前後だろうから、英国のように二年弱の間に国民の約0.2%がこの病気だけで死亡するというのはかなり大変な事態なのである。

日本の死亡率は欧米よりも一桁小さいが、「重症化した風邪のようなもの」と軽視する訳にもいかない。何と言ってもインフルエンザよりもはるかに死亡率は高く、その病気が他人に容易に感染してしまうのだから、社会的規制は強化せざるを得ない。

この死亡率の指標でも、マレーシアを除く東アジア諸国のそれは欧米よりも一桁小さい。

なお、(死者数)/(感染者数)の比率は東アジアと欧米とであまり変わらない点には注目したい。要するに、いったん感染してしまえば重症化の頻度は国によってはあまり変わらないということだ。例外はこの値が日本の五分の一以下と低いシンガポールで、これは後で述べるように、無症状感染者の存在についても徹底して調べる同国の方針によるものだろう。

「東アジア人は欧米人に比べてコロナに感染しにくい」という点については、昨年前半の感染初期の段階では、いわゆる「ファクターX」としてかなり話題になった。その結論は出ないままになっているが、このように表にしてみるとその傾向はかなり明確である。ただし、その傾向が遺伝的な差や食習慣の差によるものなのか、あるいは「外出時には必ずマスクをつける」というような社会的規範の違いによるものなのかは、未だに不明確なままだ。

③ 累計検査率

 現在までの累計検査数(PCR検査、抗原検査等)を各国人口で割った値。

この値が100%を超えている場合には、その国の国民がこの二年弱の間に平均で一回以上の検査を受けている計算になる。この表をつくる前から予想していたことだが、この12カ国中で検査率が最低なのが我が日本国であった。未だに全体の二割の国民しか検査を受けていないのである。

この指標でも、マレーシアとシンガポール以外の東アジア諸国は総じて検査実施数が低い。

欧米諸国の中では、なぜかドイツだけが検査数が低い。また、ドイツは感染者数が低い割には感染後の死亡率が高い。

特段の感染対策を取らずに国民が感染するにまかせて集団免疫の成立に期待、結果的には高齢者の高い死亡率を招いたのはゲルマン系のスウェーデンだが、ドイツも民族的には同じゲルマン系である。この二国からは「弱い者が死ぬのはしかたがない」という優性思想の匂いが嗅ぎ取れるのかもしれない。

フランスについては、なぜか検査数累計を公表していない。何か具合の悪い事情があるのだろうか。

 

④ ワクチン接種率

 接種率が既に高い国を選んだこともあり、大半の国で完全接種者が60%超えである。ベトナムとタイはまだ50%に達していないが、現在急速に接種が進んでおり、近いうちに他の国に並ぶだろう。米国の接種率が停滞している背景に政治的な対立があることは、頻繁に報道されている通りである。

ワクチン接種の進展度と新規感染者数の相関については、また後で触れることにする。

 

(2)各国の検査方法の比較・モニタリング調査

日本では 第五波が八月下旬にピークを迎えて以降は、新規感染者が急激に減少。これに伴ってイベントの規制等が次々に解除されているが、他の国と比較しての本当の状況はどうなのだろうか。以下、各国の状況を参考にしながら急減の理由を探っていきたい。

 

① 各国の検査方式の比較

 まずは「Our World In Data」で、日本の検査方式が世界からどのように見られているかを確認しておこう。下の図に各国の検査方式の違いを示すマップを示す。

図-5 各国の検査方式のマップ

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今回の記事で取り上げている12カ国のカテゴリー一覧表と、上の図中の各カテゴリー(図の下の方にある色のついた棒の左から順に1,2,3,4とした)の説明を翻訳したものを下の表に示す。

表-2 各国の検査方式の内容説明

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今回取り上げた12カ国の中では、日本だけがカテゴリー2に分類されている。同カテゴリーの仲間を見ると、シリア、ウクライナ、イエメン等の紛争当事国が含まれている。どうやら、いわゆる先進国でこの組にいるのは日本だけらしい。

上の表は単に元の英文を和訳しただけなのだが、実際には、発熱や体調不良を自覚している人であれば、濃厚接触者でなくてもPCR検査を無料で受けられるはずだ。日本の実態はカテゴリー3に相当すると思うのだが、海外から見れば不備な点があるのだろうか?

ワクチン接種が進んでいる国の大半、及び日本以外の先進国の全てはみなカテゴリー3か4に位置している。

検査数が多いイスラエルと英国がカテゴリー3というのにはビックリした。感染が発生して以来、平均では一人当たりで三回から四回も検査を受けているはずの両国で、今まで症状を訴える国民だけを検査して来たとはとても考えられない。当然、無症状の国民も政府自ら検査しているはずである。実態としては、この両国もカテゴリー4に相当するとみてよいだろう。

確か、去年の夏ごろには、ドライブスルーで車から一歩も出ないで検査できる公共検査場が日本国内各地に出来ていたのはずなのだが、あれはどこに行ってしまったのだろうか?

このように見ていくと、大半の先進国はカテゴリー4であり、カテゴリー3の先進国は日本(実質的に)、オーストラリア、カナダ、スウェーデンくらいということになる。

しかし、上の表-1には示してはいないが、カテゴリー3の仲間であるはずのカナダやオーストラリアの累積検査率は現時点で既に100%を超えており、実質的にはカテゴリー4と見てよいだろう。同じカテゴリー3の仲間であるはずのインドでさえも、国民の43%が既に検査済で日本の二倍以上なのである。なお、何か隠したい事情でもあるのか、スウェーデンはフランスと同様に累積検査数を公開していない。

とにかく、日本の検査数の少なさはインド、タイ、ベトナム以下であり、世界最低レベルと言ってよいだろう。検査数を故意に少なくして無症状感染者を認知せず放置し続けて来たのだから、公式の感染率が低くなるのも当然の結果なのである。

 

② 無症状感染者の推定

 無症状感染者の割合の推定は感染防止のためには必要不可欠であり、日本では無作為のモニタリング検査を実施しているはずなのだが、先回の記事の中で9/16付の日経新聞の記事を紹介した時には「公的発表サイトが不明」だと書いた。その後、ようやく内閣官房で以下の公式サイトを見つけた。なかなか見つからなかったことから明らかなように、このサイトを訪れる人はほとんどいないのだろう。

本来は担当省の厚労省が一括して公表するべきなのに、例によって政府機関のあちこちでバラバラに、かつ資料がコマギレのままで公開されている。これも日本特有の縦割り行政の一例に他ならない。

「感染拡大の予兆の早期探知のためのモニタリング検査」

この検査は今年二月から始まり、現在までに約100万人を検査して平均の陽性率は約0.1%とのことである。

この検査の対象者の大半は無症状のはずだから、症状を有する感染者とその接触者等の中の感染者の合計である公式の新規発生患者数と、このモニタリング検査結果とを比較してみれば、無症状者が有症状者に対してどの程度いるのかについてのある程度の知見は得られるはずである。

以下、比較手順とその結果について示す。

「手順」

(1) このモニタリング検査の陽性率が日本全国の無症状感染者の比率を代表しているとみなして、各月ごとのモニタリング感染者陽性率を集計。

(2) 厚労省のサイトが公表している日々の新規感染者数を月ごとにまとめ、それを全国人口で割って公式感染率を集計。

これらの公式感染率と陽性率を月ごとに比較したグラフを以下に示す。なお、10月は10/1から10/24までのデータである。

図-6 日本政府の公表感染率、及びモニタリング検査陽性率の推移

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五輪が開催された八月は第五波の真っ最中で全国で約56万人が感染しているのだから、感染率が0.4%台になるのは当然のこと。考えてみれば、ひと月のうちに国民の200人強に一人が感染したのだから、ずいぶんひどい状況だった訳である。

さて、公式の感染率とモニタリング陽性率との間には事前に予想したほどの大きな差はない。前者は自覚症状がある感染者とその接触者等の中の感染者の合計だが、有症状者と無症状者の間の割合が公開されていないからこのデータの中の無症状者の人数を計算することはできない。一方、後者のモニタリング検査陽性者はほぼすべてが無症状者とみてよい。

注目されるのは、新規感染者が多かった7月から9月にかけてはモニタリング陽性率を公式感染率が上回っていた一方で、新規感染者が少ない他の月にはこの関係が逆転することである。感染率が急激に減った10月の場合には公式感染率は0.012%だが、モニタリング検査陽性率はその約3倍の0.035%となっている。

このデータが正しいならば、現時点での無症状感染者も含めた真の感染者数は公式発表の四倍程度はあるのではないだろうか。他の国では無症状感染者も感染者として発表しているのだが、日本政府にはそのような意志はサラサラないらしい。

そもそも、このモニタリング検査を内閣官房が管理していること自体が怪しい。内閣官房は総理の直属機関であり、総理の意のままになる機関でもある。このモニタリング調査の開始時期が今年二月であることに注目したい。正月に来た第三波の直後で東京五輪の半年前である。

表向きの感染状況をその裏で左右する無症状感染者の増減は、菅総理にとっては極めて重要な情報であったはずである。厚労省にまかせておけば完全な情報統制ができず、不都合な情報が何時マスコミに流出するかもわからない。東京五輪の開催に影響しかねない悪いデータが出たらいつでも握りつぶせるように、自分の直属機関に管理させたと見るのは勘ぐり過ぎだろうか。

上のグラフによれば無症状感染者の数は公式の感染者とそれほど差はないが、仮に無症状感染者が公式感染者の五倍も十倍もあった場合には、この内閣官房のサイトはとっくに閉鎖されていたのかもしれない。

さて、まだ不審な点がある。マスメディアはモニタリング検査についてはこの日経の記事以外には全く報道していないようだが、政府によるもの以外にも東京都独自のモニタリング検査が存在していたらしいのである。肝心な情報を独自に調べて報道することもなく、政府発表を頭から信じて右往左往している既存メディアには本当にウンザリする。

先回の記事で触れたモニタリング検査はどうやら東京都が独自に行っている検査であり、その結果が都の行政検査の結果よりも十倍も高いということであった。その東京都によるモニタリング検査の6月末から9月上旬(第五波に相当)にかけてのデータと、上の内閣官房の東京都に限定しての同期間のデータを比較してみた。

 

図-7

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左のグラフが内閣官房のデータによるもの、右は日経の記事から転載した東京都による陽性率のグラフである。縦軸の縮尺は同一にそろえてある。

内閣官房のデータは全体としては東京都の検査結果よりも低く抑えられている。例えば、右のグラフでピークとなる8/16~8/22では、東京都による検査の陽性率の0.74%に対して内閣官房のそれは0.305%、8/30~9/5では東京都の0.64%に対して内閣官房では0.191%である。

内閣官房の値は東京都のそれの三分の一程度である。内閣官房が陽性率が低くなりそうな場所を特に指定して検査している可能性もあり得る。無症状感染者の数が公式発表の感染者数の数倍に達することは、どうやら間違いなさそうである。

さらに、これら内閣官房と東京都のモニタリング検査の対象者は、その大半が成人であったものと思われる。ワクチン接種率が低い十代の中高生や、そもそも接種の対象となっていない小学生を検査対象としなければ、今後の感染予測のためのデータとしては不十分だろう。

 

③ 日本人に特有の同調性

 日本の新規感染者数の推移のグラフは他の国に比べれば実に特徴的であり、第五波まできれいに周期的な振動を繰り返している。こんな国は他にはないだろう。筆者と同じく理科系の人間ならば、この振動の理由を知りたくなるに違いない。

定量的なことは言えないが、この理由の一つとして、日本人に特有の周囲の空気に対する強い同調性があるのではないだろうか。ニュースで「コロナ感染が拡大している」と聞けば、自分のわずかな体調の悪化もコロナのせいではないかと心配になる傾向が他の国よりも強いのだろう。

日本ではPCR検査は基本的に自己申告制であり、自分にコロナの症状がありそうだと感じた人が、自身で保健所や医療機関に電話して症状を詳しく説明しなければ無料検査を受けられない。彼や彼女の心理は、この検査を受けるまでの手間暇の面倒くささと、自分はコロナかもしれないという不安感との間を揺れ動くことになる。

近所で感染者が増えていると聞けば、不安はますます募る。その結果、感染がいったん広がり始めると、類は類を呼んで検査希望者が受付に殺到することになる。理科系の言葉で言えば、こういう現象を「正のフィードバック」と呼んでいる。

反対に感染が収束し始めると「もう大丈夫だろう」という空気が世間に流れ始め、やや体調が悪くても「単なる風邪だろう」と済ませてしまいがちになる。日本の検査体制は他国よりもかなり複雑なので、検査に行くのも面倒と感じてしまうことになる。

日本と対照的なのが英国や米国で、その新規感染者数の推移はなだらかで日本のような周期的な振動は全く見られない。彼らの「周りの空気を読まない(読もうとしない)」という国民性がこの違いを産んでいるのではなかろうか。それに加えて、その方針の是非はともかくとして、米英政府のコロナ対策は目的に対して合理的かつ一貫していてブレが無い。自から正確なデータを調べて、その結果を十分に検討して対策を立てることすらもろくにせずに、外部からの情報だけで国民同様に右往左往している日本政府とはまことに対照的なのである。

まあ、この同調性うんぬんに関しては数字で示すこともできないので、単なる筆者の憶測でしかないのですが。

 

さて、この記事の目的は、各国の感染の推移を見ながら、今後の日本に第六波が来るかどうか、来るとしたら何時頃になるかを予測することにあったのですが、途中が長くなり過ぎました。先に片付けねばならない仕事もできたので、ここでいったん休憩とします。この続きは、多分、数日中には追加でアップできると思います。

(続く)

/P太拝

鳥取市旧本庁舎の跡地活用について

先週の10/12の朝、友人から電話があり、「前市長の竹内功氏が参議院議員に繰り上げ当選の見込みだって!」とのこと。一瞬にして眠気が吹き飛んだ。その日の朝の地元紙にスクープ記事として載っていたそうだ。正式に公表されたのは、衆院選が公示された一昨日の10/19であった。

「自民・高階氏が参院議員失職 竹内氏が繰り上げへ【21衆院選】」

この電話を聞いて我が脳裏に一瞬に浮かんだフレーズが「必ず 最後に 悪は勝つ」であった。なんのことはない、かって流行っていたKANの「愛は勝つ」の歌詞の末尾のもじりである。

「KAN「愛は勝つ」歌詞」

それにしても、特に好きだったという記憶がないこの歌の歌詞を約30年たっても覚えていた我が記憶力もなかなかのものだ。というか、歌の持つ「無意識層へのすり込み能力」の恐ろしさとでもいうのか。

さて、その竹内氏の置き土産のひとつでもあった旧本庁舎跡地の活用の方向性がようやく決まりそうである。当「市民の会」では、この跡地活用の行方にずっと注目していたが、方向性が見えてきた段階となったので改めて会としての見解をまとめた。会の公式サイトのトップ記事として昨日掲載したのでご一読いただきたい。

「開かれた市政をつくる市民の会」

今回この見解をまとめるにあたって、今一度、鳥取市中心市街地の人口推移を詳しく調べてみた。その結果、この中心市街地の北半分では、最近十数年間に人口の急速な減少が発生していることが判明した。鳥取市の中心部に新たに過疎地域が誕生してしまったのである。それとは対照的に、新本庁舎が移転した鳥取駅周辺では人口集中が続いている。これも竹内氏の置き土産のひとつなのだろう。

詳しい内容については上の公式サイトを参照されたい。

竹内氏が繰り上げ当選したとは言え、その任期は来年7月までのわずか9か月弱でしかない。コロナ禍もあり、新たなハコモノを建てるような財源は、国にも地方にもどこにも無いだろうが、同氏がこの短い任期中に再び大活躍されて鳥取市に新たな置き土産をもたらさないように、切に祈りたいものである。

/P太拝

コロナ敗戦の原因(5)-第六波はいつ来る?-

日本国内の新型コロナのいわゆる第五波は一応収束しましたが、専門家の間ではこれから冬にかけて次の第六波への備えが必要との意見が多いようです。一方、ワクチン接種が日本以上進んでいるシンガポールイスラエルでは、最近、感染者の急増が報じられるようになってきました。

以下、他の国の状況を踏まえながら、国内のコロナ感染の今後の推移を予想してみたいと思います。

(1)ワクチン接種が進んだ国の感染状況

最近の各国の状況としては、一回以上接種した国民の比率が未だ50%に満たなくても感染が収束しつつある国(インドやインドネシアなど)が出てきたが、これは国内での感染が蔓延した結果、既に大多数の国民が免疫を獲得したためと推測する。一方で、当初は厳格な規制で感染者数を抑えて「コロナ対策の優等生」と呼ばれていたものの、ワクチンの入手量が不十分なために最近では感染者の増加が抑えきれなくなって国内経済が混乱しているベトナムのような国もある。

このようにワクチン接種の現状は国によって大きな差があるが、今回は日本の将来の感染状況を予測するためにも、日本と同程度またはそれ以上に接種が進んだ国に限定して比較してみたい。

なお、以下で紹介するデータは、従来と同様に「Our World in Data」からの引用である。

下の図-1に日本、韓国、マレーシア、シンガポールイスラエル、英国、米国の七カ国の今年4/1以降のワクチン接種率の推移を示す。(図のクリックで図が拡大、以下同じ)

図-1

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縦軸は100人当り何回接種を既に受けたかを示すものであり、一人の国民が必ず二回接種を受けると仮定すると、100回受けた時点で国民の50%が接種済ということになる。あるいは全国民が一回目の接種を終えて二回目に入る時点ということになる。国別の接種進展度の差を見るために、暫定的に各国別にこの100回に達した時点を指標とみなして比較することとした。

イスラエルは、今年の4/1時点で既に120回弱となっている。シンガポールアジア諸国の中では飛び抜けて接種の進展が早い。米国と英国は自国でワクチンを生産していることもあって早くから接種が進んでいたが、今年の初夏以降は接種率があまり伸びていない。特に米国では、共和党が政治的に強い州では接種率が低い傾向があるというのは報道で良く知られている通りである。

日本、韓国、マレーシアは三国とも似たようなグラフとなっており、アジア諸国の中ではかなり接種が進んでいる側に位置している。

次に各国の死亡率の推移を図-2に示す。これは百万人当りの(コロナでの死亡者数)/日の推移を示すものである。

図-2

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報道では各国の(コロナ感染者数)/日が比較されることが多いが、後で示すように各国の検査範囲には大きな差があるので、単純に政府の感染者公表値を比較しても感染実態の比較にはならない。医療水準がある程度整っていて死因判定に比較的信頼がおける国であれば、コロナ死亡者数に着目した方がよほど感染実態を示しているものと考えたい。
この図に見るように、日本では9月上旬に死亡者数の第五波のピークを迎え、以後は減少している。イスラエルは8月上旬、シンガポールは9月下旬に死亡者数が急上昇している。
マレーシアはワクチン接種率が比較的高いにも関わらず死亡者数が一貫して増加傾向にある。このことでマレーシア国内で政治的な混乱が生じているとの報道が最近あった。同国は接種開始当初は主に中国製のワクチンを使っており、これがデルタ株に対して有効性が低かったことが影響している可能性があるのではないかと筆者は思っていた。しかし、最近マレーシア政府が公表したデータでは、欧米製ワクチンよりは若干劣るものの重症化を防ぐ効果は十分にあるとしている。
「中国シノバックの新型コロナワクチン、重症化予防に効果」

この記事の内容が政治力学から独立している真実のものならば(マレーシア政府はカンボジアラオスほど中国にベッタリではないが、反中国の立場は極力避けようとする傾向は強い)、なぜマレーシアの死亡率は日本、韓国、シンガポールに比べてかくも高いのだろうか?まだ、その原因がよく判らないのである。

英国では、おそらく従来株からデルタ株への主役交代の影響なのだろうが、春以降は漸増傾向にある。米国でも七月を底として最近は徐々に増えている。

アジア諸国に比べて欧米での感染者や死亡者が一貫して多い傾向があるのは、文化的な背景の影響もあるように思う。欧米では、特に男性は自分の「マッチョ性」を誇示したがる傾向があるようで、ウィルスを恐れてマスクをするのは「おのれの弱さを見せる行為」として忌避される傾向が強いらしい。後で示すが、「マスクをするか、しないか」が新型コロナに感染しないためには決定的に重要であるらしい。

大谷選手のプレーが見たくて、今年はヒマさえあれば米MLB中継をよく見ていたのだが、テキサス州などの米国南部ではマスクを着けている観客をめったに見なかった。エンゼルスのおひざ元のカリフォルニア(政治的には民主党の牙城)ではマスクをつけている観客もチラホラいたように記憶している。マッチョ志向性、共和党支持率。さらにマスク非装着率の間には強い相関があるらしい。
(この新型コロナウィルスの攻撃によって、共和党員は生物進化における自然淘汰の主対象となりつつあるように見える。「状況変化に応じて自ら柔軟に変われるものだけが生き残る」というのがダーウィンの教えなのである。もっとも、共和党支持者の主構成員であるキリスト教原理主義者はダーウィン進化論を元から信じていないのだから、こんなことをいくら言っても無駄なのだが・・。)

イスラエルでも、政府自らマスク解除令を出したりひっこめたりしていることから見ても、中近東でも欧米と同様のマッチョ志向があるらしい。いくら筋肉隆々としていてもコロナウィルスに対して強いことにはならないのは、世界中のあらゆる種類のスポーツ選手が多数感染していることで既に証明済みだ。我々東アジア人は、マスクをつけることについては、たいして抵抗はないのである。将来生き残る人類は東アジア人が主体になるのかもしれない。

続いて、各国の百万人当たりの(新規感染者)/日の推移を図-3に示す。

図-3

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この図は死亡率の推移を示す図-2を少し左側にずらした格好となっている(感染率のピークは死亡率のピークの数十日前にある)。ただし、この図の縦軸は必ずしも感染の実態を反映していない。その理由は各国ごとにコロナ感染の検査範囲と検査数が大きく異なるからである。各国の検査数の推移を図-4に示す。

図-4

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図-3を見る限りでは、10/3時点での日本の新規感染者数は韓国の約4分の1、その他の5カ国の30分の1以下であるように見える。しかし図-4を見ると、韓国は別として、9月末時点での日本の検査数は米国の約6分の1、その他三カ国の約20分の1でしかない(マレーシアは、政治的な理由によるのか、8月下旬以降は検査数が公表されていない)。

検査数が他国に比べて極端に少ないのだから、日本政府が公式発表する感染者数も各国に比べて著しく低いのは全く当然の結果なのである。各国と同程度の検査数であったなら、日本もほぼ他国並みの新規感染者数を示していたことだろう。ただし、最近の感染者数の全国一斉の急減傾向は本物だろう。これは各都道府県の検査手法がこの間に変えられていないだろうから言えることである。

日本では、現時点での公的な検査対象はコロナ特有の症状を訴えた当事者とその濃厚接触者とに限定されている。個人が民間の検査機関に自費で検査依頼するケースもかなりあるが(公的検査よりも若干検査数は少ないらしい)、その検査数は政府が公式発表する検査数にはほとんど含まれていないようだ。

民間検査で陽性が出た場合には当然感染者としてカウントしているはずだが、筆者が調べた限りでは、そのことすらも政府の公式発表の中では詳しくは説明されていない。要するに、日本政府は、検査数を増やすことに対して極めて消極的な姿勢に終始してきたのである。
岸田新総裁は総裁選の前か後かの公約で「PCR検査数をもっと増やす」と約束したらしいが、その実施が衆院選後の11月以降になることは明らかだろう。選挙前に感染者数の増加を公表するのは、政権党にとっては自滅行為でしかないからである。大方の予想に反して衆院選の投開票日を10/31に前倒ししたのも、コロナの感染者数が再び増えないうちに選挙を終えてしまいたかったからだろう。

なんだか、攻撃してくる相手の実態をわざと正確に把握しようとせずに、自分に都合のいい数字だけを発表し続けているようにも見える。1945年以前の大日本帝国大本営発表の現代的再現と言うべきか。日本人の、いや少なくとも日本政府の精神的DNAに関しては、76年前からたいして変わってはいない。

マレーシアを除くアジア三カ国を比較するための資料として、次の図-5も載せておこう。これは上の図-4までとは異なり、感染初期の2020年1月から現在までの日本、韓国、シンガポールの百万人当たりの一日での死亡者数を示したものである。

図-5

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OECDによる2020年の一人当り名目GDP(名目金額を購買力平価で調整済)が世界2位に位置するシンガポールは、ごく最近まではコロナ死亡者数はほぼゼロであった。

OECDによる一人当りGDPが世界24位であり、そのドル換算金額がシンガポールの42%でしかない日本は、コロナ死亡率ではシンガポールにはもちろんのこと、同GDPランクで世界23位に位置する韓国にさえも大差をつけられてしまっている。

韓国は日本と同様に検査数は少ないものの、図-5を見れば、百万人当たりの死者数では日本との間には大きな差があることは明らかだ。これは韓国独自のスマホによる濃厚接触者特定方式において接触度の順位付けがうまくできているのか、それとも重症者向けの医療体制の充実度が日本よりも優れているのか、どちらかか、或いは両方なのかもしれない。韓国のやっていることで学ぶべきことがあれば、先入観なく素直に学ぶべきだろう。
なお、この図-5に見るように、日本の第五波では第四波よりもビーク時の死者数が明らかに減っている(約二分の一)。一方で図-3に見るように、感染者数では第四波よりも第五波のビークの方がはるかに多い(約四倍)。4/12に開始された高齢者に対するワクチン接種の進展がこの死亡率の低減に大きく寄与したことは明白だろう。最近増えていると聞くワクチン接種反対論者は、この事実に対してどう反論するつもりなのだろうか?

(余計な話かもしれないが、数日前、フジサンケイグループが、ネット上に「韓国のコロナ感染者数は横ばいだが、日本の感染者数は最近こんなに減ったぞ!ザマー見ろ、韓国!」的な記事を載せていた。上の図-4、さらに図-5を見ていただければ、この記事の内容が全体の一部分を切り取って見せているだけの、感情的、かつ客観性を欠いた恥ずかしいものでしかないことは明白だろう。
筆者個人としては、別に韓国は好きでも嫌いでもない。(ただし、仁川空港でインチキタクシーにボッタクラれた時には、ムチャクチャ腹が立った記憶がある。)仕事で韓国企業と付き合っていた頃、彼らの自己主張の強さには正直言って辟易もした。しかし、他の国とも比べてみれば、日本人よりも彼らの行動の方が世界標準により近いのだろう。

我々日本人は自己主張をし無さ過ぎると思う。我々は公式の場では自己主張をしないでおいて、後でグチグチと内輪で慰めあって自分の不満を解消しようとする。まことに後ろ向きな姿勢でしかない。我々は、例えば韓国人と上手に付き合うことで、世界標準に対する免疫をつけておく必要があるだろう。特定国や特定民族、特定個人への嫌悪感をことさらあおることでしかメシを食えないような、陰湿で内向きなメディアの将来は暗い。)

(2)第六波はいつ来るのか?

上に示した図-1,2,3から読み取った各国の各種指標を下の表-1に示す。

表-1

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ワクチン接種の進展度合いとしては100人当たりの接種回数が100回に達した日付を採用。今年六月以降のデルタ株の蔓延で感染拡大が一段階さらに進んだが、その感染進展の指標として、現時点に直近の死亡数と感染者数とが谷底となった日付を採用した。この日付以降はデルタ株が主になったと考えられる。

英国、米国、マレーシアのように死者と感染者数がダラダラと比較的平坦に続いている場合には、どこが谷底なのかが特定し難い。一方、イスラエルシンガポール、韓国、日本のように増減がはっきりしている場合には谷底の時点は明確である。

この表の四列目「②-①」と五列目「③-①」は、ワクチン接種がデルタ株の蔓延拡大に間に合ったかどうかを示すものである。ここがプラスの場合にはデルタ株の拡大以前にワクチン接種を終えていると言ってよく、イスラエルシンガポールがこれに相当する。英国、米国は接種の進展がデルタ株の拡大開始とほぼ同時期。マレーシア、韓国、日本のアジア三カ国はこの指標が大きくマイナスとなり、接種がデルタ株の感染拡大に追い付いていなかったことを示している。

六列目の「②-③」は感染者拡大と死亡者拡大の時期のずれを示すもので、谷間がはっきりしているイスラエルシンガポール、韓国、日本のデータから、感染確認と死亡との間には約一か月のズレがあると言ってよいだろう。

さて、日本の今後の感染の程度を予想するうえで参考になるのは、接種がほぼ終わった時点でデルタ株の感染拡大を迎えたイスラエルシンガポールである。ただし、イスラエルの場合には、接種の進展とデルタ株来襲の間が空きすぎていて、この間に接種でできた体内抗体が相当減少してしまっているらしい。

イスラエルの状況については次の二つの記事が参考になるだろう。なお最近報道されているように、イスラエルでは三回目の追加接種を既に開始しており、その結果、九月中旬をピークに感染者は減少しつつある(図-3)。

 

「屋内マスクを再び義務化 イスラエル、変異株で方針急変」

「ブレイクスルー感染、日本はイスラエルの二の舞になるのか?」

特に昨日公開された後者の記事が参考になる。この記事の内容を以下に要約する。

特に重要と思ったのは、一般人と医療従事者の間にはブレイクスルー感染率で一桁の差があるという所だ。医療従事者のように感染機会を減らすように気をつけてさえいれば、ブレイクスルー感染はそれほど恐れるべきものではないのだろう。

イスラエルではワクチン接種の進展で新規感染者がほぼゼロになり、6/1に社会的規制を全て撤廃。しかし、六月末からデルタ株による感染爆発が発生。


・ワクチン接種を完全に終えた人が感染するブレイクスル―感染が8月に入って激増。ただし、接種完了した人で見ると、8月上旬の一週間にブレイクスルー感染が発生した割合は接種完了者の1%程度であり、残りの約99%は感染していない。(この部分のデータの説明とこの記事を書いた宮坂氏の説明には不十分な点があり、この部分の説明がはたして適切なのかどうか筆者には疑問が残る。)


・ブレークスルー感染しても、重症化する割合はワクチン未接種者に比べれば非常に低い。
・オランダと米国からの報告によれば、医療従事者でのブレイクスルー感染者の割合は1%以下と非常に低い。一般人でもブレイクスルー感染者の割合は数%程度。


・結論としては、ブレークスルー感染の発生を完全に避けることはできないが、ワクチン接種を完了していれば重症化と死亡率を大幅に引き下げられることは確実である。政府は社会的規制を一気に撤廃するのではなく、段階的に解除していくことが望ましい。

 

次にシンガポールの感染拡大状況を見ておこう。


「「ワクチン先進国」シンガポールで、いま本当に起きている「すごすぎる現実」」
9/21に公表されたコンサルタント会社経営者によるこの記事は、まだシンガポール国内の感染急拡大が広く認識される前に書かれたもののようで、シンガポールの先進性・優位性ばかりが強調されている。この記事は前半であり、記事の最後のページから後半の記事に入ることができるが、後半でもシンガポールの礼賛と、日本や周辺アジア諸国の対策立ち遅れへの指摘が目立つ。

シンガポール政権交代を経験したことがない準独裁国なので、政府の意志決定が早いのだろう。筆者は独裁国家に住みたいとは全然思わないが、参考にはなる。

「接種8割も感染急増 それでも「ウィズ・コロナ」を行くシンガポール」
この記事は10/5公開なので、直近の感染急拡大を正面から取り上げている。図-4に示すように現時点でのシンガポールの検査数は日本のそれの21倍もあるが、このレベルは今年五月からほとんど変わっていないので、単に検査回数が増えたから感染者も増えたという問題ではない。

同国政府は「ウィズコロナ」を目標に徐々に規制を緩和してきているようだが、何をいつの時点で緩和したのかはまだよく判らない。感染者が増加に転じた8/22の前の一、二週間での変化を調べる必要がある。


いずれにしても、一般的にはシンガポールは日本よりさらに規制の厳しい国であり、日本人から見れば国民の大半が富裕層、かつ既にワクチン接種済。皆がマスクをつけて消毒にも気を配っているのだろう。その国でこのように感染の急拡大が起こっているという事実は、同国よりも規制がゆるめである日本にとっても他人ごとではない。


シンガポールの直近の感染者再拡大は表-1に示すように8/22以降であり、この日はワクチン接種が100人あたり100回に到達した7/6からは47日目にあたる。

日本が同様の接種率に到達したのは8/29であり、シンガポールと同じ47日間の感染減少期間を経てから再拡大に転じるとすれば、その転換日は10/15、即ち来週末あたりということになる。これから約一、二週間の感染数の推移に要注目である。

 

(3)東京はシンガポールと同様にこれから感染再拡大?

 次の記事は国内の潜在感染者数の推定に関するもの。実際には公式感染者数の何倍もの感染者が街中を自由に歩き回っているという衝撃的なデータである。
「「隠れ陽性」市中で増加 ワクチン2回接種後に感染も」

この記事は先月の9/16時点のものだ。その後の推移を知りたいと思い「モニタリング検査」で検索を続けているのだが、一向に検査結果が見つからないのである。こんなに重要なデータをなぜ隠すのだろうか?政治的思惑が働いているのではないか。

これも各自治体、医療関係者、マスメディアによる政府への忖度の一例なのかもしれない。あるいは政府首脳自身が、「科学的なデータ収集などは二の次だ。選挙目当てのその場しのぎのパフォーマンス(アベノマスク等々)の方がもっと大事。」と思っているのかもしれない。実に情けない。

新型コロナ感染に関連の基礎的科学データに対する日本政府の軽視は、この件だけにはとどまらない。感染が拡大してから既に一年半も経つが、日本人が国内でまとめた感染に関する基礎的なデータを見たことが無い。

上のイスラエル関連の記事でも、もっぱら外国の研究者がまとめたデータをそのまま紹介することしかできない。GOTOトラベルに使った税金の百分の一でもこの分野の研究者に回していたのなら、今頃はずいぶんとまともな対コロナ戦略が完成していたのではないだろうか。

このような科学的事実の無視がまかり通るような環境では、ノーベル賞を受けるような優秀な科学者ほど率先して日本を出てしまうのも当たり前の話なのである。

「真鍋淑郎氏が「日本に戻りたくない」理由 受賞後の言葉に「切実」「どう受け止めればよいのか」」

ちなみに、日本出身で受賞時に外国籍を取得済であったノーベル賞受賞者は今回の真鍋淑郎氏で四人目である。今後、ますます増えていくだろう。

「日本人のノーベル賞受賞者」

真鍋氏は1997年から一時的に帰国、当時の科学技術庁が所管するプロジェクトの研究リーダーに就任したものの、日本の官庁の縦割り行政の弊害とその深刻さにあきれて早々に米国に帰ったそうである。

 

さて、東京都の感染者は現在は急減したが、現時点のシンガポールのように再び増加する可能性はあるのだろうか。ワクチン未接種、かつ未だに感染しておらずコロナに対する抗体を持っていない人がどれだけいるかがその答えになる。簡単な計算で東京都とシンガポールの抗体未獲得者の割合を推定してみた。結果を次の表-2に示す。東京都のデータは都の公式サイト「ワクチン接種実績」等から引用した。

表-2

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この計算の前提として以下の仮定を置いた。


・全人口から、接種による抗体獲得者と、感染による抗体獲得者(潜在感染者を含む)を差し引いて抗体未獲得者を算出した。


・東京とシンガポールでは、共に接種または感染による抗体獲得は最近数か月のことであり、体内の抗体の減少はまだわずかとみなしてブレイクスルー感染の可能性は無視した。
・公式認定感染者と潜在的感染者の合計は公式認定感染者累計の三倍と仮定した。上の「隠れ陽性」の記事では十倍との数字が出ているが、これは繁華街等で活発に活動している人が検査対象であり、都全体としてはもっと低い値を仮定した。なお、この三という値には特に根拠がある訳ではない。あくまで計算を進めるための仮の値である。

なお、検査数が断然多いシンガポールでは潜在的感染者はごく少ないと考えられるので、シンガポールについては一倍に近い掛け率でもよかったのかもしれない。その場合には東京との「抗体未獲得率」の差は縮まるが、東京の方が大きいことには変わりはない。

(何度も繰り返すが、今後の感染予測を大きく左右するこれほど重要な指標でさえも、中途半端な調査で正体不明なままに放置し続けているのだから、日本がどんどんダメになっていくのは当たり前の話なのである。)

・比較時期としては、シンガポールはデルタ株による感染拡大が始まった8/22、東京は現時点とした。

 

一番右側の列「抗体未獲得率」が以上の仮定のもとで得られた結論である。東京では現時点で三割の人がまだ抗体未獲得との推定である。

シンガポールでは抗体未獲得者が二割まで減少した時点で感染再拡大が始まり、現時点では図-2と図-3に示したように、死者は東京の3倍、感染者は東京の34倍に急増している。東京がシンガポールのように感染再拡大する可能性はまだ十分にあると言ってよいだろう。

今後、まだ未接種者が多い若年層への接種を進めるのは当然だが、現在はワクチン接種の対象となってはいない12才未満の子供たちの陽性率も十分に調べておくべきだ。

数か月後には既にワクチン接種済の高齢者の抗体減少度が大きくなるので、ブレイクスルー感染が増加することはほぼ確実である。追加ワクチンの手配は十分にできているのだろうか?

表面的には無症状の未接種の若者と子供とが、今後のコロナウィルスの主要な供給源になることもまず間違いないだろう。キューバでは、二歳以上の全ての子供にワクチン接種することを既に決めたそうである。

「2歳以上の子どもにワクチン接種へ キューバに世界初の決断をさせたデルタ株の恐怖」

/P太拝

 

人口急減が止まらない鳥取市

一昨日の夜は中秋の名月。昼間晴れて期待していたのに、夜には厚い雲に邪魔されてお月様を拝めず残念。昨夜は快晴でようやく拝めましたが、まん丸ではなくて若干面長に見えたお月様でした。

さて、最近、鳥取ネタをまた一つ見つけました。今回は漫画、下の図をクリックすると拡大します(以下の図、表も同様)。f:id:tottoriponta:20210923095834j:plain

鳥取から砂丘を取ったら何も残らない」という所で笑うのは鳥取市民としては自虐の香りブンブンですが、別のページでは青森も相当オチョクラレているので、その点については公平かも。

この「世界の終わりに柴犬と」という漫画、犬好きの人(筆者もその一人)にお勧めです。出て来る人物、じゃなかったモノすべてが、荒唐無稽でシュール、かつアナーキー。「天才バカボン」を書いていた頃の赤塚不二夫や、漫才の「コント山口君と竹田君」と共通するものを感じます。第一話の冒頭で「シュレディンガーの猫」の話が出たのを見て、思わずのけぞってしまった。

筆者は現在二巻目まで持っているが、近いうちに三巻目を買うのは多分確実。次のサイトからその一部を無料で読むことが出来ます。

「世界の終わりに柴犬と 第37話」

さて、本日の本題は鳥取市の人口急減問題。このままでは、本当に「鳥取から砂丘を取ったら何も残らなく」なりかねないのです。

 

(1)人口推移の近隣都市との比較

中国地方の、主として山陰側に位置する人口14~20万人の五つの都市の人口推移を下の図-1に示す。これらの都市は互いにある程度孤立しており、同時に周辺地域の中心的な存在となっている。人口が大体同じレベルの都市を選んだのは、一般的に人口規模が小さい自治体ほど人口減少率が高い傾向があるためだ。

 

図-1 鳥取市と近隣各都市との人口推移の比較

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五年ごとの国勢調査年の10月1日時点での人口を、2005年の国勢調査の結果を100としてそれに対する比率で示した。図に示したいずれの都市においても、2000年あるいは2005年が人口のピークでそれ以降は減少に転じている。日本全体の人口も、2010年の1280.6万人をピークに減少に転じている。なお、国勢調査はふだん日本に居住している全ての人を対象としており、三か月以上日本国内に居住する外国人もこの調査結果の中に含まれている。

さて、この五つの都市の中では、明らかに鳥取市の人口減少率が最悪である。ピーク時の2005年の20万1740人から、2020年の18万8614人へと、この15年間に1万3126人、6.51%も減少している。各都市と日本全国の2020年時点での人口、及び2005年からの人口減少率を以下の表-1に示しておこう。

なお、鳥取市の住民登録人口(国勢調査の対象とは異なる)は、先月の2021年8月末時点で18万4,943人となっている。鳥取市の住民登録人口は、過去五年間では、約1000~約1500人/年の速度で減少を続けている。このままのペースでいけば、約五年後には17万人台にまで落ち込むことはほぼ確実だろう。

 

 表-1各都市の現在の人口

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五つの都市の中で人口減少率が二番目に大きいのは松江市だが、その減少率は鳥取市の約半分にとどまっている。

米子市出雲市は、ほぼ横ばいか微減。出雲市は電子部品等の製造業の割合が高く、たびたび報道されているように市内の工場で働く外国人労働者の比率は大都市並みに高い。米子市では、市を代表するような大企業は乏しいものの、商業・流通業が数多く集積している。

観光業のイメージが強い山口市が意外に健闘しているが、これはユニクロの運営会社である世界的大企業のファーストリテイリングの本社が山口市内にあることと関係がありそうだ。山口市の産業構造を調べてみると、繊維関係の製造・流通業の構成割合が他都市に比べて著しく高いのである。

 

(2)鳥取県内各自治体の市町村住民税の推移の比較

上に述べたような鳥取市の急激な人口減少の根本原因が近年の市経済の不振にあることは確実だろう。人間は経済的動物であり、より良い仕事、より高い賃金、より豊かな生活を求めて、世界中の無数の人々が県境や国境を越えて絶えず移動し続けていることは、日々のニュースに見るとおりなのである。
住民個々の収入の推移については、各自治体が徴収する住民税の総額から推定できるだろう。個人住民税は県民税と市町村民税からなり、各個人の控除後の申告所得金額に対して、その4%が県民税、6%が居住する自治体への市町村住民税として徴収される。この税率は国が定めた標準税額であり、名古屋市等の少数の例外を除いて国内の大半の自治体が同じ税率である。従って各自治体の個人市町村民税総額の推移を見れば、その自治体の住民が豊かになって経済的に発展しているのか、或いは住民が貧乏になり経済が衰退しているのかを判定することができるはずだ。
「住民税」

さて、今年の7/2の日経新聞に次の記事が掲載された。
「中四国の個人住民税、「島留学」島根・知夫村が伸びる」

この記事によると、2009年を100とした時の個人住民税総額の伸びの中国地方ランキングは以下のようになる。

一位 岡山市

二位 島根県知夫村隠岐諸島

三位 広島市

四位 鳥取県日吉津村

五位 高知県大川村(四国山脈中の愛媛との県境の村)

六位 島根県海士町隠岐諸島

人口数百名の離島や山間部に位置する村が岡山市広島市という大都市に肩を並べてランキングの上位に入っているのが注目される。この記事の中の「ふるさとクリック 地図で見る個人住民税」という所をクリックすると、日本地図が現れて自分の街の住民税の推移を見ることができる。

まず中国地方を主とする西日本の地図を下の図-2に示す。個人住民税総額の伸びが著しく高いのは、そのほとんどが名古屋、大阪、堺、京都、岡山、広島、北九州、福岡など人口70万人以上の大都市(政令指定都市)に限定されている。

これは国の指示によリ2018年度に県から政令指定都市へと個人住民税の財源の一部が移譲され、個人住民税の配分がそれまでの市6%+県4%から、市8%+県2%へと変えられたことの影響である。人口70万人以下の市では従来と同じく市6%である。

政令指定都市以外にもボツボツと伸びが大きい小規模自治体が散見されるが、こういう自治体こそが真に伸びている自治体であると言ってよいだろう。

 

図-2 西日本の各自治体の個人住民税総額の伸び

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次に、図-1と表-1で人口推移を比較した鳥取市を含む五つの市について、2009年から2019年までの住民税の推移を下の図-3に示す。我が鳥取市は10年間でわずか1.32%しか増えていない。要するに、鳥取市でずっと働いていても、なかなか給料が上がらないのである。これでは人口流出が止まらないのも当然だろう。

 

図-3 鳥取市と近隣都市との個人住民税総額の伸びの比較

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さらに鳥取県内の全ての自治体、さらに県外の注目される自治体について、この日経のサイトで得たデータをまとめた表-2を下に示す。ここで注意しなければならないのは、各自治体間で人口増減に大きな差があることである。

個々の住民が納める住民税が毎年変わらなくても、人口が増え続ける自治体では個人住民税の総額は当然増加する。反対に、個々人が納める住民税が毎年増えていても、全体の人口が減っている自治体では住民税総額は減少しかねない。各自治体の経済の発展程度を個人レベルで比較するためには、住民一人当たりの個人住民税の推移を見る必要がある。

 

表-2 鳥取県内各自治体、及び県外自治体の個人住民税の伸びの比較

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2009年と2019年の各自治体の登録人口を入手するのは容易ではないので、ここでは2010年と2020年の国勢調査の結果を載せた(2020年の値は確定値ではなく速報値)。一年のずれはあるが大体の傾向は変わらないだろう。

表-2に見るように、山間部の若桜町や日野郡の三町では、この十年間で人口が20%以上も減少している。小さな自治体ほど人口減少が激しい傾向にあることが判る。

さて、住民一人当たりの個人住民税の指標として、(2009年の個人住民税総額)/(2010年の人口)と、(2019年の個人住民税総額)/(2020年の人口)とを比較した。前者を100とした時の後者の増加分を下の表-2の第三列目に「一人当たりの個人住民税伸び率」として表示した。

鳥取県内の各自治体についてこの指標を比較すると、何と(!)、鳥取市が県内で最下位であった。対照的に、山間部に位置する日南町、江府町、若桜町は急速な人口減少にめげずに大いに健闘している。
表-2では各項目の指標が高い方から順にベストスリーを赤字で示している。地理的に恵まれた位置にある日吉津村や湯梨浜町が好成績なのは当然として、八頭町、琴浦町北栄町、大山町、日野町もかなり健闘している。

また、この表の第四列目には2019年時点での「住民一人当たりの個人住民税金額」を示す。この計算では、上と同様に各自治体人口として2020年の国勢調査の速報値を使用した。言うまでもなく、この数値が大きいほど個人所得も大きくなる。鳥取市は、この十年の間に境港市にも抜かれて平均個人所得で県内第四位へと転落した。他県近隣都市と比較しても、鳥取市よりもこの金額が低いのは兵庫県豊岡市だけである。

県内全体をみれば、この「一人当たり個人住民税」にしても、「個人住民税総額」にしても、東部の自治体が総じて振るわない傾向がある。地域の中核であるべき鳥取市の経済的不振が、東部地域全体の足を引っ張っているように見える。

表の末尾の県外自治体の「一人当りの住民税伸び率」を見れば、山口市が意外に不振なのを除いて、他の自治体は総じて好成績である。「人口減少に負けない元気な村」として各種の記事によく取り上げられているような小さな自治体では、やはりこの指標が非常に高いことがよく判る。人口減少率も離島や山間地という不利な位置の割には小さい。

なお、智頭町に隣接する岡山県西粟倉村は、近年は林業による村おこしが盛んで全国的に有名になっている。都会からの移住者も増えているようだ。

鳥取県の日南町もこれら「元気な町や村」の仲間に加えてよいだろう。当ブログでも以前に紹介したことがあるが、2018年に惜しくも急逝された増原前町長が強いリーダーシップを発揮、都会から若者を呼びよせる街づくりを積極的に行ってきた。人口減少という大波の中で独自の政策で頑張っている自治体の共通点とは、多くの住民が一致して認める優れたリーダーの存在なのである。

 

(3)鳥取市の経済不振の原因

以下、なぜ今の鳥取市が経済不振におちいって人口流出が止まらないのか、その原因を筆者なりに考えてみた。詳しく書くと非常に長くなるので、以下、簡単に箇条書きにする。個々の具体的な点については、当「市民の会」の公式サイトや当ブログの過去の記事を参照していただきたい。

① 「ハコモノづくり」偏重の市政


 1970年代の日本の高度成長末期の「列島改造論」以来、国も地方も景気刺激策と称して、何かと理由を見つけては道路や公共施設を次々に建設してきた。2000年代に入って「平成の大合併」後には、各自治体が過剰なハコモノやインフラを抱えていることが明白になり、新規の建設どころか既存施設の廃止が主要課題となった。しかし、我が鳥取市は最近になるまで相変わらずハコモノづくりに執着し続けてきた。いくつかの実例を挙げれば、次のようになる。

・元々きれいな千代川の水をわざわざフィルターを通して市民に飲ませるために、数百億円をかけて建設した巨大浄水場。急速な人口減少の結果、今ではその処理能力が大幅に余っている。過去の巨額設備投資を回収するために、2018年に市は水道料金の大幅値上げを強行した。


・2012年の住民投票で市民に支持された「耐震改修案」を後でひっくり返して、駅南に百億円をかけた新市庁舎を建設。おそらく耐震性には問題がないであろう旧庁舎を、わざわざ数億円をかけて現在解体中だが、市はその跡地を活用するプランを未だに何も準備していない。


・南吉方の鳥取三洋跡地を市と県が買い取り、数億円の税金をかけて建物と設備とを岡山の製菓企業に提供。それで市内の雇用はどれだけ増えたのだろうか?深澤市長には説明する責任がある。誘致企業に税金と人材とをむしり取られて嘆いている地元企業は多いと聞く。


・約10億円をかけて2013年に完成した駅前の屋根開閉式広場「バードハット」(別名、ダラズハット)。いったい何のために建てたのか?百パーセントの市民が理解不能である。テレビの「ナニコレ珍百景」への登録資格だけは十分にありそうだ。まさに、「ハコモノ建設に執着し続けてきた鳥取市政」を象徴する記念碑に他ならない。

 

② 過去の巨額インフラ投資の経済効果は?


 上に見るように、何かと理由を見つけてはハコモノを作り続けてきた鳥取市。合理性を欠いた過剰な投資が続いた結果、現在、その負債が市民の肩にのしかかっている。過剰な浄水設備、まだ使える市庁舎を放り出し巨費を投じて新築した市本庁舎、嘲笑の対象でしかないバードハット等々、それ自身では一円も生まないどころか、維持経費が余計にかかる施設ばかりだ。
ハコモノの建設費の大半は合併特例債等の国からの補助金で賄うから大丈夫と市は説明し続けてきた。しかし、平成の大合併時の合併特例債を利用してハコモノを市内のあちこちに建設した結果、維持経費がかさんで市財政が悪化、夕張市のような財政再建団体に転落しかかった丹波篠山市の例もある。巨大浄水場建設にみるような不合理な市政を続けてきたために、本来は必要ではなかったはずの余計な支出が市民に強制され続けている。市民が消費に回せるカネがその分減った分だけ、市内の経済はより一層の停滞が続いているのである。
さらに、合併特例債等の国からの補助金も、元々は日本国民が国に納めた税金がその財源なのである。ただでさえ乏しい国の貴重な財源を無意味なハコモノづくりに浪費し続けてきた鳥取市は、日本全体からみれば、単なるお荷物どころか、前に進もうとする国の脚を引っ張る邪魔者でしかない。

鳥取駅前のバードハットや、住民投票結果を日本で初めて市長と市議会がひっくり返して建設した駅南の新市庁舎の無意味さと、自分たちの納めた税金が無駄に使われたことにあきれた観光客は、鳥取市に対してどういう印象を持つのだろうか?

 

③ 「ハコモノ偏重」=政治家の選挙対策

どんなに小さな自治体にも、道路や橋のインフラ設備、役場や公民館などの公共建物、民間住宅なとが存在する。これらの建設や維持管理のための土木建設業者が町内に全く存在しないという自治体は日本のどこにもないだろう。過疎地域では、土木建設業が町や村の主要産業となっている自治体も多い。自治体側から見ても、公共事業による土木建設工事は主要な支出のうちの一つである。役所と特定業者との癒着が発生しない場合でも、業者側が各種選挙の際に「公共事業への投資増加」を公約に掲げる候補を応援したがるのは明らかだ。これほど行政と癒着しやすい業界は他にはないだろう。

竹内功鳥取市長は旧建設省(現国土交通省)出身である。東大法学部を卒業して1974年に建設省に入省した。当時の首相は、インフラ投資と国土開発を強力に推進して1972年には「日本列島改造論」を公表、全国の土木建設業界からの強力な支持を背景として、学歴は高等小学校-専門学校卒ながら政界のトップにまで登りつめた田中角栄氏であった。田中氏ほどの成功例ではないとしても、公共事業乱発によって支持を拡げて政界の権力階段を登り詰めていく政治家は、当時は数えきれないほどにいたことだろう。竹内氏も、建設官僚としてのキャリアを通じて、政界での上昇手法や関係法の網の目をくぐる手口を十分に学んできたであろうことは想像に難くない。

2002年に前任の西尾市長が始めた巨大浄水場建設計画の凍結を公約として初当選してからの竹内市政は、いったん休眠させた浄水場建設を再び復活させ、2012年の住民投票で否決された新市庁舎建設を開票翌日には断念すると言っておきながら再び計画を復活させて建設を強行するなど、ハコモノ建設に著しく執着し続けた三期12年間であった。当時副市長をつとめていた深澤現市長を後継者に指名し、自身は2016年夏の参院選全国区に出馬したものの、全国で獲得した約九万票のうち県内で約二万票、地元とする鳥取市内に限ればわずか一万票しか集められないという惨状で落選した。
自らの公の場での約束を何度も平気でボツにし、なにかと悪い噂も絶えない同氏の人格に対して、圧倒的多数の鳥取市民が「No!」を突きつけたのである。

国の財政悪化に伴って国内の土木建設業は縮小が続いており、この業界に以前の集票力がもはや無いことは明らかだ。公共事業のバラマキで票を集めて政界の階段を登っていくというかっての成功ストーリーは、既に時代錯誤でしかないのである。

地方自治体の首長の椅子を自身の政界での出世のためのワンステップとしか考えないような政治家を、不注意にも首長に選んでしまった市民は不幸である。彼は、市民のための政策を検討するよりも、国会議員、大臣、さらには首相になるための自身の勢力圏の拡大の方を優先するからである。現時点で言えば、某都知事氏もこのタイプの政治家の一人なのかもしれない。もっとも、彼女が自分の基盤として狙っているのは土木建設業界ではなく、マスメディアを介しての自身の虚像づくりなのだが。

 

④ 平成の大合併は、地域住民が自らの努力で豊かになろうとする機会と意欲とを圧殺した

上に示した表-2によれば、住民一人あたりの所得の伸びでみれば、人口数百人程度の極小自治体が、人口十数万人程度の中都市~百万人近い大都市のそれを上回っている(大都市の人口は増加もしくは横ばいだから、個人住民税総額の伸びが同程度であれば、人口が減少している小さな自治体の方が大都市よりも一人当りでの伸びは高くなる)。この理由は、役場が地域の実態をよく理解している小さな自治体ほど、地域の実情に応じた実行しやすい政策を次々に打ち出せるためだろう。この点から見ると、国が主導して実施した「平成の大合併」は、個々の地域の発展のためにはむしろマイナスに作用してきたことは明らかだ。
鳥取市の場合には、周辺の八町村との合併実施は2004年11月であった。以来17年、旧町村からの旧鳥取市域への人口流出が止まらない。当ブログや当「市民の会」のサイトでも何度か取り上げているが、合併された旧町村では住民が自から地域を良くしようとする機会と意欲が急速に失われつつあり、地域での生活はますます困難になっている。現地からの声も含めた現在の状況を、以下、いくつか箇条書きにしてみよう。

佐治町では町内の店舗がほぼゼロとなり、買い物するには車を運転して用瀬町まで降りなければならない。以前は集落まで来てくれた移動販売車は売り上げ減少で来なくなった。高齢で運転ができなくなったらどうしたらよいのか。


・青谷の奥の自分の集落から青谷駅までバスで往復するだけで約千円、JRも使って鳥取駅まで往復すると二千円近くかかる。公共交通のコストが高すぎるし、便数もどんどん減っている。


・青谷町の若者は、その多くが結婚を契機に長尾鼻の坂を越えて浜村へ、さらには旧市域へと引っ越してしまう。人口が急速に減っており、地元に一軒しか残っていないスーパーが消えるのではと心配だ。


・上とは反対に旧市内での話。旧市域では、小さな新築住宅が通勤・通学の便のよい地域に続々と密集して建っているが、その多くは旧町村部からの移転である。市外からの転入は少数にとどまる。


・市内各地で耕作放棄地が急速に増えている。隣町への農道も手入れがなされず、藪が繁って通れなくなった。


・合併前は集落の共有林を集落内の合意だけによって切り共同利用設備の購入に充てていたが、合併後は市長の許可が必要となり利用が困難になった。


・合併で町役場が廃止され代わりに各地に総合支所が出来たが、支所に与えられている決済権限は数万円程度。ほぼ全ての決済を本庁舎に仰いでいる状態。


・支所の職員は三年程度で本庁舎に帰るのが大半であり、地域の実情を把握している市職員が育たない。住民からは「支所に行っても、顔を知っている職員が一人もいない」との声が挙がる。

2004年に鳥取市と合併していなければ、表-2に示した西粟倉村のように、地域の問題を地域の中だけで相談して解決でき、都会との連携も自ら率先して進められたはずである。地域から意欲のある住民が消えることで、今まで活用されて来た地域の多くの資源が使われないままに失われようとしている。実にもったいない話だ。

鳥取市との合併を解消して旧町村部を再び分離・独立させた方が、よほど旧町村、鳥取市、さらに国にとってもプラスになるのではないか。

なお、鳥取市の竹内前市長が平成の広域合併に極めて積極的であった理由は明白だ。合併して市の人口と面積が増えれば増えるほど、自分が決済できる金額が大きくなるからである。国会議員を目指している同氏にとっては、自分の権力をさらに強化し、かつ影響力の及ぶ範囲をさらに広げられる機会を絶対に見逃さないのは全く当然のことなのである。

 

⑤ 市の業務を次々に大企業に切り売りし続ける鳥取市

約百億円を投じて新築した市本庁舎。設計と建設は県外の大企業が担い地元企業は下請け的に参加しただけだったが、完成した新庁舎でも市民と直接触れ合う窓口職員は、そのほぼすべてが東京の一部上場企業であるニチイ学館からの派遣社員となってしまった。社員自体は大半が地元住民だが、従来の市自身による臨時職員の直接雇用とは異なり、職員を管理する対価として新たに相当の税金が東京へと流出することとなった。

これと同様の現象が市内のあちこちで起こっている。現在、数百億円を投じて河原町に建設中の可燃物処理場では、施設の設計・建設・運営を東京の大企業であるJFEエンジニアリングに丸投げしている。

市内吉成で更新建設中の市民体育館も、建設と完成後の運営業務を、大阪市に本社を置き世界的スポーツメーカーでもあるミズノを主とする企業体に一任してしまった。この結果、巨額の税金が市内を素通りして東京や大阪に吸い上げられることになった。

長期的に見てさらに問題なのは、業務の外注化によって市職員の実務能力が失われることである。施設の建設やゴミ処理などを大企業に丸投げして直接物品購入や作業管理を担当しなくなった市職員は、購入価格の詳細や作業工数の実態がわからなくなってしまうはずだ。結局、担当職員は大企業が出して来た見積もりをそのまま承認するしかなくなる。その結果、市内や国から集めた税金が市内に廻ることなく、さらに余計に外部へ流出することになる。

外部に流出するカネが増加する一方で、市内を循環するカネの総量が減れば、それに比例して市内の雇用と個々の市民が得るカネの量も減ることになる。また、市職員の能力が低下すれば、仕事内容に見合わない高給を得ている市職員がその分だけ増加することになり、市内の公務員と民間企業従業員との間の格差をさらに助長することになる。

度の過ぎた市業務の外注化は、結局は市民を貧困化させるだけなのである。公共施設の設計・建設や管理の仕事は、市内企業が請け負えるレベルの範囲で極力計画するべきである。市内企業に仕事を回そうとしない深澤現市長は、自ら市の貧困化を促進し続けていると断言してよいだろう。

 

⑥ 市の基幹産業であった電機産業が壊滅的となった後、何ら経済再生の道筋を示せない鳥取市

今まで述べて来たような市経済の衰退は「市の基幹産業であった電機産業が壊滅した以上は仕方がない」という声が挙がるのかもしれない。しかし、日本の電機産業の生産工場の海外への流出は1990年代から既に始まっていた。筆者自身もこの分野の某社で働いていたのだが、既に90年代初頭から県内の工場を次々に閉鎖、県内取引先との関係も相当程度絞っていた。2000年代に入ってからは国内の生産工程の大半を中国や韓国に移し、国内では大規模なリストラを何度も実施してきた。市内での電機製造業の縮小傾向は少なくとも今世紀の初めにはもはや明白だったのに、市は相変わらず国内からの工場の誘致に熱心であった。

このように従来の市の基幹産業が急速に衰退しつつある場合には、少なくとも市は公的資金を投入して市内の需要と消費の低下を極力抑えるべきだっただろう。具体的には、市内の企業が受注できるように、市の発注する工事や業務の内容を市内企業のレベルに合わせて再調整すべきであった。

ところが、過去十数年間の竹内・深澤市政の方向はこれとは真逆であり、上で述べたように工夫次第では市内企業でも受注可能となる業務や工事でも、発注先は市外の大企業一辺倒であった。市民や国から集めた税金はそのまま市外へと流出し、そのために市内の景気は余計に冷え込むこととなってしまった。

この間、竹内・深澤市政がずいぶん熱心であった企業誘致に関してさらに付け加えれば、広大な工業団地と優遇制度を整備して生産工場を誘致しても、景気が悪くなるか他に有利な生産拠点が見つかればさっさと撤退されてしまうことになる。市が至れり尽くせりで優遇した結果、自前の投資無しでやって来た会社は、投資をしていない分だけ逃げるのも早いのである。

仮に市内に本社機能があった場合には、生産工場が市外に移転した後でも製品開発や管理部門が残るのだろうが、鳥取市内に本社がある大手・中堅企業は元々極めて少ないのである。山口市ファーストリテイリングの本社があるのは、同市内の小郡地区が同社発祥の地であったからだ。

時間はかかるが、自前の資本投資を地域内に集積し続けてきた地元企業や、意欲のある人材による市内での新規起業を市が強力に支援すべきである。元々から鳥取市に愛着を持っていない企業にカネをつぎ込んでも、公的資金と人材とを食い逃げされて終わってしまう可能性が高い。

松江市ではソフトウェア開発を主とする情報産業と観光とが活発になってきているが、鳥取市の情報産業の数はわずかであり、市の観光業への取り組みも中途半端である。もっとはやく第二次産業偏重の姿勢を改めて、サービス業などの第三次産業への変換を図るべきであった。

「電機関係がダメになったから、市の人口が減るのは仕方がない」と、市長を始めとする市の幹部職員や市会議員が既に努力を放棄しているのであれば、もはや、彼らには市民の税金でメシを食う資格はないのである。

/P太拝

ベトナム独立を支援した鳥取県人

毎年八月になると、先の戦争に関するテレビ報道や記事を多く見かけます。昨年の8/15に公開された下記のネット記事の存在を、昨年秋になってから知りました。今年の敗戦記念日(「終戦記念日」という表現は真実を隠蔽している)は既に過ぎましたが、地元関連の情報でもあり、この場で紹介しておきたいと思います。

 

(1)ベトナム独立を支援した鳥取県

「「ベトナム独立戦」を支えた旧日本軍「秘密戦士」の生涯(下)2つの受勲と悲劇」
この記事は上中下の全三部の三番目であり、無料で読めるのはこの(下)だけで、(上)と(中)は本来は有料。

しかし、この記事を書いたジャーナリスト氏自身のブログに、(上)(中)(下)の全文が掲載されているのを発見した。以下に示す。
「「ベトナム独立戦」を支えた旧日本軍秘密戦士の生涯」

ベトナムでの残留日本兵誕生の経緯については、wikipedia等から拾った情報を元に、以下に時系列的に示す。

 「ベトナムに進駐していた陸軍第38軍独立混成第34旅団の井川省少佐は1945年5月に中部の古都フエに着任。フランス植民地からの独立を目指して活動していた組織のベトミンと交流を深めた。1945年8月の日本敗戦の際には、部下の中原光信少尉に命じて非公式にベトミンに武器を提供した。

その後、井川少佐は少数の部下と共にベトナムに残留し、ベトミン軍幹部に日本式の軍事教育を施して対フランス独立戦争に協力。井川少佐は1946年4月にフランス軍待ち伏せ攻撃に遇い戦死したが、その遺志を継いだ中原元少尉以下が「クァンガイ陸軍中学」を設立し、引き続きベトミン軍の幹部養成を行った。この学校の教官の中の一人が、上に紹介した谷本喜久男元少尉である。」

谷本喜久男氏は1922年に鳥取県に生まれ、1941年に鳥取師範学校を卒業、日光尋常高等小学校(現 伯耆町)に勤務。
1943年 招集により入営。
1944年 陸軍中野学校二俣分校卒、サイゴンに赴任。
1954年に帰国、翌年復職するとともに結婚。当時の住所は八頭郡河原町(現在は鳥取市に併合)。

ベトナム残留後の谷本氏の活動の詳細については、最初に紹介した二点の記事を読んでいただきたい。陸軍中野学校二俣分校は、敵方占領地域のゲリラ戦要員の養成を目的として敗戦が濃厚となった1944年に急遽設立された機関であり、同校の「たとえ国賊の汚名を着ても どんな生き恥をさらしてでも生き延びよ」との教育方針が、日本敗戦後になっても同氏の生き方の選択に大きな影響を与えた可能性はある。


1954年5月に終結した「ディエンビエンフーの戦い」でベトミンが勝利したことでベトナムはフランスからの独立をほぼ手中にしたが、谷本氏の手記にはこの戦いに同氏も参加したように読み取れる記述があるとのこと。小学校長退職時には「教え子に一人の死亡者もなかったことは、何といっても一番の幸せ」と述べられているが、ベトナム各地で無数の死を見て来た経験を踏まえての言葉なのかもしれない。


さて、同氏やその仲間の当時の活動は現在のベトナム政府から高く評価されているが、旧日本軍によるベトナム占領が現地にもたらした負の影響についても触れておかねばならない。東南アジアの中でベトナムミャンマーやフィリピンとは異なり直接の戦闘地域にはならなかったものの、1944年秋から1945年春にかけて北部ベトナム大規模な飢饉が襲った。天候不順に加えて、日本軍の大規模な食糧徴収、連合国側空襲による輸送の途絶、フランス植民地政府の意図的なサボタージュ等がその原因とされている。

ベトナム人の餓死者は少なくても40万人(日本側の推定による)、ベトナム側には約200万人に上るとの説もある。太平洋戦争での日本民間人の死者総数約80万人(東京大空襲、広島・長崎の原爆、各地空襲被害による国内死者が約50万人、ソ連満州侵攻等による外地の死者が約30万人)に匹敵する膨大な餓死者数であり、その大半は日本が同地に進出しなければ死なずに済んだ人々だっただろう。この事実を踏まえると、残留日本兵ベトナム独立の英雄として単純に賛美する気持ちにはなれないのである。

さて、最初の二点の記事を読む限りでは、谷本氏は温厚でおだやかな人柄であったようである。筆者の知人の中に、同じく鳥取師範卒(同氏とほぼ同期)で数年前に亡くなられた人がいた。県東部で長らく剣道をやっていた方なので、谷本氏のことはよくご存じだっただろう。谷本氏のことをもっと早く知っていれば、「どんな人でしたか?」と聞くこともできただろう。残念である。

 

(2)旧鳥取一中卒業生の戦死率

かなり以前のことだが、高校の同窓会名簿をなにげなく見ていた時に、特定の卒業年度の学年だけが異常に戦死者の比率が高いことに気づいた。上の谷本氏に関する記事の紹介を書いている過程でそのことを思い出したので、この機会に調べてみた。

筆者の手元には家族が卒業した学校の同窓会名簿が何種類か残されているが、その中で一般的な死因と戦死・戦病死とが明確に区別されていたのは旧制鳥取一中(現在の鳥取西高)のものだけであった。以下、調べた結果を紹介しておこう。なお、この名簿では死因不明の方が各学年ごとに数名から十数名程度は存在するので、実際の戦死・戦病死者の数は下の数字よりもさらに多いものと思われる。

 

「旧制鳥取一中卒業生の戦死・戦病死者の比率」

卒業年 卒業者数 戦死・   比率   備考
        戦病死者数  (%)
1926/3  130     3         2.3
1927   165      12           7.3
1928   153     5         3.3   6月 張作霖爆殺
1929   165      13      7.9    10月 世界恐慌、 11月 金解禁
1930   141     4      2.8
1931   175     5      2.9        9月 柳条湖事件
1932   167      18       10.8     2月 満州国建国、 5月 5.15事件
1933   156      25       16.0     2月 熱河侵攻、 3月 国際連盟脱退
1934   153      22       14.4
1935   168      22       13.1   12月 華北の冀東政務委員会成立
1936   160      23       14.4     2月 2.26事件、 12月 西安事件
1937   163      40       24.5     7月 盧溝橋事件、日中戦争開戦 
1938   187      51       27.3     4月 国家総動員法公布
1939   189      28       14.8     9月 第二次世界大戦開戦
1940   166      35       21.1      10月 大政翼賛会発足
1941   171      13      7.6    12月 太平洋戦争開戦
1942   187      13      7.0   6月 ミッドウェー海戦
1943   191      10      5.2    10月 学生・生徒の徴兵猶予停止(学徒出陣)
1944   186        8      4.3      8月 学徒動員令
1945-1  223      2      0.9      8月 ポツダム宣言受諾し敗戦
1945-2  207      1      0.5
1946     87      0      0.0

1945年の敗戦時には三十代後半で既に中年と言ってもよいであろう世代からも戦死者が出ている。敗戦の時点では幼児から老人に至るまでの全ての日本人男性の十人に一人が兵士として動員されていたそうだから、当然の結果なのかもしれない。

気の毒なのは1945年の卒業生中の戦死者である。3月に卒業して8月敗戦までのわずか数か月の間に、まだ16歳から17歳くらいの若者3名が戦争終結を迎えることなく戦死されている。
戦死・戦病死者数の比率の推移グラフも示しておこう。

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戦死率がピークの1937~1938年卒業の世代では、実に同級生の約四分の一が戦死するという異常な状況であった。現在の我々には想像することすら困難である。

戦前の旧制中学は基本的には五年制であり、尋常小学校を卒業した男子が入学。一般的には12歳以上で入学して16歳以上で卒業する。なお、戦時中であることを理由に1944年に四年制に変更された結果、1945年3月には五年修了と四年修了の二種類の卒業生が生じている。
仮に17歳で卒業したとすると、1937年卒は1945年の終戦時には25歳前後であったはずだ。二十代前半の、兵士としてちょうど「使いごろ」であった世代が大量に死んでいるのである。

「日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書) 」(2019年 新書大賞受賞)によると、日本軍の軍人・軍属の戦没者約230万人の九割が1944年以降に亡くなったと推定されるとのこと(以下に挙げる数字はこの本からの引用)。上の表の戦死者の大半も、この時期に亡くなったのだろう。

当時の政府と軍部は、既に1943年末の時点で敗戦必至という客観的情勢を故意に無視し続けた。彼らが、止める勇気のないままにダラダラと戦争を引き延ばしたおかげで、さらに約200万人もの兵士と約80万人の民間人とが無駄に死ぬことになった。


この同窓会名簿の「戦死」表示の二割程度には戦没地も記載されている。それを見ると、ガダルカナル、ソロモン沖、ニューギニア、フィリピン、中国大陸等々、実に広範囲にわたる。アジア太平洋地域のほぼ全域で鳥取出身者が戦死しているのである。中にはアラカン山系というのもあるが、これは現在のミャンマーの地名であり、参加兵士の大半が餓死したインパール作戦の参加者であったことを示している。

ガダルカナルニューギニア、フィリピン、ミャンマー等での戦死者については、その過半数が敵との交戦によるものではなく補給の不備による餓死であったとするのが既に定説となっている。全ての戦線における餓死、撤退時の病人・負傷者等遺棄者の味方による(温情的)射殺や自殺強制、軍隊内での古年兵による新年兵いじめに起因する自殺等々が、名目上は戦死や事故死扱いとなっているのである。詳しくは上記の新書を参照されたい。

筆者の父親は十年ほど前に亡くなったが、1941年に旧制中学を卒業している(上の表とは別の学校)。何らかの事情で入営が少し遅くなり、21歳で海軍に入って呉で訓練中に広島にキノコ雲が上がるのを目撃したそうだ。

上の表によれば、あと一、二年早く生まれていたなら、父が戦死する確率はぐんと上がっていただろう。また、原爆投下時にちょうど広島市内にいたならば、今の筆者は存在していなかったのかもしれない。上で紹介した谷本氏のように実際の戦場に行った人もそうなのだが、父のように軍隊に入営しただけで終わった人間も軍隊生活の話はしたがらないようで、「広島のキノコ雲を見た」という以外には軍隊に関する話をすることは一切なかった。

今回ここで紹介したようなことは、決して遠い国や、映画やアニメの二次元世界の中での話ではなくて、現在の日本に生きている幼児から高齢者に至るまで、各々の家系を多くても三代前までさかのぼれば、全ての日本人が、そして日本の周辺国の全ての人々が実体験してきた事実なのである。少し世代をさかのぼって調べてみれば、全ての家庭にそれぞれに固有の戦争の傷跡が残っているはずだ。

筆者の世代は、その前の世代とは違って、国から他国の人を殺すことを強制されることもなく、その国の政府から殺人を強制された他国の人に殺されることもなく、それぞれに与えられた寿命に従ってこのまま死んでいけそうなのは幸せというほかはないが、これは前の世代の人たちによる悲惨な体験と深刻な反省とからもたらされた賜物なのである。様々な意見はあるだろうが、起こった事実は事実として、次の世代にも必ず伝えていかなければならない。

/P太拝

コロナ敗戦の原因(4)

8/15(日)にかけての大雨、一応は降りやんだものの、明日はまた雨になりそうです。気象通報には十分に注意しましょう。

さて、既に二か月近くにわたって増加し続ける新型コロナ感染者数、いったいこの感染のピークはいつごろになるのでしょうか。今回は、目下、国内では最大の関心事であるに違いないこの問題をとりあげてみました。

(1)日本の感染者数の推移

下に昨年三月以降、今月8/10までの日本全国での新規患者発生率(新規患者数/日・百万人当たり)の推移を示す (Our World in Dataより。図上でのクリックで図は拡大、以下同様)。

図-1f:id:tottoriponta:20210817213150j:plain

今回が五回目のピークとなるが、少なくとも他の主要国にはこのように周期的に感染ピークが五回も発生している国はない。どうやらこれは日本だけに特有の現象らしい。


上の図-1の赤い矢印は東京都の「緊急事態宣言」の期間を示し、今回が四回目。東京都の近隣県などの「緊急事態宣言」や「蔓延防止等重点措置」も大体は同じ期間に発令されている。
図中のオレンジ色の矢印は「GO TO トラベル」と「ワクチン接種」の期間を示す。

東京都の緊急事態宣言の詳しい内容は下の表-1に示す。

表-1f:id:tottoriponta:20210817213415j:plain

以上のデータから以下のことが言えるだろう。

① 東京都が緊急事態宣言してから全国感染者数がピークとなるまでの日数は、第二期までは数日であったが、第三期には三週間弱、現在の第四期では宣言してから一か月以上経っても未だにピークが見えない。国民の自粛に頼っているだけではもはや効果が乏しい上に、デルタ変異株による感染率の増加が強く影響しているのだろう。

② 緊急事態宣言という名の「〇〇の一つ覚え」でしかない政策を四回も繰り返す日本のような国は他にはない。どの国でも政策効果が乏しくなれば、段階的により強い処置へと切り替えているのである。要するに、日本政府は完全な「前例踏襲主義」であり、彼らは少しでも冒険的な政策は極力避けようとしているように見える。

(前安倍政権が2013年に内閣人事局を創設し、当時の官房長官であった菅氏が各省幹部600名の人事権を掌握して以来、霞が関の役人は左遷を恐れて「出る杭」になることを極力回避するようになってしまった。その結果、政策面での各省からの新規アイデアの提案は皆無となってしまった。これは現在のスガーリン体制の必然的な結果に他ならない。その一方で、政権を担当する政治家は、次の選挙で有利になるようにこの騒ぎに乗じて自分の支持業界に税金をつぎ込むか、或いは業界の既得利益を守ったことで選挙時にその業界に恩に着せ見返りを求めることしか考えていない。今の政治家と役人は、国民を守ることよりも、自分の現在の地位を死守することに汲々とするばかりなのである。


③ 昨年七月には感染者が増加しているにも関わらず、「GO TO トラベル」という政府が税金を使ってわざわざ感染者を全国に広めるとい最悪手の政策を開始。国民の自主規制によるものなのか、いったんは感染が下がったものの、年末にかけての再急増であわててこの事業をストップした。この事業終了時の感染者数は開始時のそれの約六倍にまで増えてしまった。
コロナ騒動に便乗した有力政治家が自分の地盤とする観光・交通業界にさんざんに税金をつぎ込んだものの、結局は数兆円の国費と時間とを浪費しただけの結果に終わってしまったのである。この費用を医療体制の抜本的再編に使っていたならば、今日のような自宅待機感染者の激増は回避できただろう。国内旅行を認めるにしても、国費による無料PCR検査の陰性者だけに限定して認めていれば、経済面の落ち込みと感染拡大の防止を両立しながら避けられた可能性は高かっただろう。

「GO TO トラベル」事業とは、我が国のトップの無能とモラル面の退廃とを明瞭に示したイベントでしかなかったのである。

 

(2)感染者急増と東京五輪との関係

最近の感染者急増の推移をもう少し詳しく見てみよう。下に今年五月以降の日々の国内感染者数の七日前の同一曜日に対する増加率を示す。バラツキを平滑化するために、感染者数としては、当日と過去六日間(計七日間)の平均値を採用した。また全国のそれを青色マーク、東京都内のみの感染者数を赤色マークで示した。

図-2

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当然の話だが、感染者がピークに達した時点でこの増加率は100%となり、それ以降は100%以下へと下降する。8/14までのデータは東洋経済オンラインが日々公表している値を使用、一昨日8/15については昨日時点でのネット上の最新データを使用した。

この図-2からわかることは以下。

① 東京五輪開催中の期間の感染者急増が顕著である。7/22~7/25の四連休の影響で7/24から若干増加率が減少したが、その約一週間後の8/1前後には200%を越えている。この四連休の影響を相殺してみても、開催して二週間後の8/5前後の増加率は180%程度になっていたものと推測される。5/1~5/5の五連休があった五月上旬と比較してみていただきたい。明らかに開催直前の増加率の150%台よりも一段と増加している。


菅総理を筆頭に加藤官房長官や丸山五輪相などの閣僚は、そろって「五輪と今回の感染拡大とは関係ない」と声高に主張し続けてきたが、彼らはその根拠となるデータを何一つ示せていない。彼らは「自分の立場上、こうあって欲しい」という単なる個人的な願望を公共の場で叫んでいるにすぎない。

直接に五輪関係者に接触して感染した例はほとんどないにしても、五輪開催に浮かれて街に繰り出した人々がある程度いたことは事実だろう。「ステイホーム」を連日叫び続ける一方で政府が五輪を開催したのは、やはり政策的には全く矛盾しているというしかないのである。

さて、五輪と感染増の両方に関係する記事を以下に二件ほど紹介しておきたい。
「「ラムダ株を隠蔽」米メディアが報道…入国から17日後の判明に疑問噴出」

7/20、またはその直後にラムダ株への感染者の入国が判明した件を8/8の五輪閉会式直前の8/6に、それも公式発表ではなくて記者の質問に答える形で明かしたのでは、厚労省が五輪に配慮して事実を隠ぺいしたと疑われるのももっともなことである。ラムダ株の感染力はデルタ株に匹敵するとの報道もある。
「変異株「ラムダ株」が南米で猛威 「最凶」といわれるその感染力とは?」

もう一つは、8/8の閉会式終了後にテレビ朝日の社員が泥酔して階段から落ちたあの事件に関するもの。あの夜は都内のあちこちで同じような光景が繰り広げられていたそうである。ちょうど今頃は、当日大騒ぎしていたマスコミ関係者や海外を含む大会関係者の発症が始まったころに当たるのだが、はたしてその影響は如何・・。
「テレビ朝日“飲酒転落事故”に呆れた同情論「あの日はみんな、どんちゃん騒ぎだった」」

② 七月中旬からは、全国の増加率が東京都内の増加率を上回り続けている。感染が東京周辺にはとどまらず全国に拡大して収拾がつかなくなってしまっているのが現在の状況である。鳥取県内でも七月中旬から連日のように感染者が発生するようになった。東洋経済オンラインのページにある鳥取県内の感染者推移グラフを以下に図-3として転載しておきます。

図-3

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(3)変異種であるデルタ株の感染拡大はいつ終わるのか?

デルタ株の感染拡大は現在進行中の世界同時的な現象であるものの、国によってその進行程度には違いがあり、各国の状況を個別に見ていくことで今後の感染の推移を予測できるかもしれない。

次の図-4に、デルタ株の蔓延拡大が始まった今年2月初めから現在までの各国の新規患者発生率(新規患者数/日・百万人当たり)の推移を示す。ワクチン接種が進んでいる国として英国、米国、イスラエル、ドイツを、さらに日本の周辺地域としてアジア諸国を選んで計11カ国の推移を表示した。

図-4

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この図から各国の感染の直近のピークとその直前のボトム(感染者数最低の時点)を読み取って表にしたものを次に表-2として示す。

表-2

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インド、インドネシア、英国はいったんピーク値に達したあと、現時点では若干、または大幅に感染者が減少している。残りの日本を含む8カ国は現在も感染拡大が続きピークに達しているようには見えない。

以上のデータから言えることは次の三点である。

① ワクチン接種が進んでいる国でもデルタ株の蔓延は抑えきれてはいない。デルタ株の感染力が従来株の五倍程度と非常に高いことや、どの国でも接種率が六割を超えると接種スピードが鈍化していることが影響しているようだ。

以下、各国の実情を参考記事からの抜粋と共に見て行こう。菅総理は「ワクチン接種率が増えれば感染拡大は抑制できる」と繰り返してばかりいるが、各国の現状を見ればそれが不可能なことは明らかだ。このことだけを見ても、我が国のトップは正確な情報の収集に無関心であり、根拠のない自分の思い込みだけで国を運営しようていることが判る。

イスラエル: 直前の最低時点からは現在の感染者数は実に600倍以上に拡大、さらに増加する様相を見せている。以下の記事によれば、ワクチン接種後でも、マスク無しではデルタ株の感染拡大は制御不能であると言ってよいだろう。
「ワクチン接種の進展で感染者が減り、4月には屋外でのマスク着用を解除、6月にはワクチン接種の有無にかかわらず、屋内外の公共施設や商業施設を制限なく利用できるよう防疫指針を緩和。しかし、デルタ変異が拡散し、屋内外でのマスク着用が義務付けられ、ワクチン未接種者の公共施設の出入り制限など一部の防疫場措置を強化した。最近では、高齢者などを対象に、ワクチンの追加接種(ブースターショット)を実施している。」
「「接種模範国」イスラエルもデルタ変異で感染者急増...」より

英国: 集会等の規制は7/19に解除され飲食店や劇場などにも人が戻った。その後、感染者数は若干は下がったものの、現在も高止まりを続けている。感染者が一定程度出ても、ワクチン接種効果によって死者・重症者が抑えられればそれでよしとするのが英国流の考え方のようだ。英国と違って医療体制が硬直的で柔軟性を欠く日本では、このような政策は実現不可能だろう。
「専門家はデルタ株がワクチンを打った人にも感染するのは明らかと説明。ウイルスの変異が続く可能性があることも考慮すると、集団免疫が機能するのは難しいとの認識を示した。」
「対コロナ「集団免疫」困難 ワクチン効果は確実―規制解除の英国」より

米国: 各州ごとに政策自由度が大きい米国ではコロナ対応を一律には論じられないが、対策に積極的な州ではワクチン接種の義務化、コンサート参加時の陰性証明書の提出などの動きが広がっている。「一部地域や企業で新型コロナのワクチン接種を義務化する動きが加速。ニューヨーク市は16日から飲食店での店内飲食や映画館、劇場、スポーツジムなど屋内の公共施設でワクチン接種証明の提示を義務化。」
「ワクチン接種しないと仕事ができない? 反対派にとって肩身の狭い世の中に」より

② 既に広範囲に感染が広がってしまったインドでは、むしろ、その結果、感染者の減少が始まっているようだ。

インド: 五月の感染者数のピーク時には、現地からの報道によればコロナによる実際の死者は公式発表の数倍にのぼるはずと言われていた。当ブログの7/6付の記事で既に紹介したが、ムンバイでは今年の春の時点で18才以下の半分以上がおそらく過去の感染によって既に抗体を持っているとのこと。

インド政府の公式発表によると、現時点でのインドでの累計感染者数は国民の2.3%とのことだが(米国11.1%、英国9.3%、日本0.92%「 Our World in Data」より)、ムンバイの抗体保持率を見てもこの数字は信じがたい。既に国民の数割が感染済と推測され、インド国民は集団免疫を獲得しつつあるのではないだろうか。だとすれば、インドのコロナ感染が今後収束に向かうことはほぼ確実だろう。

 

③ ワクチン接種がなかなか進まず、感染による集団免疫も獲得できていない、日本を含むその他の国

マレーシア、インドネシア、タイなどの東南アジア諸国では初期段階では中国製のワクチン接種が進んだが、接種した医療関係者が感染する例が続出しており、最近では欧米製のワクチンへの切り替えが進んでいる。各国の接種率における中国製ワクチンの割合は不明だが、上記の表-2の接種率はかなり割り引いて見た方がよいだろう。
「感染者爆増の東南アジア各国で「中国製ワクチンの中身」に疑問噴出中」

インドネシアでの感染爆発は先月から話題になっていたが、現在は若干感染者数が下がっているようだ。しかし死者数については現時点では国別ではトップとのことで、根本的な収束はまだ相当先のようである。また、同国から日本への帰国者が相次いでいるが、「日本のコロナ対策のゆるさにショックを受けた」という人が多いようだ。

日本のインドネシア大使館のサイトによると、現在、インドネシア国内の飛行機による移動にはPCR検査または抗原検査の陰性証明書が必要とされるとのこと。「対策がゆるい、不十分」と国民から批判されているジョコ政権ですら既にこの程度の規制は行っているのである。
一方、わが日本では、いまだに何の証明書もなしに国民が自由に国内を移動できる。日本政府は「移動を控えて、自粛して」と壊れたテープのごとく繰り返すだけであり、相変わらず自ら画期的かつ具体的な行動を起こそうとはしていないのである。
「インドネシア コロナの死者10万人超える 自宅療養中の死亡多く」
「「未来から」日本へ感染爆発を警告 インドネシアの経験」

その他の東南アジアの国もインドネシアと似たような状況であり、デルタ株による感染率拡大に加えて、初期段階で欧米に比べて感染者が少なかったことから来る慢心、ワクチン接種初期段階での有効性の低い中国ワクチン採用の失敗、政府政策への不信感、等々により、現在は日本と同様に感染拡大が止められない状況となっている。各国別の詳しい状況についてはまだ調べきれていないので、今回は掲載を見送りたい。

以上、各国のデルタ株への対応を見てきたが、これといった対策を打ち出せている国は未だ存在していないように見える。ワクチン接種の回数をさらに三回まで増やすか(世界のワクチン格差を助長するだけ。自国のみにかまけて途上国での対策を放置していると、数年後には必ず「感染のお返し」というボールが返って来るはず。)、インドのように感染の自然拡大に任せて国民全体が集団免疫を獲得するまで待つか(集団免疫を獲得する過程での多数の死者の発生を容認できる政府は独裁政権か、或いは国民の知識レベルが極めて低い国の政権だけだろう。スエーデンは例外?)のどちらかしかない。

さて、デルタ株の出現に対抗してワクチン接種率をどこまで高めれば集団免疫を獲得できるのだろうか。数日前までは、ワクチン接種率が80%程度まで上がれば大丈夫だろうとの記事が多かったが、昨日付の記事によると、95%まで上げるべきとのこと。現実にはほぼ達成不可能な数字である。
「コロナに対する集団免疫は幻想か-接種率95%でも実現不可能との指摘」

デルタ株が蔓延している現在の状況では、従来株のようにマスクをして国民が自粛してさえいれば感染者はそのうちにガクンと減るということは期待できない。欧米やイスラエルの現状に見るように、ワクチン接種率が上がることで死者は従来よりは減るだろうが感染者は増加する。感染者の急増は医療体制を圧迫するだけでは済まず、自宅療養者が増えることで経済も回らなくなるのは昨年来経験してきたことだ。

上の図-4に見るように、ワクチン接種が進んだ英国では、感染者のピークを越えて以降も感染者は横ばいで推移している。インドネシアでは感染者のピーク後には漸減しているが、はたしてこれが真の値なのかという疑問もある。


日本の今回の感染増のピークは今後一、二週間のうちには来るのかもしれないが、他国の状況を見れば、ピークが過ぎたからといっても従来のパターンのように感染者数が急速に減るとは思えない。デルタ株の出現が従来のゲームのルールを破壊してしまったのである。筆者自身、今月初旬に二回目のワクチン接種を完了したのだが、当面はマスクを常備し、極力、人と会わないようにするという今までの生活パターンを続けるしかないだろうと思っている。

さて、本日の8/17に緊急事態宣言に新たに七府県を追加して従来の六都府県も含めて期限を9/12まで延長すること、新たに十県に「まん延防止等重点措置」を同じく9/12まで適用すること、等が菅総理から公表された。

これは従来の失敗に終わった対策の繰り返しでしかない。感染拡大防止に対しては何の効力ももたらさないだろう。例によって、いつもの「何かやっているふり」をするためのパフォーマンスに過ぎないのだろうと思う。

/P太拝

 

東京五輪雑感

一昨日で東京2020終了。カネまみれの五輪という印象が強かったので、開会式も閉会式も見ませんでした。以下、この二週間ほどのうちに感じたことを書きとめておきたいと思います。

(1)開催時期だけを見ても、IOCJOCの選手へのリスペクトはゼロ

我々日本人にとっては、近年、梅雨明けの七月下旬がほぼ毎年のように猛烈な暑さとなることは既に常識。2013年に東京での開催が決まった時の経緯については筆者はよく覚えていないのだが、招致責任者である当時の都知事猪瀬直樹徳洲会から五千万円の賄賂を受け取ったとして、2013年末に就任して約一年で辞任)であった。また、開催を支援する立場にある国のトップは安倍晋三前総理であった。

彼らは「東京の夏は温暖で五輪には理想的」だと説明して今回の五輪を誘致したらしい。(他にも、もう一つのウソがある。安倍前総理は「福島第一原発事故は既にアンダーコントロール」と主張して五輪を誘致したが、それから八年たっても汚染処理水は放出できず、炉心デブリの取り出しは技術的に極めて困難な状況であり、廃炉計画全体の見通しすらも未だにあいまいなままである。このどこが「アンダーコントロール」なのか?)


「「地獄のような嘘」東京五輪の暑さに海外から批判続出。“理想的な気候”と招致したのに」
「『温暖で晴れの日が多い東京の夏』は、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」との猪瀬・安倍の主張は、日本人なら誰でも即座にウソだとわかる。しかし、日本の夏の不快な蒸し暑さを経験したことのない外国人にはこのウソを見破れない人が多いのだろう。

我々は、彼ら政治家のつくウソには既に慣れてしまい見え透いたウソにも何とも思わなくなってしまっているのだが、総理や都知事が世界に向かって大ウソをつくのは国としての信用にかかわる大問題なのである。
さて実際の酷暑の程度はどんなものだっただろうか。今年は太平洋高気圧があまり発達しなかったので関東地方では西からの山越えのフェーン現象が起こらず、例年に比べれば35℃を超えるような地点はかなり少なかったはずなのだが・・・。

「国立競技場が「40度」の酷暑を記録!現地取材の英記者が嘆き、韓国メディアは五輪招致時の“アピール“に言及」
この記事はトラックのそばに設置されている公式温度計についての話だが、陸上競技日程の後半になると、なぜかこの温度計の表示が消えていた。外国からの酷暑批判を恐れてのセコい処置なのだろう。
筆者は根っからの陸上競技マニアなので、世界的な陸上競技の大会の中継はできる限り見るようにしている。7/31だっただろうか、午前11時ごろに国立競技場での陸上競技中継を見ていたら、アナウンサーが「先ほどフィールドの芝生の上に置いてある温度計を見たら44℃もありました」と話していた。これは多分、ハンディタイプの小さな温度計での測定値なのだろう。

「出場106人中30人棄権、倒れ込む選手も…夏マラソンの過酷さ示す」
東京でのマラソン実施は危険とのことで会場を札幌に移したのだが、それでもこの惨状である。日本の服部選手はフラフラの状態で73位でゴールしたが、その直後には体温が40℃を超える重度の熱中症になっていたことが確認されたそうである。今後の選手生命にもかかわりかねない事態であった。

選手は国の代表としての責任感を周囲から強要されがちであり、五輪では普通のレースよりもとかく無理をする傾向が強い。「アスリートファースト」の公式的な掛け声とは真逆であり、競技の実態は完全にIOCJOCの説明に相反している。
アメリカへのテレビ放映の視聴率狙いでこの時期での開催を決めたIOCJOCには、参加する選手への敬意・リスペクトのかけらも見られないのである。各国の代表選手は、彼らがさらにカネと権力を集めるための単なる道具であり将棋のコマに過ぎないのではないか。

そもそも、数十種類にも及ぶ異質な競技の国際大会を、なぜ一定の期間内にまとめて一つの都市でやらなければならないのか?本当に個々の選手を尊重しているのであれば、IOCは各競技ごとに選手のベストを尽くせる競技環境と気候条件とを提供すべきだが、それは同一都市で同一期間中に一律に実現できるものでは到底ない。
さらに、数十万、数百万人もの大量の観客を一カ所に集めれば、人類全体に差し迫った喫緊の課題である低炭素推進方針にも逆行する。今回心配されたようにパンデミック感染をさらに促進することにもなりかねない。

二千数百年前には多くても人口数十万人程度であっただろうギリシャでやっていた小さなイベントを、人口70億人を超える現代の地球規模で数十種目に増やしてまで、なぜやらなければならないのか?巨額の費用をかけてやるとすればその意義は何なのか?世界各地での紛争、飢餓や貧困、人権無視や差別、不平等、各民族の自由と伝統文化への抑圧を放置しておきながら、看板だけで中身がない「平和の祭典」を開いていていいのか?五輪の全面的な見直しが必要だろう。

 

(2)その他の問題点

酷暑以外にも不満を訴える選手は多い。
「五輪=競泳女子エフィモワ「東京大会はアンフェア」」


「テレビ&冷蔵庫なしの選手村 ロシアの〝クレーム〟に「基本的に有償レンタル」」
JOC側は「事前に申し込みが無かったから」とのことだが、「テレビや冷蔵庫くらい、選手村全室に据え付けておけよ。自称、先進国でしょ!」と言いたい。

「メインプレスセンターの食事が高額[海外メディア陣に粗末なおもてなしをする理由]」
下に示すように、竹中平蔵傘下のパソナやその他の日本政府御用達の企業には日給35万円も支払っている一方で、参加選手や報道関係者というお客様に対してはこのような塩対応では、クリステルのあの「おもてなし!」の約束はいったいどこへと消えてしまったのか?都民税や国民の納めた税金の大半は、「おもてなし」には使われずに政府の身内企業へと流れてしまったのではないか?


「「東京五輪の日当は35万円」 国会で暴露された東急エージェンシー、パソナへの“厚遇”」

参加選手からの直接の不満以外にも、この東京五輪の招致決定経過には不明朗な点が多い。巨額のカネが絡むようになってしまった現在の五輪には、動機不純な連中が数多く集まってくるようになってしまったのだろう。

次の記事は三年も前のものだが、政府と癒着した企業が無償参加のボランティアを食い物にする構造を既にその時点で予測している。ボランティアの大半は善意で応募しているのだろうが、すこし離れた立場から客観的に見ると、この五輪の機会を利用して電通パソナなどがボランティアの善意に付け込んで参加者に当然支払うべき人件費を浮かせて儲けている実態が見えてくる。

「東京五輪「ブラックボランティア」中身をみたらこんなにヒドかった」

 

次の記事は誘致過程での賄賂疑惑に関するもの。


「JOCが弁護費用2億円負担 五輪招致で疑惑の元会長に」

この記事によると、竹田恒和元理事長は「本件は、理事長の職務として行った行為であり、私的な利益や動機は全くありません。」と話しているそうだが、こんなことに公的機関の資金を流用するのは全くもって言語同断である。こんな説明では、資金を提供した協賛企業も含めて、JOC組織全体で賄賂工作にかかわっていたと受け取られかねない。
東京五輪誘致の成功によって、その立役者としての竹田氏の知名度と各方面からの引き合いがさらに増えたことは間違いないだろう。wikipediaによれば「ネトウヨのアイドル」と称され、かつ元皇族の末裔であり再び皇族としての復活を願っているであろう竹田氏のあの有名な息子にしても、親父の威光の元でテレビ出演や著作本の販売額が増えたことは確実だったろう。竹田氏の弁護費用はあくまで竹田氏自身が私費で負担すべきである。
さらに下の記事によれば、竹田元理事長は、東京五輪誘致のためにIOC元委員の息子が関係するブラックタイディングス(BT)社に2.3億円を支払った以外にも、総計で11億円超にのぼる内容不明な海外送金をしていたそうである。

「五輪招致、海外送金11億円 疑惑BT社以外は非公表」

さて、2013年に東京五輪招致に成功した当時の責任者、猪瀬、安倍、竹田、森の四名は、今回の開催前にはそろいもそろって姿を消してしまった。安倍前総理に至っては、リオ五輪閉会式の際にはスーパーマリオの着ぐるみまで着たそうだが(渡航費と着ぐるみ製作費用は国民の税金から)、今回は開会式にすら出なかったらしい。いったいどこへ消えたのやら。今後、この四人が決して再登場することのないように願いたいものである。

「招致から旗振り役の4人全員が去った トラブル続き東京五輪への道」


「リオ五輪閉会式 安倍首相の“スーパーマリオ”に非難と嘲笑」
「一将功成りて万骨枯る」と言うが、この場合には「全将罪を得て国庫枯る」だろう。

なお今回、女性や障がい者に対する差別言辞や演出を開始直前で止めるなど、積年で溜まったウミを若干ながら出せた点については、良い前例となるので評価したい。

 

(3)日本陸上短距離陣惨敗の背景

さて、今回の五輪で筆者が熱心に観戦したのは、先回のリオ五輪と同様に陸上競技と七人制ラグビーだけだった。五輪終盤になってからそれまで無関心だった女子バスケチームの大活躍にビックリ、米国との決勝戦に注目し、小さな日本女性が大きな米国選手の隙間をすり抜けてショットを決めるプレーには大いに拍手を送ったものだが、ここでは日本陸上短距離陣の今回の惨敗の背景について触れてみたい。
結論から言えば、現在の日本短距離陣は世界と戦うにはまだ実力不足であったと言ってよいだろう。リオの時と違って100mで九秒台記録保持者が既に四人出たこともあって一部のマスコミは大いに期待したようだが、どのような条件下でも九秒台が出せる選手は日本にはまだいない。日本選手の九秒台はその時々の試合時に追い風に恵まれた面が大きい。各選手の過去の記録、今回の予選での記録、世界の有力選手の記録について、この風の影響を補正して風速ゼロ時の記録に換算し比較してみよう。下にその結果を示す(図のクリックで拡大)。
なお、使用したデータはwikipedia「100メートル競走」 による、

 

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無風時への換算には次のサイトを使用した。無風時の換算に国内で一番よく使われているサイトのようであるが、その計算の根拠が明らかにされていないので上の換算値は参考程度としていただきたい。
「記録の無風換算 関東高校陸上競技結果情報」

上の無風補正後の数字に見るように、現時点では日本勢は誰一人として無風時には10秒の壁を切れてはいないだろうことが判る。新国立競技場では構造的に外部からの風が入ってこないので、鳥取や福井のような海から吹く追い風は期待できない。最初の予選段階ですら、日本選手はほぼ自己ベストに近い記録で走らなければば準決勝には進めないのである。今後は、五輪や世界選手権の決勝に進むためには9.8秒台を経験して置く必要があるだろう。
ここで注目されるのは、決勝で金メダルを取ったイタリアのマルセル・ジェイコブスと中国の蘇炳添だ。マルセルの従来記録は山縣選手と同じ9.95であったが、山縣と同組の予選の段階で自己記録を突破する9.94、決勝ではさらに更新して世界歴代十位に相当する9.80を出した。蘇選手も準決勝の段階で自らが持つアジア記録9.91を大幅に更新する9.83を記録した(この時にはテレビで見ていたが、思わず「スゴイ!」と唸ってしまった)。新国立競技場のトラック材質は世界最高峰と言われており、ポンポンとよくはずむそうである。彼らの大幅な自己記録更新にはこのトラック材質が味方した可能性が大きいようだ。なお、以前にも書いたが、鳥取市布勢運動公園のトラックの材質はこの新国立競技場と同じメーカーのものを使用している(たしかイタリア製とか、完全に同一材質かどうかは不明。)。

100m、200m共に全員が予選敗退した日本短距離陣は、400mリレー決勝でもバトン渡しに失敗して惨敗した。仮にバトン渡しがうまくいっていたとしても、以前とは異なり各チームのバトン技術も向上しているから上位に食い込むのは難しかっただろう。このリレーの惨敗は、あえてリスクを無視してギリギリの線を狙ったためだろうが、元々の原因は個々の選手の走力の不足にある。
今回の五輪では白人のイタリア選手が優勝、また中国選手がアジア人としては従来にない驚異的な記録を出すなど、かっての決勝に残るのは黒人選手のみであった時代からの変化がみられる。東アジア人の蘇炳添選手が出せた記録が日本人選手にも出せないはずはなかろう。今回の失敗にめげずに、基本的な走力の強化から再度取り組んでもらいたものである。

 

(4)TVと共に膨張肥大してきた五輪の行方は?

 今回の五輪のせいで一番困ったのは、それまでNHKBSで見ていた米大リーグの中継が見られなくなったことだった。大谷選手のホームランを見てスカっとしたいのに、後でネット上のツイッターの短い動画を見るしかなくなってしまった。色々探したら、Abema TVで無料でライブ配信していることが判り、最近はそちらを見るようにしている。NHKBSの画面よりもパソコンで見る画面の方が各数字が判りやすい。担当しているアナウンサーもMLBの知識は豊富だ。

残念なのはオールスターでのホームラン競争の疲れなのか、後半戦に入ってから大谷のバッティングが不調になってしまったことだ(日本のオールスター戦は十数年前から全く見ていないが、今年初めてMLBのオールスター戦を見た。その前日のホームラン競争はまさに球場全体がお祭り騒ぎで、アメリカ人の活力を感じて結構面白かった。)。

五輪期間中はテレビのどのチャンネルを回しても競技中継か五輪の話題ばかりだった。関心の持てない競技が大半なので、普段と同様にテレビはあまり見ずに主な情報はネット経由で得ていた。このテレビが五輪にハイジャックされたような状況は将来も続くのだろうか。

あまり人気のない弱小競技にとっては、五輪は競技内容を知ってもらう絶好の機会なのだろうが、サッカーのような世界的な人気スポーツにとっては五輪の意義はたいしてないのだろう。中国やロシアのような全体主義的国家にとっては五輪はナショナリズムを鼓舞する絶好の機会だが、民主主義を国是とする国家にとっては、自分の支持率を挙げたい政権担当の政治家は別として、国が獲得するメダルの数は大した問題ではない。マスコミは今回日本が獲得したメダル数は過去最高とさかんに報じているが、競技種目数が激増しているのだから、平均的にはどの国でも過去最高になって当たり前なのである。

筆者の例でいえば、昨年まではプロ野球では楽天を応援していたが、今年からMLBエンゼルスへと移ってしまった。楽天のオーナー某氏が、地道に頑張っている監督のクビを毎年のようにサッサと切ってしまうことに愛想がつきたのである。幸い、大谷選手というたぐいまれな選手が今年になって本格的に活躍しはじめたこともあり、今年見ている野球の試合はエンゼルスがらみのものが大半だ。おかげで日本の選手よりもMLBの選手の方に親しみを覚えるようになった。


ネット経由であれば、比較的簡単に海外のスポーツを見ることも海外に配信することも出来る。仮にあまり人気のないスポーツであっても、世界中のファンを集めればかなりの数になるだろう。四年に一度の五輪でたった数時間だけテレビ放映してもらうよりも、日頃からネットで情報発信し、できればライブ中継までできるようになれば、競技の普及には大きな効果があるのではないだろうか。

さて、この酷暑の中での五輪開催の元凶である米国NBCテレビの五輪番組の視聴率だが、どうやら過去最低となりそうな状況らしい。今後のテレビの衰退は必然的だから、テレビ業界の要求に完全適応してしまった今の五輪の在り方を全面的に見直す時期が今きているのだろう。

オワコン(終わったコンテンツ)という言葉があるが、テレビと五輪は既にオワコンの代表例となってしまったのかもしれない。各種目の世界選手権を、そのつど十分な時間をかけてネット配信したほうが、各種目の振興のためにはよほど有意義であるように思う。
「五輪独占放映権のNBC、期待外れの視聴率低迷で一部広告主へ補償策提案も」

/P太拝 

野坂川が氾濫する条件

先週の月曜日の7/12に中国地方は梅雨明けとなりましたが、先々週の県内では激しい雨が降り続きました。直接の死者は出なかったものの、7/7には鳥取市内の多くの地域に対して避難指示が発令されました。

対象となる人数は7/7の夜の時点で最大で、下の図-1に示すように約16.1万人と実に市人口の86%にも及びました。これは岡山県倉敷市広島県などで多数の犠牲者を出した2018年7月の西日本豪雨の際に、鳥取市の全域に避難勧告が出て以来の規模でした。

図-1 2021/7/7時点の鳥取市内各種警報(図のクリックで拡大、以下同様)

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以下、今回の豪雨の特徴について調べてみたいと思います。

 

(1)梅雨期には珍しい日本海側からの風

従来、鳥取県では梅雨の時期には河川氾濫の可能性が高まるほどの豪雨はほとんど発生していなかった。下の表に見るように、千代川水系での主な洪水は、従来は全てが秋の台風によるものであり、梅雨期の大規模な洪水は2018年(平成30年)の西日本豪雨が初めてである。この時には千代川水系では戦後二番目の流量を記録した。

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この西日本豪雨に比べれば先々週の豪雨はかなり規模が小さかったが、西日本豪雨の時とはかなり異なる特徴があった。それは山陽側ではなくて、むしろ山陰側、特に鳥取県の海岸部の降水量が多かったという点である。

2018年の西日本豪雨の時の西日本各地の全期間中降水量を下の図-2に示す。

図-2 2018/年7月 西日本豪雨の各地降水量

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鳥取県側では智頭で岡山側に匹敵する降水量を記録しているが、県全体としては岡山側よりも強雨の範囲は狭い。山陽側よりも川が短くて降水が一気に海に流れ出るという地理的条件もあって、千代川水系では氾濫の一歩手前で済んだ。この豪雨の間の代表的な天気図(図-3)を下に示す。梅雨前線が南西から北東方向に中国地方を横断する形で伸びており、この前線の南側に沿って線状降水帯が形成されたのである。

図-3 西日本豪雨時の天気図

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一方、先々週の豪雨の際の天気図はかなり様相が異なる。一番雨が激しかった7/7の天気図(図-4)では、下に示すように梅雨前線は緯度線に対して水平というよりは若干右下がり、北西から南東方向に中国地方を横断している。

図-4 2021/7/7の天気図

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前線がこの形の場合には、線状降水帯に沿って日本海の水蒸気を十分に吸い込んだ北西風が吹き込み、中国山地にぶつかり上昇して山陰側の海岸部に大量の雨を降らせる。この構造は冬に山陰が大雪になる場合と同様である。
従来は梅雨前線は水平または右肩上がりとなることが大半であり、鳥取県中国山地の風下側となるので、海からの水蒸気が山にぶつかる風上側となる山口・島根、または山陽側よりも雨量は少なかった。どのような場合に梅雨前線が今回のような形になるのかはまだよく判らないが、表面的には、7/7朝に関東付近に低気圧が発生したことで梅雨前線がそれまでの水平または右肩上がりから右肩下がりへと変化している。
(以上の天気図は「気象庁 過去の天気図」より引用)


先週の雨の降り始めからの県東部各地のアメダスの積算降水量を次の表に示す。比較のために、2018年の西日本豪雨時、及び野坂川が氾濫に近い所までいった2018年9月30日の台風24号通過時の積算降水量も併せて示す。

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(1)の西日本豪雨の時には智頭と佐治の降水量が鹿野と青谷よりも多かったが、(2)と(3)ではこれが逆になっている。後者の場合には、千代川本流よりもその支流である野坂川の方が氾濫の危険性が高くなる。

 

(2)野坂川の増水の実態

筆者が野坂川の氾濫危険性に気づいたのは、三年近く前の2018年9月末の台風24号の通過がきっかけである。その時の当ブログの記事は以下。

「台風24号は去っていったが・・」

また、現在鳥取市南西部で計画中の大規模風力発電所設置計画が、この野坂川の水害危険性をさらに高めかねないことについても、今年二月の当ブログ記事で既に指摘済である。

「鳥取市の大規模風力発電事業の問題点 ① -水害への影響-」

先週の豪雨による野坂川の増水はどうだったかを以下説明したい。まず、野坂川の増水の程度について下の図-5に示す。7/7と7/8の二回の増水ピークがある。なお、このグラフを横切る三本の線の一番上は「氾濫危険水位」4.3mを示している。

図-5 野坂川 徳尾水位計の推移

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千代川の水位が高い場合には野坂川からの放水が妨げられ、前者の水位が極端に高ければ、支流に本流の水が流れ込む「バックウォーター(逆水)」現象が起きる。同時に千代川の水位の推移も見ておく必要があり、それを図-6に示す。こちらでも二日間で二つの増水ピークがある。この二つのピークが若干越えている黄色い線は「氾濫注意水位」の4.7mである。

図-6 千代川 行徳水位計の推移

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なお、野坂川徳尾水位計は千代川との合流点から約1.8km上流、千代川行徳水位計は合流点から約1.1km上流にある。下の図に位置関係を示す。この図の右側に千代川右岸のスポーツ広場の監視カメラの映像が映っているが、この映像から、7/7 15:24にはスポーツ広場の一部が既に冠水していることが判る。(これらの図は国交省「川の防災情報」から入手した。)

図-7 千代川・野坂川の各種観測機器の配置

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次に現場での実際の増水の跡を見ておこう。次の写真は今回の増水と2018年の台風24号の時の増水とを比較したものである。これらの写真は、徳尾水位計から約100m下流の橋の上からそれぞれの増水の翌日の朝に筆者が撮影したものてぜある。

7/7の増水よりも、7/8の増水の方がより高い所まで届いており、一部ではさらに高い所にまでゴミを押し上げている。7/8の増水で倒れた草の傾きが小さいので、7/8の増水は短時間で終わったらしい。ただし、2018年の増水の時に比べれば、7/8の増水は1m弱程度は低かったようである。

図-8 野坂川徳尾での過去の増水

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さて、下流での増水を事前に予測するためには、まずは上流に降る降雨量との関係を把握しておく必要がある。野坂川流域にはアメダス観測所はないが、この明治谷の最奥の鷲峰山の南側にある峠を越えた向こう側には鹿野町河内のアメダスが設置されている。この鹿野のアメダスから峠までは約2kmしか離れていないので、鹿野アメダスの降雨量データと野坂川流域の降雨量の間には強い相関があるものと予想される。今回の豪雨では北西から大量の水分を含んだ風が吹き込んだので、鹿野町河内を通過した風がそのまま高山山塊に当たり、麓の野坂川源流部に大量の雨を降らせたのだろう。

一方、鹿野の次に近い佐治町加瀬木のアメダスは、野坂川からは最短でも約11kmほど離れているので、相関は鹿野よりもかなり弱いだろう。以下、鹿野アメダスの降雨量と野坂川の水位の関係に絞って考察することにしたい。

次の表は各豪雨時の野坂川徳尾と千代川行徳の水位ピークを比較するものであり、その中の最高水位を赤字で示している。2018年7月の西日本豪雨の時点では、野坂川の氾濫危険性について認識していなかったので徳尾のデータについては把握していない。今後入手するようにしたい。

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以下の図は、各豪雨時の鹿野降水量の推移と徳尾水位ピーク、智頭降水量推移と行徳水位ピークの関係を示したものである。降り始めから48時間または72時間までの一時間当たりの降水量の推移を示しており、上からの矢印はそれぞれの豪雨時の各水位計のピークを示している。(気象庁「過去の気象データ検索」よりデータを収集)

図-9 鹿野降水量推移と徳尾水位ピークの関係

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図-10 智頭降水量推移と行徳水位ビークの関係

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図-9によれば、今年の7/7の徳尾水位のビークは鹿野降水量のピークの7時間後、7/8の水位ピークは降水量ピークの3時間後となっている。7/7の水位ピークの立ち上げに時間がかかったのは、7/6以前の一週間の累積降雨量がわずか24mmと流域全体が乾燥していたためと考えられる。要するに、降雨量の中のかなりの割合が土壌や植生に吸収されたのだろう。7/8の水位ピークが早くも降水量ピークの3時間後に訪れたのは、流域全体が十分に濡れて、水の通り道が至る所にできていたためと考えられる。

2018年/9月のデータでも、降水量ピークの2.5時間後には水位がビークとなっている。前日からある程度の量の雨が降り続いていて、既に流域の保水力が飽和していたものと推測される。

図-10では智頭の降水量がピークに達してから2.5~6時間後に行徳水位がピークを迎えている。千代川の流域は県東部のほぼ全域に及ぶので、支流の八東川流域、さらに下流側で合流する袋川や野坂川の影響も考慮する必要があるが、智頭の降水量は行徳の水位を予測するうえではある程度の目安にはなるだろう。

ここで注意していただきたいのは、上の二つのグラフに示した鹿野と智頭の一時間当たり降水量がいずれも50mm/hを超えていないことである。先週の7/12には、一時間だけではあったが、境港のアメダスが一時間に76mmの豪雨を記録している。近年では、降水量80mm/h以上の豪雨が日本全国で年に数十件発生している。

今回は島根県東部から鳥取県中部にかけて線状降水帯が南北に行き来することで各地に断続的に豪雨を降らせたが、仮に線状降水帯が動かずに50mm/h程度の豪雨が三、四時間も続いていたら、水位が堤防を越える可能性は徳尾でも行徳でも極めて高かっただろう。もはや、県内のどの川で氾濫が発生しても不思議ではなくなって来ている。「どこで氾濫するかは、その日の運しだい」なのである。

(3)野坂川が氾濫する条件

野坂川は全長が短くて流域も狭く、さらに周辺山地の地質は崩れやすい真砂土地帯であり、既に半ば天井川に近いと言えるほど川床も高くなりつつある。上に見たように、流域に豪雨があれば短時間で水位が上がる川でもあり、氾濫の危険性は千代川本流よりも相当程度高いと言ってよいだろう。

さらに、仮に野坂川が氾濫して堤防が決壊した場合には、下流に位置する徳尾・徳吉・緑ヶ丘・安長の密集住宅地、市の商業中心地である商栄町や千代水地区には甚大な被害が発生することになるだろう。豪雨の際には、県や市から状況に応じて警報が出されるのだろうが、市民サイドとしても日ごろから豪雨に対する注意と万一のための準備とをしておく必要がある。これまで説明してきたデータから、どのような時に野坂川が氾濫するのかという条件を以下にまとめたので、今後の参考とされたい。

①「鹿野アメダスの降水量が、降り出してから半日以内に累積200mmを越えたら要注意。

 今月7/7の例では、鹿野での降り始めから10時間で累積で200mmを超え、その3時間後には徳尾水位計が最初のピークの4.4mに到達している。この時点で既に「氾濫危険水位」の4.3mを越えており、市から避難勧告が出るのが当然という状況となっている。このような状況になった場合には、上に紹介した「国交省 川の防災情報」アメダス等によって常に最新の情報を把握し続けることが望ましい。避難勧告が出た場合には、とりあえずはスマホと身の回りのものだけを持って、指示に従って素直に指定された避難所に向かうべきだろう。

②「弱い雨が長期間降り続いたり、前日に一時的に強い雨が降った後の場合、激しい雨が短時間続いただけでも急激に増水する場合があり得る。

 流域内の土壌水分量が既に飽和して保水力が失われている場合には、少ない雨量でも短時間のうちに増水する。今月7/8の水位の第二のピークがその例である。この時には再度降り始めてからの累積約100mm程度で徳尾水位の第二のピークを引き起こしている。

これから判るように、流域内の保水力は日ごろからなるべく確保しておくべきであり、そのためには流域内の山地の森林は今以上に保全すべきである。この流域内の稜線を何十kmも切り開こうとする現在進行中の風車設置計画は、下流の住民が水害に遇う危険性をさらに増すことになる。

③「鹿野の降水量が急激に増えた場合、2~3時間後には徳尾の水位も急速に上昇すると予想される。」この場合には至急安全な場所に避難すべきだ。

(4)海水面の上昇の影響

温暖化に伴って豪雨の発生頻度は今後さらに高まると予想されるが、同時に温暖化は海水面の上昇の原因にもなっている。海水面が高くなることによって、従来は海に排出されていた雨水が川にとどまり続けることで、豪雨時の水位をさらに押し上げることになる。

次の記事によると最近の日本周辺の海面上昇率は約4mm/年とのこと。このままの上昇率であれば、2050年には今よりも12cm、2100年には32cm程度上昇する計算になる。しかし、当面は温暖化ガスが今よりも増え続けることはほぼ確実だから、実際の海面上昇の速度はさらに加速するだろう。

「1mで日本の砂浜9割を水没させる「海面上昇」はどこまで進んだか」

最近発表された次の記事では、2100年までに海面が最大で2m上昇する可能性があると主張している。

「海面上昇、従来予測の2倍に 氷解が加速=英研究」

他の要因としては、気圧が下がると海面が上がるという現象が挙げられる。気圧が10hPa(ヘクトパスカル)下がると、周囲から海水が吸い寄せられることで海面が約10cm上がるとされている。標準大気圧は1013hPaだから、仮に山陰海岸に990hPaの停滞前線が居座っているとしたら、通常よりも海面が20cm程度は上がるだろう。920hPaの台風の中心では、海面は通常よりも約90cmも上がると予想される。

さらに、満潮・干潮の要因もある。山陰東部の一日の満干潮の差は夏の最大時には約40cmになるので、大潮の満潮時に豪雨に見舞われるとかなり危ないことになる。このように海面上昇には多くの要因が関わっているが、集中豪雨時に海面上昇が悪影響を与えるケースは、将来的には今よりもさらに増加することは間違いないだろう。

なお、上に挙げた各地の水位計の水位は海水面を0mと想定して決めているので、海面が上昇すればその分だけ川の勾配が減少することになる。

 

(5)いまだに防災無線に頼る「周回遅れの日本」

今月の7/7の 15:44、大正、豊実、千代水地区他に避難指示が出された時(図-1参照のこと)、筆者はちょうど千代水地区内の路上を傘をさして歩いていた。屋外にいて防災無線の放送内容がよく聞こえたので、「車が水に漬かっては大変だ!」と自分の車に慌てて戻り、さっさと対象地区外へと逃げ出したのである。放送を聞いてから数分後にヤフーの気象情報を見たが、この避難指示はまだ掲載されてはいなかった(この時には鳥取市の公式サイトは確認しなかったが、市はサイトに掲載してから放送したのだろうか?)。

こんな時に思い出すのが、中国で働いていた十年ほど前の出来事である。中国でも北京より南には梅雨期がある(そもそも、梅雨という言葉自体が中国語からの借用)。筆者はその頃は華中の某市にいたのだが、六月末のある日、その街で買って仕事で使っていた安物の携帯に突然メールが入った。見ると市政府からのメールで、「今後、当地方を集中豪雨が襲う可能性が高いから十分に注意しなさい」との内容だった。

あれから十年近く経ったが、日本で使っている携帯には未だに大半の災害情報が配信されてこない。配信されるのは、ニ、三年前にやっと送ってくるようになった緊急地震速報だけだ。なんで水害その他の緊急情報は配信されないのか?これこそ縦割り行政の弊害の典型例ではないか?

屋内にいてはほとんど聞こえない防災無線、せっかく買ったけど、常時つけているとうるさいので結局は電源を切ってしまう人が多い防災ラジオ。こんな時代遅れのシステムにいつまでも頼っておきながら、仕事をした気にならないでもらいたい。

既に国民の八割以上が持っているとされるスマホや携帯を、なんで頻発する水害対策に活用しないのか、実に不思議である。霞が関と各地方自治体の行政担当諸氏は、自分たちは自身が受け取る給料に見合った仕事をしていると国民の前で断言できるだろうか?

十年前の中国が既にやっていたことがいつまでもできないどころか、やろうとすらしない日本。こんな有様では、今までずっと自慢して居座り続けてきた「先進国の椅子」からの転落も間近だろう。

/P太拝