「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

当ブログの内容は編集者個人の見解であり、「市民の会」の公式見解ではありません。当ブログへのリンク、記事内容の引用等はご自由に!

新型肺炎ウィルスの検査数について(続き)

新型肺炎の拡散については日ごとに拡散の状況が変わっているのだが、その事態はいよいよのっぴきならない段階に達しつつあるように思う。まずは、政治家と官僚のくだらない自己保身にまつわる話から始めたい。

最初に昨日の当ブログ記事に関する補足について。次の記事は、昨日時点での国内各テレビ局の新型肺炎に関する報道状況を伝えている。残念ながら筆者は完全な朝方人間であり、最近は夜の十時を過ぎて起きていることはめったになく、このNEWS23を見たことは(筑紫哲也さんがMCであった時代を最後として)近年は記憶にない。

内容の概要は、昨日の同局の報道で筆者が見聞きした内容におおむね沿っているものだと思う。この記事は個人名義なので、Yahooでもかなり長期間掲載されるはずだ。

「「検査が遅いのは厚労省側のウラが?」新型コロナ対策で「NEWS23」上昌広さんの辛口解説を聞け!」

筆者が抱いた印象の裏付けになるが、まともに独自の視点から報道していたのはやはりTBSくらいしかなかったとのこと。他局はおおむね政府広報の垂れ流し、フジサンケイに至っては感染症の専門家すら招くことがなかったそうである(芸能人ゴシップと中韓叩きが売り物の同局に、第三者視点からの公正な報道を期待するのは元々から無理な話)。

この記事の中の文章を以下に抜粋しておこう。

「こういう緊急時にこそ、人びとが頼るべきなのは報道機関だ。緊急対応に追われる政府にも間違っている点があるのではないかと批判的に見る視点だ。ともすれば、こういう緊急時になってくると政府が発表する方針などを盲従して解説するニュースが多くなっていく。他方で、そうした政府方針そのものを批判的に捉える報道は姿を消しがちだ。・・・」

さて本日夕方、他局のニュースものぞいていたら、1chの日本海テレビ日本テレビ系列。読売新聞系列で基本的には政府寄りであるが、8chのフジサンケイ系列ほどに露骨ではない))が、ちようど重要なニュースを流していた。以下、箇条書き。

① 本日の国会における加藤厚労相の答弁では、最近の検査数は多い日で1000人程度とのことだが、2/18に約束した3800人とは大差がある。昨日のTBS報道の人数よりも大幅に増えているが、その背景についてはまだよくわからない。

② 同局が某検査会社に取材したところ、国からの依頼により検査体制を整え専任担当を四人配置したものの、未だに国からは一件も検査依頼が来ないとのこと。

③ 本日時点で、韓国では最大で一日15000人の検査体制を整え、開始してからの延べ検査人数は既に45000人に達したとのこと。

④ 本日の国会で立憲民主の議員が検査数の少なさを追求したところ、厚労相は「財源的に保健所での検査しかできない」と答弁。

以上の内容から浮き彫りになってくるのは、なるべく検査件数を抑えて感染者数を極力少なく見せようとしている安倍内閣の姿である。

④については、閣議決定で一般医療機関での検査も予備費投入で無料にすれば済むことなのに、なぜやろうとしないのか?やっぱり、東京五輪への影響を心配して意図的に感染者数を低く見せようとしているとしかみえない。

これらの決定は、無論、加藤厚労相だけの判断でできるはずもなく、トップである総理の指示でそうしているとしか思えない。検査希望者への対応をたらいまわししている間に、潜在的な感染者数はどんどん増え続けているのだろう。安倍氏にしてみれば、今さら国内感染の実態を示す希望者の全数検査など、怖すぎて絶対にできないのかもしれない。

さて、今日の報道の中で注目すべきは次のニュースである。

新型コロナ、中国・広東省 退院患者の14%から陽性反応

これが事実ならば、この夏の東京五輪の開催はあきらめた方がよかろう。この騒動が長引くことが確実となるからである。ウィルスを持っているのか、本当に治癒して他人に移すおそれがないかわからない状況では、日本を目指して多くの観戦客が押しかけてくるとは到底思えない。金儲け命のIOCも難色を示すことだろう。第一、汚染地の日本に来たがる選手が、はたして何人いるだろうか。

誰にも歓迎されない五輪は、いっそのこと開催しない方がましである。1980年のモスクワ五輪の二の舞となりかねない。「努力してきた選手が可哀そう」との声が上がるかもしれないが、暫定的に2021年の世界選手権の勝者に五輪メダルを与える等の処置も、この非常事態においてはあり得ると思う。

/P太拝

なぜ、日本の新型肺炎ウィルスの検査数は、韓国のそれの数十分の一なのか?

先ほどTBS系の夕方のニュースを見ていたら、気になる報道がありました(NHKのローカルニュースは県と市の広報の垂れ流しで、独自の視点が無くて全くつまらないので、最近の夕方のニュースはもっぱら6CHを見ている)。新型肺炎ウィルスの検査数(PCR検査数)は、ここ数日は、日本が韓国の数十分の一、日によっては百分の一以下の時もあるとか。細かい数字はメモしなかったが、昨日もテレビ朝日系で似たような報道があったとのこと。その記事を以下に紹介しておきます。

「玉川徹氏 韓国のPCR検査能力1日5000件に「日本の医療態勢が韓国以下のわけが…やってないだけ」」

フジサンケイグループはここ数日、「韓国の感染者数が日本のそれを上回った!」と大々的に報じているようだ。しかし、両国の検査数の間に圧倒的な差があることを報じないようでは、意図的なフェイクニュースまがいを垂れ流して日本人の優越感をあおることで産経新聞を買わせたりクリック数をかせいだりするという、彼らのいつもの営業手法の一環と評するしかない。

そもそも、昨日の記事にも書いたが、「2月18日からは最大1日3000件超の検査体制を整えたと加藤厚労相が発表した」という報道自体がウソだったことになる。ここ数日の検査数の実態は一日に100件程度なのである。

この理由は、昨日も書いたように「国民の命よりも厚労省管轄の公共事業優先」という背景があるのかもしれない。しかし、先ほど見たニュースの中で、ある評者が面白いことを言っていた。「今の時期に感染者数を増やすと東京五輪に差し支えるから、政府は意図的に感染者数を抑えようとしているのではないか?」

これが本当ならば、「国民の命よりも自分のメンツを気にしている安倍某なんぞは、さっさと退陣しろ!」と言いたい!自分のメンツにこだわった国のトップが適切な対応を見送っていた間に、既に、韓国以上に、日本の街中を何万人もの無自覚の感染者が歩いているのかも知れない。

もう一つ心配なのはアメリカの感染状況だ。今日現在、公式には数十人程度ということになっているが、なにしろ富裕層しか医療保険に入っていない国なのである。アメリカの実態についてはよくは知らないが、風邪をひいて医者にかかるだけでも数万円は取られるとか聞く。医者とは無縁の貧困層でどのような病気が実際に流行っているのか、米国人でさえ誰も実状を把握してはいないだろう。

既に米国内で一万人以上が死亡しているというこの冬のインフルエンザ患者の中に、この新型肺炎の患者がかなり含まれている可能性もある。医療の手の届かない貧困層でこの新型肺炎がいったん蔓延したら、中国以上に長引くのは当然予測されることだ。

国民皆保険に強硬に反対しているトランプが「アメリカは完全に感染を阻止する自信がある」とことさら強調するのも無理もない。いったん感染が広がってしまったら、彼が二期目の大統領に就任することはあり得ないからだ。

米国の株式の時価総額は世界の約半分。アメリカで感染に起因する経済パニックが始まったら、リーマンショック以上の経済的打撃を世界に対して与えることは間違いないだろう。その確率はかなり高くなってきたようだ。

念のために付け加えておくが、筆者はこの新型肺炎自体は、症例に関する報道から判断するに、従来のインフルエンザのやや強力なもの程度ではないかとみている。ただし感染力がかなり強力らしく、感染の広がり方は従来よりも速い。現代では、世界中のニュースが数十分以内に世界全体に伝わる体制になってしまったので、ニュースに対して過剰に反応し過ぎている傾向があるように思う。具体的なデータを見ながら冷静に判断することを忘れてはならない。

/P太拝

新型肺炎の記事

 先週末から花粉が飛び始めたのか、目がかゆくなって涙が出る。のども痛いし鼻水も出る。新型肺炎のせいで、どこの店に行ってもマスクが手に入らないので対応に困ってしまう。今年は鼻炎対策の薬だけだけで何とかしのぐしかないようだ。

 さて、最近読んだ新型肺炎関連の記事を何本か紹介します。

(1)「新型コロナウィルスに感染するとこうなる

三日前の記事ですが、詳しい病状が載っていて、万一感染した際の参考になります。「インフルエンザの少し強いやつ」くらいに思っていたが、読んでいるうちにだんだん怖くなってきました。

(2)「岩田教授の告発が暴いた…新型コロナを「人災」にした厚労省の大失態

神戸大の岩田教授がいったんアップした告発動画を取り下げた理由は明らかではないが、たぶん上からの強い圧力に負けたのでしょう。

内閣が設置した専門家会議のトップを出している国立感染症研究所厚労省の下部組織に過ぎない実態からみれば、今回の大失敗に終わったクルーズ船対策の責任が厚労省幹部にあることは明白。

「・・・プロの専門家でもない官僚が全体を仕切り、その結果、感染が広がって、本当の専門家には批判される。それが、いまの時点だ。これは、どこかで見た風景ではないか。そう、最初に告発した医師が死亡した中国・武漢である。・・・」 

(3)「新型コロナ、厚労省が最新検査法を導入しない呆れた理由

厚労省の対策がことごとく後手に回っている理由が書いてあります。Yahooの記事の大半は数日中に消されてしまうので、以下、肝心な部分を引用しておきます。(元々の記事は、女性セブン2020年3月5日号)

「これまで1日1000件程度しか行えなかったPCR検査を、2月18日からは最大1日3000件超の検査体制を整えたと加藤厚労相が発表した。しかし、ここにも大きな問題が潜んでいる。
「スイスの製薬会社『ロシュ』が開発した遺伝子検査キットで、喉の粘膜をとればいいだけの簡単なものも、すでに実用化されています。しかし、日本政府はなぜか頑なに導入していません。理由は、厚労省が検査方法を独自開発するために予算をつけ、公共事業にしたからです。最初からロシュの検査キットを使っていれば、クルーズ船の感染拡大をもう少し抑えられたかもしれません」(前出・上さん)・・・」 

「ナビタスクリニック理事長の久住英二さんも、厚労省の“不手際”を指摘する。
『中国ではすでに、CT検査が有効という論文があがり、すぐに切り替えました。しかし、厚労省はそうした最新の検査法を導入していません。感染が流行った国が対応している方法や論文を見て対応すべきなのに、どういう検査が優れているかという最新情報を知らないんです。その結果、本当は陽性なのに陰性と判断される人が増えています。
 しかも、ワクチンに関しても、国内のワクチンメーカーは厚労省天下り先なので、日本で作ろうとしている。なぜ海外のメーカーと協力体制をとらないのか。国民の健康を省みないため、あらゆる対応が後手に回っています』・・・」

 自分の天下り先を守り、「自省の縄張りとしての」公共事業の権益と枠組を死守しようとする厚労省。日本では、国政だけでなくて地方行政でも日常的に見る構図だ。

官僚や政治家が「国民を守るよりも自分の保身の方を最優先する」という点については、日本も中国と同質なのである。

/P太拝

教育問題がらみの漫画の紹介

 さきほど読んだ漫画の紹介です。

「成人式、普通に行けなくてごめんなさい」

 私はこの漫画の作者の深谷さんよりも一回り近く年上ですが、成人式の日は式に出ないで街でパチンコしてましたね。確かに我々の世代にも、人と違うことをやる方がカッコいいという雰囲気はありました。

 また、自分が小学校、中学校に通っていた間、勉強のできる子と、できない子、可愛い子と、そうでもない子、クラス全員のそれぞれが自分の居場所が確保できていたように思います。誰かがいじめが原因で学校に来なくなったという記憶は全くありません。皆、学校に来るのが大好きだったようです。ただし、家庭の貧困のためと当時推測したのだが、長期欠席後に学校に全く来なくなった同級生が中学時代に二人いました。

 最近、学校でも会社でも、みんなと同じようにふるまわないといじめを受けるという同調圧力が年々強まるのはなぜなんでしょうか。管理する側にとっては、その方がやりやすいのは確かですが。でも先生の側でもいじめられる先生が増えていると聞きます。他者に対する不寛容さが、日本社会にまん延しつつあるのかもしれません。

 自宅にいる日には、15h過ぎに近くの中学校の生徒が帰宅する姿をよく見かけます。女子生徒はたいてい二、三人で楽しそうに笑いあいながら歩いているが、中には 一人で下を向いたまま悲しそうな表情で足早に帰っていく女の子もいます。「この子、大丈夫だろうか」とよく思います。その点、男子生徒は一人で歩いていても、たいていはあっけらかんとした表情です。

 もう一つ、これも教育にまつわる漫画。

「「それだけは言ってほしくなかった」不登校だった母の内面」

 「オンライン学習+不登校」で検索してみると、サイトがたくさん出てきます。自宅にいてもネット経由で十分な学習ができるようになったのだから、毎日学校に行かなければならないという固定観念からそろそろ解放されたほうがいいように思います。

/P太拝

新型肺炎に思う、これからの中国

  以前、中国で一緒に働いていた知人が、現在は華北の某市に住んでいます。連日の報道にだんだん心配になり、先週メールで現地の状況を問い合わせてみました。帰ってきた返事は「マスク不足でほとんど外出できなくなってしまい、実に困っている」とのこと。

 わずかでも送ってあげれば助けになるかと思い、さっそく鳥取市内のドラッグストアやスーパーを数軒回ってみました。しかし、どこに行っても、本当にマスクがない!どこの店でも、マスク売り場だけがほぼ空っぽという異常な状態。数個だけ棚においてある店もあったが、その横には「一家族につき一個だけ販売します」との張り紙。これではどうしようもない。

 家に帰って家族に話したら、「先月から既にマスク不足、世間知らず。」と笑われました。これだけマスク不足が深刻だとは思わなかった。もしも、これから日本でも感染が広まってしまったら、我々もマスク不足で苦しむことになりかねない。

 そんなこんなで心配になり、今回の新型肺炎の蔓延状況について改めて調べてみました。

・死亡率 「新型ウイルス、全国の死亡率は2.1%、 武漢は4.9% 中国衛生当局」

 「2/4の時点で、死者は湖北省に集中していて全国の97%を占め、湖北省の確定感染者の死亡率は3.1%。武漢市の死者数は全国の74%を占め、武漢市の死亡率は4.9%」。対して「湖北省を除くその他地域の死亡率は0.16%」とのこと。

 武漢市の死亡率が異常に高いのは、既に感染してしまった膨大な患者数に対して医療体制が全く追い付いていず、実質的に医療現場が崩壊してしまっているためと推測されます。発生患者数が少ない湖北省以外の中国国内では、従来の医療体制で対応できるために症状が悪化する例は極く少ないようです。

 

・日本国内での蔓延の危険性について

 医療当事者による最近の記事を以下に三件紹介しておきます。上に述べた「湖北省以外の中国国内」と同様に、患者の発生が単発的であれば現在の日本の医療体制で十分に対応できるので、それほど恐れる必要はないとのこと。用心するに越したことはありませんが、健康な人に関しては通常のインフルエンザよりも少し危険度が上がるという程度のようです。ただし、免疫力が低下している高齢者、および持病を持っている人に関しては、十分に注意する必要があります。

「新型コロナウイルス、メディアは危険性を強調しすぎ? 専門家「日本の感染拡大予防策はおおむね成功」」

「新型コロナウイルス感染症 実際に診た医師の印象」

「ワクチンも治療法もない新型肺炎。一般人ができる最大の「防衛策」は?」

 
 さて、この新型肺炎騒動は今後の中国に対してどのような影響を与えるのでしょうか。経済的な影響については連日のように報道されているので、あらためてここに書くまでもなく、以下、社会的な側面について考えてみたいと思います。

 そもそも、武漢でこれほどまでに感染が広がった原因が、湖北省武漢市の幹部に蔓延している「上部からの指示待ち」体質にあることは明らかです。

「新型肺炎は人災、「習近平に追従」で出世の弊害露呈 」

 上ばかり見上げては上司からの評価に一喜一憂し、人民の困窮に目をそらして彼らから取り上げた税金に寄生しているだけの「ヒラメ官僚」や「カレイ小役人」の増加はなにも湖北省だけに限ったことではないらしい。政治体制がトップダウンになればなるほどに、この種の役人が増えていくのは間違いない。中国に限った話ではなくて、長期政権が続く日本でも同様に隠蔽官僚が増えていることは、日々の新聞の紙面を見ればすぐに判ることだ。

 ただし、日本の役人の隠蔽体質がまだ中国ほどにはひどくないのは、日本社会の意思決定プロセスが主としてボトムアップによっているためだろう。組織の中に気骨ある人間が存在する場合には、部下であっても上層部に対して上からの方針と異なる対案を逆提案することもおおむね許されている。日本社会の弱点は、むしろ、組織の上層部があまりにもリーダーシップを取りたがらないという点にあると思う。

 先月末から一連の新型肺炎に関する記事を読んだり見たりしていて、筆者が注目したのは一週間ほど前に見たTBS系列のテレビ報道でした。武漢市内の医療スタッフが出勤の交通手段の確保ができずに困っている中、ボランティアの青年が無償で自分の車を運転してスタッフを病院まで送り届けていました。市政府があてにならないので、自分たちで自主的に行動する姿勢が生まれつつある。

 このようなボランティアの登場は、2008年の四川大震災の辺りから目立つようになってきています。無能で隠蔽体質の役人を批判していても一向にラチがあかないので、自ら行動して社会を良くしていこうという積極的な市民が増えているようです。

 もう一つ注目した記事は、ボランティアの登場とは対照的な、復古的な動きについてのものです。

「新型肺炎ショックが、中国共産党の「致命的弱体化」をさらけ出した」

 中国の伝統的な統治体制では、科挙中央政府に採用された役人は全国各地を転々と異動するのですが、彼らの統治は県レベルよりも上の領域にとどまり、県を構成する数多くの農村集落内の統治はそれぞれの集落の自治に任されていました。集落は主として父系を同じくする宗族ごとに構成されており、現在でも「李家村」(李家の村)とか「王家村」(王家の村)というような集落名が至るところに残っています。

 中央政府の法律は集落内までは及ばず、現代でも中国人が国の法律を軽視する傾向にあるのは、この伝統が影響しているようです。また、中国人の、いったん人間関係ができた人に対しては非常に手厚くもてなすが、無関係な人に対しては極めて冷淡な傾向があるというのも、この宗族意識の延長線上にあるのではないかと思います。「国家は税金を取り立てるだけで、結局はあてにはならない。本当に頼りになるのは、親戚をはじめとする身内だけ。」というのが中国人の本音でしょう。

 この宗族を基本とする集落自治体制は、1949年の共産党政権の成立後に徐々に解体され、1966年から始まった文化大革命で個人が直接共産党に結び付くことを強制されたことにより、いったんは完全消滅したかのように見えました。しかし、結局、共産党は宗族に代わる新たな中国社会の紐帯とはなりえなかったようです。今世紀に入ってからの中国共産党による法輪功への大弾圧、最近の無認可キリスト教会に対する大規模な打ちこわしなどは、国民相互を結びつける社会の紐帯としての宗教団体の台頭を中国共産党が何よりも恐れていることの裏返しです。

 話は脱線しますが、華南の工場で働いていたころ、休日に市内の仏教寺院を訪問したことがありました。意外に思ったのは、参拝者の多くが若い世代であり年配者が少なかったことでした。若い世代ほど精神的にすがる何かを求めているように見えました。ちなみに、お寺の壁には「中国仏教界は、中国共産党の全面的な指導の下に活動しています」というような意味の文章が大きく掲げられていました。

 今回の新型肺炎騒動がなかなか収束しない場合、あるいはこれがきっかけで中国経済が大幅に落ち込んだ場合、習近平体制の信頼の失墜は当然予想されることです。国民に選挙で信任されていない中国共産党がその独裁的統治の正当性の根拠としているのは、かっては「侵略者の日本軍を追い出した」ことでしたが、現在では「順調な経済発展により国民をみな豊かにするという政府の約束と、それに対する国民からの期待」にしかありません。いったん経済が落ち込めば、「かっての宗族集団や地域小集団の方が、共産党よりも頼りになる」という意識が生まれかねません。

 昔の貧困な中国を知っていて「中国の急速な経済発展は共産党の指導のおかげ」と考える傾向が強い文革経験世代は既に中国国民の半分以下となり、順調な経済発展の時代しか知らない四十才台以下が国民の過半数となっています。経済のつまづきが中国政治の大転換に直結することは大いにありうることです。

 中国経済の動向は各都市の不動産価格の動向を見るのが判りやすいと思います。中国人が日本に来て爆買いができるのも不動産価格の高騰があればこそです。現在の大都市のマンション価格は既にかっての日本のバブル期以上と言ってよく、中央政府は不動産価格の急落を必死になって食い止めようとするでしょうが、今回の肺炎騒動をきっかけにいつ暴落が始まってももおかしくない。中国経済がパニック化すれば日本経済に与える影響も深刻でしょう。今後の中国の地価動向に要注目です。

/P太拝

いい記事がありましたので紹介します

今日、ぼんやりとあれこれいろんな記事を読んでたら、なんともいい記事がありました。以下、紹介しておきます。なんだか、現代の神話を読んでいるような気分になりました。

「甘えない男の子に渡せなかったぬいぐるみ 27年後にかけた言葉」

藤元さんやお二人の老夫婦のような人たちが増えたら、もっと住みやすい世の中になるのでしょうね。

人に期待ばかりしていないで、まず自分がそうなるべきなんでしょうけど。

/P太拝

少し以前の中国(2)-食事-

今回は中国の食事に関する話題です。

・主食

 先回書いたように、華北より北では米ではなく麦類が主食で、米の炊き方を知らない主婦や、炊飯器を持っていない家庭も多い。小麦を挽いて粉にし、食卓に並ぶ時にはマントウ、麺類、餃子などに姿を変えている。マントウ(饅頭)は具が入っていない蒸しパンのようなもので、朝食や昼食時にはよく食べられている。最初に食べた時には「全然味が無い、マズイ」と感じたものの、周りにならってスープに漬けたりオカズを載せて食べているうちに、だんだんと麦本来の味を感じるようになりました。

 麺類は、一般的には、はっきり言って全然おいしくない。華北のある程度の店での食事では、最後に小鉢に入れた麺類が出て来るが、ほとんど味のないスープに、これまたコシの無い麺が浮かんでいる。主菜には色々と工夫を凝らしはするものの、こと麺類に関しては美味しくしようとする努力が全然見られない。日本に来た中国人が日本のラーメンを称賛するのも、これでは当然と言う感じでした。

 ただ、例外的に、福建省あたりの郷土料理?らしい小エビ入りの麺には合格点が付けられる。透明なスープに細い麺、上に小エビと香菜(シャンツァイ。タイ料理のパクチー、欧米のコリアンダーと同じもの)が散らしてあり、細い麺にすっきりとした味のスープがからんで、けっこう美味しかったです。

 もう一つの例外としては北西部の「蘭州牛肉麺」が美味しかった。蘭州は内モンゴル新疆ウイグル自治区の間にある陝西省省都イスラム教を信仰する回族が多い。回族の彼らは中国各地の至る所に進出して「蘭州牛肉麺」の看板のかかった小さな店を出しており、少し大きな町ならどこでも食べることができます。いわゆるハラール料理の一種。
 牛肉からとった透明なスープに細い麺がひたしてあり、上に小さな牛肉片と香菜が載せてある。スープがおいしくて、毎回全部飲み干していた。量が少ないので、本格的な食事と言うよりは、小腹がすいた時に飛び込む店という感じ。1食で日本円で百円強くらいでした。店頭では、回族特有の白い帽子をかぶったご主人が小麦粉の塊を両手を広げて何度も伸ばして細い麺を作っていました。文字通りの拉麺(引っ張って作る麺)です。去年あたりだったか、東京にこの「蘭州牛肉麺」の店ができて、ずいぶん繁盛しているとの記事を読んだ覚えがあります。

 長江周辺から南は一転して米飯が主食。米の種類はタイやインドで食べられている細長いインディカ種ではなくて、大半が日本と同じジャポニカ種。味や食感はそこそこだが、中国産の米の問題点は、なんといってもカドミウム汚染の問題。十年位前には中国国内でもかなり報道されていて、当時の報道内容はバラバラだったが、少ない数字で中国国内産の米の一割、多い数字では約四割がカドミウムの許容値を超えていたとか。習近平時代になってからは自由な報道がほぼ不可能になってしまったので、最近の実情はよくわかりません。これでは、富裕層が日本産の米を求めるのも、もっともなこと。

 米の汚染の原因は、特に華南地区の鉱山開発や国内各地の工場排水のためとのこと。華南地区の山地の上空で飛行機の窓から下を見下ろすと、あちこちの山でレアアースなどの鉱山開発の土砂がむき出しになっていた。華北では一時的に自炊可能なマンションに数人で住んでいたことがあるが、その時には中国の東北地方産の米を買っていました。東北地方産のコメは汚染が少なく、味も日本産の米に近いとされています。

 筆者は、鳥取市内にかって存在したラーメンチェーン店Y屋のランチAセット(ラーメン+半ライス+餃子)が好きでよく食べていましたが、中国人が見たら眼を白黒させるでしょうね。「どこにオカズがあるんだ!三つとも主食ばかりじゃないか!」と。 

・料理
 一般論としては、中国人が一日に食べる野菜の量は、日本人よりもはるかに多いと感じます。昼食や夕食には、野菜だけとか野菜と肉や魚の炒め物がたいていニ、三皿は出て来る。野菜摂取量は普通の日本人のニ、三倍はあるんじゃないでしょうか。もっとも、その野菜や油が安全かどうかが大問題ですが。この種の中国での食の安全については、書き始めるとキリが無いので、別の機会に回したいと思います。

 膨大な種類がある中華料理についてこのブログで逐一コメントするのは到底無理なので、以下、思い出すままにいくつかを挙げておくだけにします。

火鍋」(フオグオ)
 最近は日本でも食べられるようになったとか。火鍋の発祥地は長江上流沿いの重慶市四川省とされているが、筆者が最初に火鍋を食べたのは北京市内でのことだった。
 中国人の工場長に案内されて日本人同僚も含めた三人で火鍋店に入ると、テーブル上には真ん中を金属板で仕切られた不思議な構造の大きな鍋が置いてあった。鍋の半分には真っ赤なスープが、残り半分には白いスープが入っていて、その表面が結構な厚さの油の層で覆われている。傍らのテーブルには肉、豆腐、何かの血を固めた寒天状の切身、山盛りの野菜等々。

 まず箸で肉をつまみ、シャブシャブ同様に煮えたぎる真っ赤なスープ中で肉片を数回振り、色が変わるのをみてから口に入れたら、辛い! 元々辛い物好きの自分ではあるが、経験した事のない「私上最強」の辛さ!その後はもっぱら白いスープ専門に転向。一方、中国滞在が既に数年の同僚と工場長は、慣れた手つきで赤いスープ専門でパクパクやっている。そのうちにこの二人、アルコール分50度弱の白酒(バイジュウ)を注文して二人で飲み比べを始めた。こちらは時々赤いスープに挑戦してはその都度退散、ビールで口をゆすぎながら飲み比べを見物。そのうちに二人ともロレツが怪しくなり、一瓶空けるころには酔いつぶれてしまった。翌朝、二人とも普段どおりにシャンとしているのにはビックリした。 

 この赤いスープには大量の唐辛子と花椒(フアジャオ)が入っていて、麻婆豆腐と同じ味付けとのこと。それにしても、火鍋は麻婆豆腐よりもはるかに辛い。以前の火鍋店は仕事仲間や家族数人で入る場所と決まっていたが、最近の中国では一人でも入れる火鍋店が登場、女性がスマホ片手に一人で鍋をつついている光景が見られるようになったとのこと。日本でも、女性が一人で吉野家で牛丼を食べていても何の違和感も感じなくなりました。日本でも中国でも、最近は世の中の常識が急速に変わっていくご時勢なのでしょう。

北京烤鴨」(ベイジンカオヤー)
いわゆる「北京ダック」。焼いたアヒルの皮を削ぎ切りにして、ネギの薄切りや味噌などと一緒に餃子の皮のようなものにはさんで食べる。日本でもどこかで食べたような記憶はあるが、中国ではじめて食べたのはこれも北京にいた時のこと。北京市内には「北京烤鴨」の有名店がいくつもある。初めは美味しいけれど、アヒルの皮の脂が多いせいか、そんなにたくさん食べられるものでもない。結局、かなりの肉を残してしまうことが多かった。

 中国では、店で食事をした際に残った料理を持ち帰る「打包」(ダーパオ)という習慣があり、店員に頼めば袋や容器などを持ってきてくれます。フードロス問題が深刻化している現在、日本でもまねして見てはどうでしょうか。

 北京での滞在は2006年から2007年にかけてのことが多かったが、オリンピック前の北京はまだ現在のように高層ビルが林立するほどではなく、大通りを荷車をひいた馬が歩いている光景を見て驚いたこともありました。行くたびに地下鉄の新しい駅が出来、車の大渋滞も頻発するようになり、古い街がどんどん壊されていく時期でした。

揚州炒飯」(ヤンチョウチャーファン)
 平日は工場の食堂で昼食を食べていたが、休日の昼食は街をブラブラ歩いてその辺の食堂で取ることが多かった。よく食べたのが揚州炒飯でした。細かく切ったチャーシューやグリンピース、コーンなどが入っている日本でもよく見かける典型的なチャーハンだが、なぜか当たり外れがなくてどこで食べても美味しい。使っている油はラードのはずなので、そこが違うのかもしれません。

辣子鶏」(ラーツージー 鶏肉の唐辛子炒め)
 ビールのつまみとして食事の最初によく注文していました。華南ではよく食べていたが、華北では店のメニューにはあまり載っていなかった。元々は重慶・四川あたりの料理らしい。辛い!辛いけれど、慣れるとやみつきになる。「ああ、また食べたい!」

酸辣湯」(スァンラータン)
 酸味が強烈な辛いスープ。華南にいた時に初めて食べたが、その夜はお腹がポカポカと暖かく、さらにゴロゴロと鳴り続けて夜中まで寝つけなかった。最近、日本のコンビニで同じ名前のカップ麺が売られているのを発見してビックリしたことがある。試しに買って食してみたが、本場のものよりはかなりマイルドになっていた。自分自身、二日酔いとか疲れた時には薄めた酢を飲むことを以前から実践しており、この料理、体には相当いいように思います。

西紅柿炒鶏蛋」(シーフォンシーチァオジーダン トマトと卵の炒め物)
 たぶん中国のどこの食堂でもメニューに載っている料理。数分間で出来て、旨くて、おまけに安い。何を注文するか迷った時には、とりあえずこれを頼むことが多かった。
 中国のスーパーでトマトを買ったことが何度かあるが、中国のトマトは日本のトマトよりもさらにまずかった。最近の日本のトマトは甘いだけで酸味が足りないと常々思っていたが、中国のトマトは酸味が足りない上に甘味も少なかった。

 こんなダメトマトでも、生食せずに火を通すと旨みを感じるようになるから不思議。日本に帰った時に何度か自分でも作ってみました。最初に卵を炒めてふんわり状態で取り出し、次に角切りにしたトマトを十分に火が通るまで炒め、最後に卵を戻して塩コショーだけで味付けするのがベストと判りました。

 筆者の舌は化学調味料にはかなり敏感で、大量に化学調味料が入っている料理はすぐに判るのだが、中国人は一般的にはあまり気にしていないようであった。ケッサクだったのは、有名シェフが料理長をしているというのがうたい文句の某店で食事をした時の事。メニューには、このシェフが北京や上海の有名店で修業をして来て数々の賞を獲得したと麗々しく書いてあるのだが、実際に運ばれてきた料理を一口食べたとたんに化学調味料の強烈な旨みが口中に広がった。周りを見渡すと、みんな平気な顔でパクパクとおいしそうに食べていた。

 自然素材から旨みを作り上げるには手間暇と材料コストがかかる。原価を切り詰める手っ取り早い方法は、何と言っても化学調味料の大量使用である。こういう店ほど宣伝上手で、かつ店の外観を飾り立てている傾向があるので、いわゆる有名店には要注意だ。それとは反対に、上に紹介した「蘭州牛肉麺」のように、たとえ外観が貧相な小店舗であっても、伝統の味を守っている店もたくさんある。これは日本でも同じことが言えるのかもしれません。

 モノを買う立場で出張することが大半だったので、訪問先で宴席に招待される機会も多かった。フカヒレやナマコ、ツバメの巣のスープなども賞味したことがあるが、正直言ってそう美味しいとは感じなかった(例外は上海蟹、実際旨かった)。中国人が日本でマツタケやタイの刺身を食べても、同じように感じるのかもしれない。我々は自分の舌ではなくて脳で賞味する傾向が強いのだろう。旨い不味いの判断の基準自体、それぞれの国の伝統文化の一部なのでしょう。

 華南にいた頃、新しく部門に配属された中国人社員と一緒に店で親睦会をする機会があった。ちょうど晩秋の時期で、中国人の部長が、宴会前の散歩の際にその辺の屋台で買った焼き栗を大量に持ち込んできた。皆で食べ始めると、これがほんのりと暖かくて香りも高く香ばしく、驚くほどおいしい。運ばれてくる料理はそっちのけで皆で焼き栗を食べ続け、あっというまに袋が空になってしまった。思いだしていると、その時のみんなの顔も浮かんできます。美味しい物を食べた時の情景の記憶は、何時までたっても覚えているものらしいです。

/P太拝

「温暖化の行きつく先は・・(1)」

 この冬は本当に暖かい。本日1/15までの鳥取市の最低気温を見ると、この冬にマイナスになったのは12/16(-0.3℃)の一日だけです。昨年の冬の場合、1/15までのマイナス気温の日は四日間でした。「鳥取の過去の天気」

 日本海の海面水温を見ると、1/上旬の平均水温は北朝鮮日本海側の水温が平年に比べて6℃も高い。前年に比べても7℃高い。この傾向は11/上旬から続いています。

 水温が平年よりやや高い程度なら、大陸から寒気が吹き出した際に水蒸気量が増えて山陰は大雪になるのだろうが、ここまで水温が高いと寒気も途中で弱まってしまうのかもしれない。気象だけでなく、漁業への影響も当然出て来るでしょう。

 さて、地球温暖化が急速に加速しつつあると言われ、この冬の異常な暖冬もその表れの一つであることには間違いないのでしょうが、その傾向を具体的なデータとして気温の推移を見てみましょう。

 下に日本全国の平均気温の推移、その下に鳥取地方気象台が記録した平均気温の推移を並べて示します。鳥取地方気象台の測定開始は1943年なので、それ以前の鳥取市での気温の継続的な記録はありません。鳥取の気温も全国の気温にほぼ同期して推移しいていることが判ります。

f:id:tottoriponta:20200115094444j:plain

「各地の気象データ」 「日本の平均気温の推移」 

 気になるのは、全期間をならした赤い線は別として、実際の気温推移(全国、鳥取ともに黒の線)が1980年以降に急速に立ち上がっていることです。鳥取ではこの期間の平均気温上昇は約1.8℃程度。年間で約0.046℃/年の上昇率。仮に、今後さらに気温上昇が加速することはなく、このままのペースが続くとしても、2050年には1.4℃、2100年には3.7℃、今よりもさらに気温が上がると予想されます。

 1982年(昭和57年)版の理化年表に記載されている各地の平均気温によると、この当時の鳥取市の平均気温は14.3℃。これが現在は1.8℃増の16.1℃になったとすると、1982年当時でこの値に近いのは福岡と佐賀の16.0℃、熊本の16.1℃です。この39年の間に、鳥取市が九州中部付近まで移動したことになります。

 2050年の予想平均気温の17.5℃はほぼ鹿児島に相当、 2100年の19.8℃は奄美大島あたりでしょうか。環境が激変して農林水産業は大変な打撃を受けることになります。

 世界的にも食料供給網が混乱して食料の奪い合いが起きるでしょう。今すぐに二酸化炭素などの温暖化ガスの排出を大幅に減らさなければ、子や孫の世代、さらにその先の世代が深刻な危機にさらされることは確実でしょう。

/P太拝

少し以前の中国(1)

 筆者が電気関係の会社の技術者であった頃、仕事の関係で中国には数十回も往復していました。筆者の担当は日本にあった既存の生産ラインを現地工場に移設、または全く新規の生産ラインを立ち上げることでした。中国製の生産機械の調達から始めて、工場への機械据え付け、試運転、量産開始に至るまでの各段階に立ち会ってきました。

 頻繁に中国に通っていたのは2005~2012年の七年間。前半は香港に近い華南地区、後半は北京より少し南の華北地区を拠点として中国各地に出張していました。訪問した都市は20近くを数えます。

 中国で仕事をしているうちに抱いた最大の疑問は、「日本人と中国人は外見上はほとんど変わらないのに、その考え方に実に大きな違いがあるのはなぜだろう」ということでした。色々なことを現地で経験し、さらに中国関係の本が目に留まれば片っ端から読んでいるうちにわかってきたことを、この場を利用して書いておきたいと思います。

 2013年以降の習近平政権になってからは、キャッシュレス等のIT化が一気に進んだ中国ですが、その根底に流れているものはまだほとんど変わっていないものと思います。中国に滞在していた当時、日本人の仕事仲間とよく話していたのは、「この国が根本的に変わるのには、三代、百年くらいかかるのではないだろうか」ということでした(いささか「上から目線的」ですが・・)。もちろん、我々の日本社会でも、どの方向に行くのかよくわからないものの、これからの百年のうちに大きく変わるのは確実なことなのです。

 世界人口の約五分の一、日本の約十一倍の人口を持つ隣の大国の動向が、好きと嫌いとに係わらず日本に住んでいる我々に大きく影響するのは間違いのないことです。今後、中国と対立するにせよ、協調するにせよ、まずはこの大国の実状について正確に把握しておくことが必要でしょう。筆者の経験が何らかの参考となれば幸いです。

 

(1)地理・気候

 込み入った話は後まわしにして、まずはとっつきやすい話題から始めましょう。現在の中国政府の公式分類によれば、中国の地域は大きく分けて六つに分けられ、北から順に以下のようになります。

東北地方(黒竜江吉林遼寧の三省。日本がかって植民地としていた旧満洲国に相当)、
華北 (内蒙古、天津、北京、河北、山西)、
華東 (山東、江蘇、上海、安徽、浙江、福建、江西)、
中南 (河南、湖北、湖南、広東、広西)、
西北 (陝西省以西)、
西南 (重慶市貴州省以西)。

wikipedia「中華人民共和国」

この中では、残念ながら西北地区と西南地区には行ったことがありません。(重慶で本場の火鍋を、四川省で本場の麻婆豆腐を食べてみたかった・・。)

 地形的には、華北・華東地区のうち北京付近から長江(揚子江)までの南北約千kmにわたる広大な地域は、山東省に泰山等の低い山地があるほかは、どこまで行っても平らな平原です。今の黄河の流れは山東省北部で渤海湾に注いでいますが、昔は数百年間にわたって江蘇省を流れていたこともあり(沿岸部に廃黄河という小さい川が残っている)、この約千kmにわたる平原全体が黄河の氾濫原であったともいえます。

 今は高速道路が縦横に走り、車で行き来していますが、19世紀までは馬が主要な交通手段でした。優秀な馬を持っていた勢力、即ち遊牧民族がこの平坦な地形を利用して軍事的には圧倒的優位に立っていました。そのことは、今日、馬の代わりに車で走っていても容易に想像できます。19世紀までの中国の歴史は、軍事力で圧倒する華北の勢力が、経済的に豊かな華中・華南を武力で支配下に収めて全土を統一するというパターンの繰り返しでした。

 この平原ばかりの地域を、高速道路や開通したばかりの高速鉄道(中国版新幹線)で何度も行き来したのですが、とにかく山がほとんどなくて、地平線にいたるまで、見渡す限り畑が続くというのが普通の景色です(もっとも、大気汚染のせいで、地平線まで見えるのはよほど条件に恵まれた時だけ)。

 山東省や河北省より北は冬から春までは一面の麦畑。初夏に麦を刈り取ってから家畜飼料用のトウモロコシの種を播き、秋にそれを刈り取るとまた麦の種を播く。これを毎年繰り返すというのが華北地区の普通の農村風景です。六月に華北の農村地帯の脇道を車で走っていると、舗装された道のうえ一面に大量の刈り取ったばかりの麦が敷いてありました。傍らに立っている農民から「この真ん中を、麦を踏みながら通っていけ」と手ぶりで勧められることが何度かありました。通行する車のタイヤを利用した麦の脱穀です。時間はかかるものの、投資コストはタダという脱穀方法でした。

 一方、北から河南省に入ると突如として水田が現れ、さらに南下して長江に近づくほどに水田が増え、見渡す限り水田ばかりという日本人には見慣れた風景になります。長江は幅数kmはある文字通りの大河で、揚州付近にかかっている橋から下を見下ろすと、無数の大小の船が切れ目なく列を作り長江の中心線を境として上流行きと下流行きに分かれて整然と航行していました。まさに物流の大動脈と呼ぶにふさわしい大河でした。これだけ大量の船が行きかって汚染も進んでいるのだから、長江の固有種であったヨウスコウカワイルカが最近絶滅してしまったのも、これでは当然の結果かと思いました。

 長江と常に対比される中国文明の発祥の地と言われている黄河流域についても述べておきます。。渤海湾への河口に近い地点で黄河にかかる橋を通ったことがありますが、予想していたよりもはるかに小さな川で、「これが、本当にあの巨大文明を生んだ黄河なのか?」とびっくりしました。川幅としては鳥取市を流れる千代川のせいぜい二倍くらいか。河川敷全体の幅にしても1kmもなくて、せいぜい数百m。渡った時に車の中から撮った写真を下に載せておきます。

 f:id:tottoriponta:20200110211612j:plain

 あとで調べてみたら、黄河下流では1999年までは断流といって流れが消えてなくなる現象が頻繁に起こっていたとのこと。中流までは流量豊富な黄河ですが、近年は農業用水や工業用水に大量に水を取られて、下流では細々とした流れとなっているとのことでした。華北地域の水不足の現状を実感しました。

 長江より南では山がちの地形となり、一見して日本の風景とよく似た景色が続きます。浙江省の寧波市の南にあるメーカーを訪問した時には、周りの低い山並みや、狭い谷間に散在する水田の中を流れる小川の様子などが鳥取や岡山の風景と実にそっくりで、一瞬だけ日本に帰ったような気分になりました。この時に同行していた初めて浙江省を訪れた華北出身の同僚は、山間からサラサラと流れて来る澄み切った川の流れを見て、「こんなにきれいな川を見るのは生まれて初めて!」と驚いていました。

 浙江省北部は、約二千二百年以上前の戦国時代の越の国、その北にある江蘇省は呉の国です。日本人の祖先の一部は、弥生時代水田稲作の技術を携えて日本列島にわたってきた呉や越の人々であるとの説があるのですが、この風景を見ていると「その説に納得」という気がしました。

 広東省付近になると、もう完全な亜熱帯気候です。道路沿いでは農家の人がサトウキビの茎やパイナップルをよく売っていました。滞在時に住んでいたホテルのエアコンは、冷房のみで暖房機能はありません。冬でもたまに朝方などには10℃以下になることがあり、そういう時には厚着をしてベッドで毛布にくるまっているしかなかった。海沿いのせいか夏の暑さはそれほどでもないが、高い湿度と夏の夕方の雷雨の激しさには熱帯を感じました。

 対して、北京を含む華北の天気は大陸性気候というのか、夏は暑くて冬は寒い。四月末には既に30℃を超える日も出て来る一方、八月に入ると早くも秋風を感じるようになります。冬の間はほとんど雨や雪が降らず非常に乾燥していて、寒波が来るとマイナス10℃くらいまで冷え込みます。今は天然ガスの使用でかなり改善されたようですが、当時はもっぱら石炭を冬季の暖房に使っていて、その排煙と自動車の廃棄ガスによる大気汚染が深刻でした。

 ひどい時には数十m先も見えないほどの濃霧が立ち込め、こんな日には早朝から高速道路も空港も全て閉鎖。一度、12月上旬に日本に帰ろうとした時に濃霧で高速道路には入れず、やっと着いた空港では飛行機も半日以上飛ばず、結局、上海の空港で予定外の一泊を強いられたことがありました。

 一番寒い経験をしたのは二月に東北地方の吉林市のメーカーを訪問した時でした。この街から南に200kmほど行った所には北朝鮮との国境があり、有名な白頭山がそびえています。瀋陽市から車で凍り付いた道を四、五時間ほど走って、夕方にようやく着いた吉林市では既に街中が氷漬け状態。翌朝の気温はマイナス25℃くらいまでに下がっていたようです。この日の昼食に出た生煮え気味の貝を食べたら、数時間後に軽い食中毒状態となってしまい夕食をパス。その日の夜間にトイレに十回くらい駆け込んだのも忘れられない思い出です。

 当時の現地で体験した気候は上に述べたような状態でしたが、特にここ最近、急速な気候変動に伴って中国の乾燥地帯に大量の雨が降るようになり、砂漠の植生が激変しつつあるという記事が頻繁に掲載されるようになってきています。海に囲まれている日本と違って、大陸では気候変動の影響がより早く表れやすいのです。関係する記事を二つ紹介しておきます。

「中国で体験した凄まじい気候変動の前触れ「雨前線の移動」とは」

「中国・黄土高原に「緑」よみがえった 地球温暖化の思わぬ影響」 

 近いうちに、内陸の不毛な砂漠地帯が一面の大穀倉地帯へと変わる日が来るのかもしれません。温暖化でシベリア南部までもが農耕適地へと変貌し、ロシアと中国の間で、かっての領土争いが再燃するという事態すらもありうるのではないでしょうか。

/P太拝

1/25(土)に「旧市庁舎跡地利用シンポジューム準備会」を開催します。

 遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。現状、不定期なブログでまことに申し訳ありませんが、本年も引き続き当ブログを訪問していただきたく、よろしくお願いいたします。

 さて、今年の鳥取市の課題の一つとして昨年十一月に閉庁した旧市庁舎の跡地の活用問題があります。今まで市は一向に活用の具体策を示そうとしておらず、このままでは駅と県庁を結ぶ若桜街道という鳥取市の中心軸に接している、本来は市民の貴重な財産であるはずの大面積の市有地が、この先何年間も活用されないままに放置され続ける事態となりかねません。

 このことを憂慮した当「市民の会」では、市民から広く意見を聴き互いに議論を重ねたうえで、逆に市民の側から活用方法を提案していこうと考えました。

 その第一弾として今月の25日(土)の午後二時より遷喬公民館において題記の準備会を開催します。一般参加自由ですので、この問題に関心をお持ちの方はふるってご参加ください。

 詳しくは当会の公式サイトをご覧ください。

 なお同サイトには、昨年の大みそか鳥取市の人口動向等に関する記事も載せております。「自治体の人口増減は、その自治体の体温計に他ならない」と言っても差し支えないと思いますが、近年の鳥取市の人口減少速度は米子市のそれと比べて異常なほどの急減を示しています。今の鳥取市は、まさに急速な体温低下、衰退の途上にあるといって差し支えないでしょう。

 この我が鳥取市の実状を鳥取市民に広く知っていただきたいと思います。上の「準備会」の記事と併せて読んでいただければ幸いです。

/P太拝