先回からの続きです。
(3)各国の自給力
20世紀以降、国家間の大規模な戦争はいわゆる「総力戦」へと移行した。現代の戦争とは、自国の経済体制を極力維持しながら敵国のそれを破壊することで、結果的に軍事的優位を獲得しようとする競争であると言い換えることもできるだろう。
各国のエネルギー・食料・金属材料等の自給力は、戦争における経済的耐性を示す指標として最も重要であると考えられる。いくら最新鋭の軍備を備えていても、それを稼働させ、かつ必要な消耗品を製造するためのエネルギーや材料が無くなれば敗北は避けられない。同様に、兵士や国民が生きていくための食料が無くなれば、降伏する以外には選択肢が無いのである。
また、現実問題として、核兵器で攻撃された場合の耐性も検討せざるを得ない。人口密度が高い国の場合、人口希薄な国に比べて一発の核爆発から受ける被害がはるかに大きくなるのは当然のことである。
次の表に主要各国の一次エネルギーと穀物の自給率を示す。上から一次エネルギー自給率が大きい順に示した。穀物は家畜類の飼料にもなるため、穀物が不足すれば肉食も大きく制限されることになる。また、石油が足りなくなれば、漁に出て魚を獲ることも不可能となる。エネルギーを自給できる国は、たいていは国土が広いので穀物自給率も高いのである。
現在、過去に例を見ないほどの世界的規模でロシアに対する経済制裁が実施されているが、あまりその効果が出ていないように見えるのは、同国のエネルギーと食料の自給率が極めて高いことが背景にある。半導体の在庫が無くなればミサイルや戦闘機は作れなくなるだろうが、エネルギーと食べ物がある限りは、国内で小銃、旧式の大砲、弾薬くらいは作れるだろう。戦意の喪失さえなければ、ロシアはいつまでも戦い続けることができるのである。
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表-1 各国の一次エネルギーと穀物の自給率、人口密度、国土面積の比較
(クリックで図、表が拡大。以下同様。)
・参考文献
「主要42か国 エネルギー自給率ランキング」 幻冬舎ゴールドオンライン
「日台若手研究者共同研究事業 研究成果報告書」 日本台湾交流協会
「主要先進国食料自給率ランキング」 Image of Japan
この表からまず言えることは、日本、韓国、台湾は、地域的な小規模紛争はともかくとして、自給率の点から見れば、国を挙げての長期的な戦争はまず不可能だということである。これら三カ国はエネルギーと食料の大部分を海外からの輸入に頼っている。
韓国は地理的には島国ではないものの、敵対する北朝鮮の存在によって大陸から実質的に切り離されているので物資の輸出入は海上を経由するしかなく、ほほ島国に等しいと言ってよい。敵国によって海上封鎖が実施されれば、この三か国が何か月も戦争を続けることはまず不可能だろう。
日本は石油ショック以来、原油国家備蓄を200日分以上保ち続けて来たが、敵国が国内各地の備蓄基地(国家石油備蓄基地)にミサイルを撃ち込めばこの備蓄はすぐに燃え尽きる。次の日からは、我々がマイカーを運転することはもとより、トラックによる国内物流すらも困難になるだろう。また、日本が自給できている穀物は米だけである。小麦の輸入が止まれば、我々が毎日のように食べて来たパン、ラーメン、うどん、お好み焼き等々は、一転して高嶺の花と化すだろう。
一つの国家に対する海上封鎖という処置は、1962年10月の「キューバ危機」の際に米国がキューバに対して約一か月間実施した例がある。現在のウクライナ戦争でも、ロシアが黒海の制海権を握ることでウクライナへの海上経由の輸出入が不可能な状態にあり、ポーランド等の隣接国からの陸上輸送に頼るしかない。次回で紹介するが、中国は台湾に対する海上封鎖を既に検討中だという話もある。
日本が今後いくら軍備を充実させてみても、海上封鎖を実施されたらひとたまりもなく降参するしかないだろう。封鎖といっても、各国が競って長距離巡航ミサイルを配備するようになった現在、敵対国はその保有する艦隊を日本の周りにぐるりと配置する必要はない。
原油や食料を積んで日本に向かって航行中の民間の船に向けて、自国領土から巡航ミサイルを発射して撃沈、もしくは大破させればよいのである。射程距離1000km以上の巡航ミサイルが各国で開発されており、その多くは既に配備済である。(中国は、2012年時点で既に最大到達距離4000kmの巡航ミサイルを開発中とのこと。「Hongniao」)
このような事件が一件でも起これば、世界中の海運業者は直ちに日本への航行をいっせいに止めるだろう。自衛隊のイージス艦を日本籍の輸送船にいちいち張り付けて防衛する対策などは、数量的な面で実際にはほぼ実行不可能だろう。原油・石炭や食料、製品の原料や部品が輸入できず、国内で作った製品を輸出することも不可能になった日本は、いったい何か月持ちこたえることができるだろうか。
まさに「日本殺すにゃ、核ミサイルはいらぬ、タンカーの一、二隻も沈めればよい」のである。
最近よく聞くようになった「敵基地先制攻撃論」も、実際には絵にかいた餅でしかないだろう。移動車両や地下基地、さらには潜水艦からのミサイル発射が一般的になってきた現在、敵対国による発射の予兆を察知することは非常に困難となっているはずだ。
また反撃するにしても、敵対国内を移動する車両から巡航ミサイルが発射された場合には、どうやって発射地点をリアルタイムで精密に把握して反撃するつもりなのか。敵対国の大都市の人口密集地からミサイルが発射された場合には、そこに向かって撃ち返す覚悟はあるのか。撃ち返した瞬間から、日本の大都市も同様に報復の対象となるのである。
選挙での受けを狙った、威勢がいいだけの単なる言葉遊びにすぎない一般論ではなく、実際に敵国の攻撃を事前に思いとどめさせるに足る、有効性のある具体的な議論が必要である。
核保有国について言えば、英国とフランス(この表には記載していないパキスタン、北朝鮮、イスラエルも含む)を除けば、いずれもその国土面積が日本の8倍以上の地理的大国であることがこの表から判る。日本のような国土面積が小さな国が、大きな国土を持つロシアや中国と全面的な核戦争を行っても到底勝ち目はない。
例えば、中国が既に配備済の弾道ミサイル「東風-31」の爆発力は1メガトンであり、1945年に広島に落ちた原爆の66倍に相当する。現在、中国は核弾頭を約320発保有しているとされるが、そのうちの10発程度を日本列島に落とされただけでも、我が国には人が住めるところがほとんどなくなってしまうだろう。
東風-31とほぼ同等の破壊力を持つロシアのミサイルが、東京の新宿都庁に撃ち込まれた場合のシミュレーション結果を伝える以下の記事を参考とされたい。
「暴走プーチンの核ミサイルが「東京・新宿上空」で炸裂したら…その「地獄」を完全シミュレーションする」
攻撃されたお返しとして、中国の国土の少なくとも半分に同じ密度で核兵器を落とそうとすれば、少なくとも120発は必要になる。中国を核戦争の仮想敵国とみなした場合には、日本は1970年に批准した核拡散防止条約から北朝鮮と同様に脱退したうえで、今後、約100発以上の核兵器を製造して保有しなければならない。
さらに中国の大都市には、過去の冷戦時代につくられた核シェルターが未だに大量に存在している。数年前に話題になった、北京のいわゆる「ネズミ族」の記事に見るとおりだ(次の記事は2017年のもの)。
中国の大都市を核攻撃しても、一時的にせよ、中国国民の多くが核シェルターへと避難できる。当然、中国政府の中枢はその大半が従来のまま機能し続けることになるだろう。それに対して、現在の日本の大都市では、核戦争が起こった時に逃げ込める場所は地下鉄の駅くらいしかないのである。
さらにロシアは中国の十倍以上の約4300発の核弾頭を保有している。核保有国は、自国への核兵器による攻撃に対する備えは既に完了しているだろうから、核攻撃に対する反撃として核保有敵対国の首都に核ミサイルを撃ち込んでみても、一般市民を大量殺傷するだけに終わり、敵対国の政権はそのまま維持されるだろう。
日本の核武装の問題については次回でとりあげる予定だが、日本のような国土面積が小さな国が、今になってから独自に核武装を始めてみても、実質的な防衛効果はほとんど期待できないだろう。むしろ敵対国を刺激し、さらなる核攻撃力の増強を促すことで、日本が全面核戦争に巻き込まれる可能性を飛躍的に高めることになるだろう。
(4)各国の貿易依存度
次に各国経済の貿易への依存度と、各国間のモノのやり取りの実態を見ておこう。
表-2に各国の貿易依存度と各国の輸出・輸入に占める相手国別シェアの第三位までを示す。仮に中国が台湾に武力侵攻した場合、どの国の経済が物流面で混乱するかをこの表から推測できるだろう。
なお、貿易依存度は次のように定義される。
・貿易依存度はGDPに対する貿易額の比率。
・貿易額は貿易輸出総額と輸入総額の合計値で国際収支ベース(FOB価格ベース・所有権移転ベース)。
・貿易額にサービス輸出・輸入は含まない。
ここで「サービス輸出・輸入」とは、モノではなくサービスの形で国家間でやり取りされるオカネの動きのことで、最近ではモノの輸出入に匹敵する額に成長しつつある。
一例を挙げれば、日本にやって来た中国人観光客が日本の航空会社の便で来日し、日本資本の寿司店で寿司を食べた場合には、航空代と食事代とが日本から中国へのサービスの輸出になる。また、彼が米国資本で運営されている日本のマクドナルドでビッグマックを食べた場合には、米国から中国へのサービスの輸出となる。詳しくは次のサイトを参考とされたい。
「経済産業省 サービス貿易」
図-2 各国の貿易依存度と主要な貿易相手国
各国経済の貿易依存度については、台湾、スイス、韓国のように国の規模が小さく、かつ製造業が発達している国ほど高い傾向がある。逆に経済の貿易への依存度が低い国、要するに内需の割合が大きい国としては、米国を筆頭にインド、日本、中国と続く。日本の貿易依存度は意外に低い。
かっての日本は西側世界への製品輸出で経済成長してきたが、現在では内需中心の経済に移行していることが判る。ただし、日本の貿易依存度が低いとは言っても、上で見たように経済活動と国民生活の基礎となるエネルギーと食料の大半を輸入に依存しているので、いったんこの輸入が止まった場合には、日本はひとたまりもない。
次に国別の貿易相手国を見ておこう。この表の中に何度も登場する国を色で塗っているが、この図からわかるのは中国の存在の大きさである。特に中国からの輸入シェアが各国ともに大きな割合を占めており、中国からの輸入が止まった場合には、各国ともに大きな混乱を経験することになるだろう。
ただし、中国からの輸入が止まって本当に困るものがいくつあるかを考えてみればわかるように、国民生活や企業活動の中で中国からでないと調達できないモノというのは、実はそう多くはない。以前問題になったレアアースやタングステンなどの鉱産物に限られるようだ。中国は半導体ウェファーの材料である金属ケイ素とアルミニウムの生産でも世界生産量の半分以上を占めているが、これは同国に鉱石が偏在しているからではなく、国内の安い電力を使って大量に製錬しているためである。
衣料品、玩具、食品、日用雑貨、等々、「値段が安くて、品質もそこそこ」というのが、現在各国が競って中国製品を買っている一番の理由だろう。元々は国内で生産していた製品を、コストの面から調達先を国内または他国から中国に切り替えたというケースが大半と思われる。
仮に、台湾侵攻等の理由で現在のロシアと同様に中国に経済制裁を科すことになれば、当初は品不足で混乱するものの、時間の経過とともに国内生産や他国への輸入切り替えで対応できるようになるだろう。二年前に経験した、新型コロナ流行初期でのマスク不足と同様の流れになるはずだ。
中国を含めた各国の全体をみれば、大きく分けて、東アジア・オセアニア、北米・中米、欧州と、三つの地域の中の近隣国間でモノをやり取りしているブロック化の傾向が認められる。中国との貿易が断絶した場合には、日本、韓国、オーストラリアが特に深刻な影響を受けることになる。
中国自身も日本、韓国、台湾からは、最終的には全世界に輸出することになる電子・電気機器の部材・生産設備を大量に輸入し、オーストラリアやニュージーランドからはエネルギー資源や鉄鉱石、食料を輸入しており、これらのサプライチェーンが断ち切られれば、中国自身の経済にとっても大変な打撃となるものと予想される。逆に、これらの輸入材を積み増す動きが今後見られるならば、何らかの大規模な軍事的行動の前兆を示している可能性もあり得る。
米国については、世界各国と広く取引している傾向が鮮明であると言ってよいだろう。
(次回に続く)
/P太拝