「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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6/4福島氏の講演会に行ってきました

6/4(土)に鳥取市文化ホールで開催された、福島浩彦さんの講演会「真の地方再生を考えるフォーラム」に参加しました。来月の参院選地方区の鳥取・島根合区に出馬する予定の福島氏ですが、今回のフォーラムは地方自治のあり方に関するもの。我孫子市長の同氏にとっては、いわば得意分野です。
以下、講演の概要を紹介します。

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①全体の人口減の中での人口奪い合い?

「地方創生」とは、国が上から目線で各自治体を査定する政策。国のお眼鏡にかなったところにカネを出すことを通じて、霞ヶ関の考えを地方に押し付けている。結果として、各自治体による人口の奪い合い、自治体間のつぶし合いが生じている。

②持続可能な仕組みに変えよう!

「従来の社会の仕組みを維持したいので人口減を食い止めよう」ではなく、質を高めながら持続可能な仕組みに変えるべき。お役人には、今までの仕組みを変えないまま可能な限りしがみついていようとする習性がある。

今後、仮に出生率が大幅に上がっても、人口減少は急には止まらない。人口構成比率から見ても、今後三十年から五十年の間は日本で人口減が続くことは避けられない。現在持っている公共施設、道路・水道・下水道等のインフラを2020年以降も維持するだけの財源は、ほぼすべての自治体で確保できない。

与党が過去に実施したプレミアム商品券は、究極のバラマキ政策であり持続的効果は無い。詳しい調査によってそのことを明らかにした自治体が存在する。

さらに、各自治体が苦心して考え出したアイデアを、国の政策がつぶしている例がたくさんある。以下、その一例。

「広い面積を持つが人口が少ないある町には、もともと児童館が無かった。この町は苦心の末、『町ぐるみ児童館』構想を打ち出した。すなわち、児童館の新設はせず、町中の空いている公共施設、会社・商店の空きスペースを利用して多数の児童館を設立し町民のボランティアで運営するというもの。この構想によれば建物の新築費は不要となり、本などの物品購入費のみの発生で済む。この構想を実施しようとしていた矢先、政府が地方創生政策を発表した。
これ幸いと政府に補助金を申請したら、「創意工夫が無く、物品費のみの申請では認可できない」と言われた。さんざん検討し工夫した政策なのに、ハードを建設しなければカネは出せないなんて・・・いったい、どういうこと?」

自治体の提案に創意工夫があるか否かを判定するのは、その自治体の住民である。現地に行ったこともない霞ヶ関の役人には、自治体が提案した政策の価値を判定する資格はゼロである。

③市民の合意をどうつくるか?

従来の行政は、市民の要望はあれもこれも実現するのが基本姿勢であった。しかし、人口減少社会では財源の制約があり、本当に必要なものだけを選択しないと社会の質が高まらない。何を選び、何をあきらめるかについては、市民の合意形成が不可欠。

自分が市長をしていた我孫子市では、市長に初就任した際に、時代にあった新しい活動を支援するため、それまで出していた補助金をいったん全て廃止した。その中には、約30年間継続して補助金を受け取っている団体もあった。いったん全廃した後、継続を希望する団体には再度申請してもらい、市民からなる委員会でその必要性を審査することとした。申請が拒絶され不服がある場合には公開の場で討議対象とした。補助金は最長三年とし、継続のためには再申請が必要とした。

補助金を長年もらい続けている等の既得権を持っている人や団体に対して、その既得権を削減するべく個別に話しても、まず100%うまくいかない。しかし、公開の場で全体にからめた議論をすることで、大半が納得してもらえるようになった。

施設の廃止問題については、その施設を利用している人からだけではなく、その施設を利用しない人からも納税者の立場として話をしてもらうべきである。良い例として、高松市の「公開施設評価」制度を紹介したい。この制度では、次のような手順で施設の必要性を審議している。

(1)行政の担当職員が施設の概要を説明。
(2)施設利用者が施設の利用価値についてプレゼンテーション。
(3)この制度の管理・運用者であるナビゲーター(この人物の能力・見識が重要)が問題点を参加者に投げかける。
(4)ランダムに(無作為に)選出された市民20名が、納税者の立場で判定者として議論に加わる。無作為に選んだ場合、20名中でその施設を実際に利用している人は平均で2~3名でしかない。
(5)議論を十分に行った結果として、市民20名からなる判定者が納税者の立場で当該施設の要不要について結論を下す。
(6)市民判定者の下した結論にもとづいて、議会と市長が当該施設の要不要を最終判断する。

大半の自治体が、現在では各種の検討委員会などに公募委員を加えるようになっている。ただし、公募委員には最初から結論を決めている人が応募することが多く、何度議論を重ねても議論の内容が深まらないという欠点がある。

審議委員の無作為抽出という手法は、案外、日本人に合っている手法だと思う。自分からは手をあげたがらないが、いったん委員になった以上は、その責任を果たそうと努力する傾向があるためである。委員は公募と無作為抽出の併用で構成するのが望ましい。

④徹底して市民起点で考える

国の政策を地域に合うようにアレンジして実行するだけなら、国の支所があればよい。自治体は「自治」をやるために存在しているのである。その「自治」は市民の一人一人の想いから出発する。

市民の対話から合意を生み出し、その合意から社会を作っていく。市民から出発すると、「経済成長=しあわせ」とは違う豊かさが見えてくる。これこそが「地方再生」の原動力となる。
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・感想

上の③の「市民の合意をどうつくるか?」の内容に関して言えば(そもそも、住民投票結果を日本で初めて無視した鳥取市当局には、ほとんどの案件について市民の合意など得る気などハナからないのであるが・・・)、鳥取市の場合には、数多くの専門委員会と称する委員会の委員には、委員会が違っても同じ名前が毎回のように出て来る。

これらの委員の大半は市長が選定し任命しているので、市長のお気に入りの人物を選んでいるのだろう。公募によって選ばれたと称する委員が若干名(多くて全体の一割程度か)含まれている委員会も中にはあるが、これらの公募委員がどのような選考過程と選考基準で選ばれたのかに関する説明は、いまだかって皆無。まして、市の各審議会委員の無作為抽出制度の実現などは、今の鳥取市ではとうてい期待できるものではない。

福島氏個人の印象に関して言えば、この人は「すごくまともな人」だという印象は変わらない。彼の言葉には裏が無い。今年の2/26の記事で書いたのと同じだ。

奇しくも、前鳥取市長も来月の参院選比例区に出るようだ(福島氏は鳥取・島根合区の地方区)。対照的と言えば、この二人ほど対照的な組み合わせもめったにない。

鳥取市長は、自分の出世と権力欲のことしかアタマにない。東大法学部卒、旧建設省入省の肩書の威光を笠に着て、自分の勢力拡大のためにムダな公共事業を乱発し貴重な国の税金を食いつぶし、おまけに鳥取市民に余計な負担を背負わせた男。'70年代の田中角栄の列島改造論の中身と政治手法から一歩も前進していない時代錯誤の化石のような男だ。

彼の主張は、「国からカネを持ってくるには、自分のような中央にコネのある人物が必要だ」との一点張りだ。今の国には、ムダな公共工事を許容するような財源の余裕はまったくない。彼の人生においては、地域の自助努力で自分の生まれた地域を良くしようという発想などは最初から持ち合わせていない。「地方創生」という言葉にこれほどふさわしくない人物も、また珍しい。
 
このような恥ずべき人物が、筆者と同じ街の、同じ高校の出身であるという事実は本当に情けない。このような人物を国会議員として送り出すのは、実に「鳥取の恥」と言うほかはない。

福島氏は米子市の出身である。彼のような裏表のない率直な人物が、米子ではなく鳥取市の出身であったならば、鳥取市民のためにどんなによかったことかと思う。

まだ福島氏の講演や演説を聞いたことのない方は、ぜひ参加されることをお勧めします。公式ホームページは下記です。

/以上