「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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ロシア軍の残虐性の起源

 当初の予想に反してウクライナの頑強な抵抗が続き、ロシア軍がキーフ周辺から撤退を始めたことは実に朗報です。しかし、この数日の報道に見るようにロシア軍の撤退の後に市民の虐殺死体が次々と発見されており、そのニュースを聞くたびに暗たんたる気持ちにさせられます。記事の詳しい内容を読み始めると、つらくて吐き気さえも感じることもあり、見出しだけを確認して詳細までは見ないことも増えました。一体、なぜ、彼らはこんなにも残虐なのか、なぜ平気でこんな非人道的な行為ができるのか?今回はその背景を探ってみることにしました。

 なお、昨日報道された、虐殺に関与したロシア軍部隊の兵士1600人のリストの公表は実に有意義な処置だったと思います。プーチンを含めてロシアの全ての戦争犯罪人は、その残酷な行為の報いを厳正に受けるべきです。仮にロシア国内に留まる彼らに対して国際社会が手を出せない場合でも、彼らには今後の生涯にわたっていっさい国境を越えさせず、ロシアと言う名の監獄に閉じ込めておくことは、世界全体で共同監視を強めることで可能になるでしょう。

 ほかにも、前回の記事からこの約二週間の間に考えたこのウクライナ戦争に関する話題を二件ほど付け加ておきました。

(1)ロシア軍の残虐性の起源

 筆者はロシア人とは全く接点がない人生を今まで送って来たのだが、ロシアがらみの忘れられない光景を一度だけ目撃したことがある。ソ連が崩壊して数年後の1990年代前半のことだったと思うが、ロシアの軍艦が親善目的で鳥取港に来航したことがあった。

 その来航中のある日の昼間、鳥取市安長の旧運転免許センターの前あたりを車で走っていたら、水兵の制服を来た白人の外国人十数人が、全員が自転車に乗った一団となって鳥取港方面に向かって車道上をかなり広がりながら走っていた。お互いに会話し笑い合いながらゆっくりと走っている。

 「いったい、この人たちは、何なんだろう」と思いながら彼らをよけて追い越していったのだが、翌日のローカルニュースを見ていたら、ロシアの軍人が市内で自転車を大量に盗んで軍艦に積んで出航したとのこと。「あいつらがそうだったのか!」と、やっとそこで気がついた。街中に停めてあった鳥取市民の自転車を大量に盗み、軍艦に山のように積んで帰っていったのである。あきれるのを通り越して喜劇的とすらいえる、親善とはうらはらの「強盗軍隊」のお帰りであった。

 こんな泥棒だらけの軍隊は、過去はさておき21世紀の現代では、地球上のどこを探してもロシア以外には見当たらないだろう。

 1945年8月のソ連軍の旧満州国侵攻の際には、ソ連兵は至るところで日本人女性をレイプ、それを止めようとする日本の民間人男性をその場で即座に射殺した。降伏した日本人兵士の大半が不法にシベリアに送られて、長い場合には十年以上も強制的に働らかされた。日本企業が設置した工場の機械類も、根こそぎ盗まれて鉄道でソ連国内に持っていかれたそうだ。

「ソ連対日参戦」

「シベリア抑留」

「ソ連将校のレイプ、満州での飢餓 澤地久枝「すべてを話しましょう」」

 1945年には、全く同様の事態がソ連が反攻した東欧からドイツ東部にかけた地域でも発生していた。詳しくは二年ほど前にベストセラーとなった下記の本の末尾の部分を読んでいただきたい。

「独ソ戦 -絶滅戦争の惨禍-」(岩波新書)

 数日前からさかんに報道され始めたウクライナのロシア侵攻地帯での大量の民間人虐殺死体の発見も、1945年の旧満州国(現在の中国東北部)とドイツのソ連占領地帯(旧東ドイツ)で起こったことの現代的再演に過ぎないのである。

 ロシアの軍隊とは、伝統的に虐殺、強姦、誘拐、強盗の常習犯の集合体に他ならないと言ってよいだろう。こんな野蛮人だらけの軍隊を持っている国と国境を接している東欧諸国が、自国を守るために先を争ってNATOに入ろうとするのは全く当然の反応である。我々日本国民は、あらためて「日本海の存在」に深く感謝しなければなるまい。

 その一方で、ロシアに詳しい日本人の話では「ロシア人は、個人的にはみな親切でよい人たち」という評価が多い。その「個人的にはよい人たち」が、集団になると極めて残酷な行為を平気で繰り返すのは、一体なぜなのか?

 いろいろと考えてみた結果、これは、ロシアが位置している自然環境とかれらの伝統的生業、さらに過去の歴史の積み重ねに起因するところが大きいのではないかという結論に至った。今のところは専門家でもない素人に過ぎない筆者の仮説でしかないのだが、以下に一応の説明を試みてみたい。

 ロシアとその周辺国には、現代でも独裁的、かつ国民の自由と人権とを無視する専制的国家が非常に多い。東から見ていくと、北朝鮮、中国、カザフスタンウズベキスタンタジキスタントルクメニスタンアゼルバイジャンなどがそれに相当する。その他のモンゴルなどの国は、現在では選挙による政権交代が実現するようにはなったが、ごく最近までは一党独裁や一家族による国家支配が続いていた。アフガニスタンに至っては、現在、国際的に承認された政府が存在しない無政府状態にある。

 これらの国はいずれもユーラシア大陸の中央部から東端にかけて、かつ中緯度から高緯度にかけての半乾燥地帯に位置している。中国の場合にはその北部のみが半乾燥地帯に入り、中部以南は稲作を主とする湿潤地帯である。しかし中国の統一王朝の大半は、いずれも北部の出身の漢族または異民族によって建国されており、中部以南の出身者によって建てられた統一王朝は、劉邦の漢、朱元璋の明、毛沢東中国共産党王朝の三つしかない。この理由は、強力な騎馬軍団を持っていた北部が軍事面で中部と南部を常に圧倒してきたためである。20世紀以降では騎馬軍団の必要性は薄れたものの、中国の政治面では北部が中部・南部を支配するという伝統的構造が未だに続いている。

 半乾燥地帯では農耕の生産性は低い。土地が肥沃である程度の降水量があればウクライナのような麦類の穀倉地帯になるのだろうが、さらに乾燥すれば樹も生えない草原ステップとなり、羊などの放牧をする以外には生活する手段が無くなる。

 だが、その半面、馬の飼育には最適な環境となる訳で、高速で移動する神出鬼没の騎馬軍団を養成するにはうってつけの地域となる。自動車がない時代には馬が最も速く、かつ現地で餌を自給自足できる交通手段であった。平原が戦場である場合には、騎馬軍団と歩兵集団との戦いは、よほどのことが無い限りは最初から歩兵側の負けと決まっているようなものであった。

 その結果、半乾燥地帯の住民は普段は草の多い所を転々と移動する遊牧生活を送りながら、南側の農耕地帯が収穫を終える頃になると農村を襲撃して穀物、財宝、集落民を奪うという生活を毎年繰り返すことになった。中国の歴史では、漢の時代の匈奴、隋の時代の突厥、発展して元王朝となる前のモンゴルなどがこれに相当するだろう。毎年秋の農耕地帯への出撃は、襲う側の遊牧民からみれば、食べ物も、お宝も、武器などの金属製品も、美女や奴隷も、みんな同時に手に入れることができる秋のお祭りのようなイベントだったのだろう。その伝統が未だに半乾燥地帯のこれらの国の軍隊の中に残存していると見るのは飛躍のし過ぎだろうか。

 ロシアに話題を絞ると、モンゴルの支配(タタールのくびき)は15世紀末にようやく終わり、それ以降は現在のモスクワを中心とするモスクワ大公国として、さらには現在のロシアにつながるロマノフ王朝のロシアとしての発展を続けた。しかし遊牧民による専制国家であったモンゴルの文化的影響はロシアに長く残り、皇帝ただ一人のみが絶大な権力を握る一方で、国民の大多数が人身売買の対象となる無権利の農奴として貧窮生活を送るという、西欧とは全く異なる制度の国家となっていった。

 また、ロシアの歴史を語る上でコサックの存在は無視できない。15世紀ごろから現れたコサックは、現在のウクライナ南部とロシア側のドン川下流域付近とに定住し、その起源は欧州から流れて来た没落貴族や遊牧民、脱走農奴等が混成して成立した自由民集団にあるとされている。彼らは勇敢かつ残忍で乗馬術に優れ、ロシアのシベリアへの侵出に大いに貢献した。現在のロシアが巨大な国土を持っているのは、コサックがシベリアの原住民を次々に虐殺し征服していった結果なのである。

 また、皇帝の直属部隊として国内治安に辣腕をふるった。このようにロシア帝国に大いに貢献したコサックであったが、ロシア革命後には革命前に共産主義者に対して行った弾圧に対する復讐として、革命政府からの猛烈な攻撃を受けた。さらに、ソ連政府がウクライナとその周辺から食料を奪い取ったホロドモールによって、残っていたコサックもほとんどが餓死した。現時点では、本来のコサックの系統は既に絶滅してしまっている。

 話が本筋からそれるが、筆者は高校生時代には人の何倍もの乱読を繰り返していたが、小説はあまり読まなかった。日本の小説の多くは私的感情を綿々とつづるだけであり、湿っぽくて矮小な感じがして好きにはなれなかった。外国の小説、特にロシアのドストエフスキーの長編ものはかなり読んでいた。彼の小説の登場人物には神性と獣性の両面を併せ持つ人物が多いように感じるが、これがロシア人の基本的な性格なのかもしれない。ドストエフスキーの小説については別の機会に触れてみたい。

 社会人になるとロシアの小説を読む機会は減ったが、ソ連時代に書かれた長編小説、パステルナークの「ドクトル・ジバゴ」とショーロホフの「静かなドン」の二編については読んだことがある。二つとも感動的な小説で、かつ共にロシア革命の混乱期を扱った小説でもあり、革命にはかなり批判的な内容であった。にも関わらず、当時のソ連政府が前者に厳しく、後者は高く評価していたことが不思議だった。後者では、ドン川流域のコサックの一家が革命の混乱の中で家族内で敵味方に分かれて殺し合い、共に滅亡していく悲劇が書かれているというのに、スターリンは高く評価していたらしい。

 今回、この記事を書いていてようやくわかって来たのは、旧ソ連政府、さらには今のプーチン政権が、自分たちがコサックを皆殺しにしたにも関わらず、その勇敢さについては高く評価していたらしいということである。その傾向は現在も続き、一年ほど前だったか、テレビでロシア各地で青少年がコサックの服装や武器を持ち、その真似をして喜んでいる姿が紹介されていた。ロシアの全国各地に「コサック同好会」のようなものが政府の援助で数多く誕生しているそうだ。

 自分たちが滅亡させておいて今頃になってから称賛するとは、これもロシアに特有の恥知らずのエゴイズムの一種と評するしかない。おそらく、かれらの得意技である「歴史の捏造」の結果、ソ連がコサックを皆殺しにしたという歴史的事実自体が、現在のロシアの青少年には全く知らされていないのだろう。

 さて、このコサックの件でも判るように、現在のプーチン政権は、勇敢さ、自分の命を軽視する無鉄砲さ、敗者に対する無慈悲かつ冷酷な仕打ち、当面の利益を得るためにはいくらでも嘘をつけること、自己の野蛮性を誇示したがる点などの遊牧民的な特性を極めて高く評価しているように見えるのである。現在のロシア軍の野蛮性は、ロシアがモンゴルやコサックなどから継承してきた遊牧民の特性そのものに由来すると言ってよいだろう。ウクライナでのロシア軍の死者が著しく多いのも、遊牧民的無鉄砲さを上官から強要された結果なのかもしれない。

 このように考えると、個々のロシア人の個人レベルでの優しさについての説明も可能だろう。一般に遊牧民は、突然現れた見知らぬ人から泊めてくれと頼まれた場合には、食事も寝場所も喜んで提供してくれるそうである。孤立して刺激の少ない遊牧生活では、少数の来訪者は外界の情報を提供する貴重な存在であり、とりあえずは味方につけておいた方が得なのだろう。しかし、部族全体が他の集団を敵または収奪すべき存在と見定めた場合には、その相手集団は単に徹底的に殲滅すべき対象でしかないのである。自分に無害な、あるいは多少は利益をもたらしてくれる個人に対してはとことん優しくもなるが、自分が所属する集団に敵対する集団に対しては徹底して無慈悲かつ冷酷になる。この二面性こそが遊牧民的特性の特徴なのだろう。

 遊牧民一般が持つ別の特性としては、「優性思想」も挙げられるだろう。牧畜を稼業とする以上、つねに家畜の品質向上に努めなければならない。劣った性質が飼っている家畜の集団内に広まってしまえば、自分の一族全体が滅亡しかねない。家畜の雌は子供を産むことで財産を殖やすことに貢献するが、雄については繁殖のための優秀な性質を持つ少数を残して残りの雄はなるべく早く殺して食べてしまった方が得だ。劣った雄に食わせる草がもったいないからである。

 プーチンを強力に支持しているロシア正教LGBTへの嫌悪感を一貫して表明し続けているが、これは彼らが遊牧民的優性思想に支配され、家畜を見る目で人間すらをも見ていることを暗示している。雄だか雌だか即座に判断できないような存在は、プーチンロシア正教信者から見れば「何の役にも立たない連中、人間以下のゴミ」でしかないのである。

 この家畜に対する評価基準は、戦争の際の捕虜の評価基準にも当然影響する。降伏した相手集団の男は利用価値のある少数をのぞいて皆殺しにする一方で、子供を生める女は大半を生かしておく。子供を生めなくなった老女も殺される可能性は高い。現在のロシア軍が降伏した相手を、特に男性を皆殺しにしたがるのは、今後抵抗する可能性がある男を生かしておくのはコスト高という計算もあるからだろう。

 余談だが、日中戦争当時の旧日本軍は、現在のロシア軍よりもさらに捕虜に対して冷酷・残虐であった。捕虜に食わせる食料がもったいないというだけの理由で、旧日本軍は捕虜とした中国兵のほぼ全てを殺害していたのである。日中戦争における日本占領地の中には捕虜収容所が存在しなかった。獲得した捕虜は「その場で始末」していたからである。

 共産党系の八路軍の捕虜となった旧日本軍兵士が十分な食事を与えられ、その大半が生きて帰って来たのとは実に対照的だ。ウソだと思う方は、一度図書館に行って旧日本軍兵士が書いた手記を何冊か読んでみられるがよかろう。中国に出征した旧日本軍兵士の多くが、その死ぬ間際まで、自分が上官の命令によって無抵抗の中国軍捕虜を殺戮した罪悪感にさいなまれ続けたのである。

「兵士たちの日中戦争~上海での戦闘と南京攻略戦 -大量の「捕虜」の出現-」
「日中戦争実録 捕虜の扱いに見る日本陸軍のモラル 中谷孝(元日本陸軍特務機関員)」
「最前線にいた元皇軍兵士14人が中国人への加害を告白──『日本鬼子』の衝撃」

  もう一点、遊牧民の特性として挙げるべき点は「リーダーの権力の絶対化」である。詳しいデータを持っている訳ではないが、遊牧民社会ではリーダーの権威は絶対的であるように見える。チンギス・カン王朝の初期には後継者争いの際には権力の所在が一時的に混乱したものの、いったん後継者が決まれば従来からの配下は完全服従していたようだ。これは「分裂は全体の滅亡を招く」ことを何度も経験した末に確立された経験則と思われる。

 リーダーの権威は父系の系図に沿って次世代へと継承されて行く。この構図は、上に挙げた「限定された雄だけが生殖に関与できる」という家畜に対する優性思想と表裏一体の現象なのかもしれない。この傾向の行きついた果てが、現在のプーチンに見るような「皇帝制度」である。ロシアの社会制度は、誰が最終決定者の権利を有しているのかがよくわからないことが多い我が日本社会とは真反対の対極に位置している。

 以上で見て来たように、ロシアと言う民族の根本には我々農耕民族には想像もつかないような冷酷さが潜んでいる。この基本的傾向は、単に説得や教育だけで短期間に変えられるものではない。ロシアでは若年層を中心にネットで外国の価値観に触れる機会が増えてはきたが、彼らの遊牧民的性格が薄れるまでには、少なくともまだ数世代(数十年)は要するだろう。

 また、西側が今後さらに経済制裁を強化しても、ロシア国民がすぐに「プーチン追放」に立ち上がるとは到底思えないのである。そもそも、過去百年の間に、少しでも反抗的な傾向のあるロシア人はスターリンプーチンによって殺されるか、国外に追放されてしまっている。

 今のロシアに残っている人々の大半は、権威に従順で国の将来のことは指導層に丸投げし、生活の窮乏に対する忍耐力は十分にあり、関心があるは自分の当面の生活の維持のことだけというタイプなのだろう。そういう人たちの可愛い息子であっても、徴兵されて集団生活をし、上官から「ロシアの誇るべき伝統」を吹き込まれてしまうと、今回のような虐殺に手を染めるようになってしまうのである。

 日本では既に77年前に経験済みだが、経済的に追い詰められることに比例して、国民の愛国心は一時的にはさらに高まり狂信化する。本当に経済的に困窮した段階に至ると、国民はその日一日をどうやって生き延びるかということしか頭に浮かばなくなる。プーチンを打倒する可能性があるのは彼の側近層のみに限られるだろう。

 なお、以上では「遊牧民的」と言う言葉をたくさん使ったが、もちろん現時点では、遊牧民の人びとが農耕民集落を襲撃して虐殺・略奪を繰り返すという風習はとっくに廃れてしまっている。そのような風習が存在していたのはおそらく百年以上も前のことだろう。

 しかし、現代においても遊牧民の過去の風習を温存し、戦争を虐殺、強姦、誘拐、略奪をやりたい放題できる「楽しいお祭り」であるとみなしている国家組織が未だに存在していることが、つい最近判明した。それはプーチン政権とロシア軍である。このような獣的風習は人類の文明における最大級の汚点、恥辱に他ならない。このような風習は、今後、あらゆる手段を使って地上から消滅させなければならないだろう。

 

(2)独裁者の重要政策着手年齢の比較

 プーチンによるウクライナ侵略開始と同時に、習近平による台湾侵略に対する関心も高まっている。その参考になるかと思い、歴史上の独裁者が重要政策に着手した年齢を比較してみた。結果を下の表に示す。

表-1 各国の独裁者の重要政策着手年齢の比較(クリックで拡大)

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 こんな表を作ってみた理由は、人間、歳をとるとあせりが生じるからである。筆者はプーチン習近平とほぼ同年齢だが、70歳に近くなった最近では、自分は十年後にはどうなっているだろうかとよく思うようになった。十年後にはちゃんと仕事ができているだろうか、体を悪くして入院しているのではないか、認知症が相当進んでいるかも、いや既にお墓の中かも・・等々、いろいろと想像してしまうのである。やりたいことは出来るうちに早く片付けておきたいと思うようになることを、この年齢になって実感している。

 「もうあと残り少ない人生になったので、今のうちにやりたいことをやってしまう」と言っている高齢者も多い。数年前にあるイベントに出席したら、某自治体の首長氏が「自分は70歳を過ぎたから、怖いものはもうひとつもないぞ。これからは好きなようにやるんだ!」と公言されていた。善いことならいいけど、悪いことを好きなようにやられたら周囲はたまったものではない。

 上の表を見ると、歴史に残る大虐殺者であるヒトラースターリン毛沢東は、やはり比較的早い40歳代のうちに独裁権力を確立している。権力を握っている期間が長ければ長いほどその悪行の規模も膨らむように見える。現在、一番の関心の的となっている習近平が権力を握ったのは比較的遅い50歳代末であった。これは既に中国共産党の権力継承ルールが確立していたためである。

 注目されるのは、習が権力を握ってすぐの二年後にはメディア統制を始めていることである。当時、筆者は中国のニュースサイト「百度」などをよく見ていたのだが、この頃からニュースのトップには必ず習近平の動静報告(某会議に出席、某工場訪問等々)が載るようになった。その下の二番目の記事は首相の李克強に関するニュースと決まっていたが、このルールは一、二年後には守られなくなった。李首相の権威の低下を反映しているのだろう。

 また、習がメディア支配に乗り出した年齢61歳はプーチンのそれと同年齢であることも注目される。習は約二か月後には69歳になる。メディアの支配体制を構築し始めてからハ年が経ち、その支配は既に盤石になっているものと想像される。

 毛沢東に並ぶ業績を上げて中国の歴史に名を残すことを悲願としている習近平。彼は必ず台湾に侵攻しようとするだろう。既存のルール破りの三期目への就任もそのための準備なのだろう。ただし、仮に侵攻に失敗した場合には、今までに築きあげてきた国のトップの座から一気に転落しかねない。しかも、ロシアのウクライナ侵略の結果、中国の台湾侵攻に対する台湾と日米の警戒感も一気に高まってきた。習は来年には70代になり、残された時間は日々短くなっていく。いつ始めるのか? 今頃、習の頭の中では何種類かのシナリオが渦を巻いていることだろう。

 毛沢東は経済規模で英国に追い付き追い抜こうとして66歳で大躍進政策を開始した。しかし、その実践内容は初歩的な科学的知識すら欠如した幼稚極まりないレベルであり、農民の貴重な鍋や農具を大量の屑鉄に変えただけであった。その結果、彼は最高指導者の座を一時的に劉少奇に明け渡すことになった。

 プーチンは古代のキエフ・ルーシの再興を夢想して69歳でウクライナへの侵略を開始した。しかし、予想もしていなかったウクライナ国民の抵抗に会い、キーフからの撤退を開始するという醜態をさらし始めている。諜報機関の出身者にしては、自軍とウクライナの実態の把握があまりにもずさんなのである。今回の侵略がプーチンの没落の始まりとなるのだろう。

 この二人の大失敗の裏には独裁国家に特有の事情がある。ボスの機嫌を損ねることが怖くて、周囲が彼の計画の愚劣さを指摘できないのである。習近平はこの二人に比べればまだ沈着冷静であるようには見えるが、はたして実際にはどうだろうか。今回の侵略が始まるまでは、プーチンについては冷静で客観的な頭脳の持ち主との評価が一般的だったのである。

 

(3)空想的観念にとらわれた独裁者は、自国民と周辺国の国民とを不幸にする

中学生の頃に読んだSF、フィリップ・K・ディック「高い城の男」を未だに時々読み返している。ディックほどまでに精神病の世界をリアルに描いた作家は、今後もめったには出てこないだろう。代表作のひとつである「火星のタイムスリップ」を読んでいると、自分自身が統合失調症精神分裂病)に陥ったかのような錯覚さえ覚える。

この「高い城の男」では、第二次世界大戦ナチスドイツと大日本帝国とが連合国に勝利し世界制覇をなしとげてから十数年後のアメリカ社会が描かれている。いささか長くなるが、以下にその一部を抜粋しておこう。

 日本政府と秘密裏に連絡を取るためにスウェーデンの化学会社の社員に偽装したドイツ海軍防諜部のウェゲナー大尉が、日本支配下のサンフランシスコに向かう高速ロケットの中でナチスについてイメージする場面である。現在のプーチン政権のイメージに、そっくりそのままあてはまるものがあると感じてしまう。

 

「 だが、いったい狂気とは何であろうか?・・それはかれらのしているあるもの、かれらの存在の一部ではあるまいか。かれらの無意識がそれではあるまいか?かれらの他人に対する無智こそがそれではあるまいか。かれらは自分達が他の人類に何をしているのかさえ気づかず、過去にもまた現在でも、ただやたらに破壊のみ事としている。・・・

 かれらの観念 - それは宇宙的だ。地上のあそこにいる、ここにいるという人間のそれではない。抽象的なあるものである。民族、土地 - そんなものがかれらの観念だ。国民。国土。血。名誉。名誉ある人びとの名誉ではなく、名誉それ自体のための名誉。抽象こそが本物である。具体はかれらの眼に入らないのだ。善意あるもの。だがそれはここの善意の人びとではないのだ。・・・・

 宇宙的過程は、仮借なく急ぐ。生命を粉砕して花崗岩とメタンガスとに返還していく。巨大な宇宙の車輪は生命を生むために回転するが、それは一時的な気紛れに過ぎない。そしてかれら - これらの狂気の人びとは - 花崗岩と宇宙微塵とに応えようとしている。無機にあこがれている。かれらは自然界を助けたいと欲している。

 俺には何故だかわかるような気がする。かれらは歴史の犠牲者ではなく、歴史の"代行者"となろうと欲しているからだ。かれらは、神の力と同一視する。自分たちは神と同じだと信じている。そこに根本的なかれらの狂気がある。かれらは何らかの神話類型(アーキタイプ)に圧倒されている。かれらのエゴは精神病的に拡大し、かれらは拡大がどこで始まり、神格がどこで去ったか分らない。・・・

 かれらには人間が無力であることがどうしても分からないのだ。たとえばこの俺 - 俺は弱く小さい。宇宙に比べたら無価値の存在でしかない。宇宙は俺など問題にしていない。俺はまったく認められることなく生を保っているものに過ぎない。

 しかしそうだからといって、それが何故悪いのだ?そういう状態でいいのじゃないか。ところがかれらは、神の認めるものを破壊しようとする。愚かなことだ。弱小なるものであれ・・・・そうしてはじめておまえは偉大なるものの嫉妬をまぬがれることができる。・・・」 (1967年発行 ハヤカワSFシリーズ 川口正吉訳 P53-P55)

 

 観念のとりことなった独裁者は、自らを神か、神の代理人と錯覚するようになり、自分が支配している人々を戦場に向けて追い立てるのである。国の指導者層が神がかってしまうと国民に不幸が訪れることは、我々日本人が過去に体験してきた事実でもある。

 

/P太拝