「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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日本の風力発電の未来(3)-温暖化の風力への影響、日本の洋上・陸上風力の現状-

先回からの続きです。

 

(4)温暖化の風力への影響

英国やデンマークなどの北海周辺諸国風力発電に熱心に取り組んでいる背景には、この地域が人口稠密で電力需要が大きいこと、さらに一年を通じて偏西風が吹き冬季には特に強くなるために風力発電に有利であるという自然条件がある。世界各地における潜在的風力エネルギーの分布については昨年の記事で既に紹介したが、以下にNASAによる洋上風力に関するマップも紹介しておこう。

 

図-1 世界の洋上風力エネルギー地図(以下、図・表はクリックで拡大)

この図の上のほうは北半球が冬の時期の洋上での風力エネルギー平均値を、下の図が北半球が夏の時期のそれを示している。冬には北緯40~60度付近に偏西風による強風が吹くが、夏の時期には北半球の偏西風帯はさらに北のグリーンランド付近まで移動するために、この地図上には示されていない。

南半球では南緯40~60度付近に一年を通じて偏西風が吹くが、この緯度帯には陸地がほとんどなく、陸地があるとしても南米パタゴニアのような人口閑散地域だけであり、現地の電力需要はわずかである。

さらに陸地の一年間を通した平均の風力エネルギーのマップも紹介しておこう。図中の青→緑→黄→赤→黒の順に風が強くなる。上記の偏西風が吹く緯度帯以外では、海岸地帯、砂漠の辺縁部、ヒマラヤ周辺の高山地帯のように水平方向の温度差が大きくなる地域で特に風力エネルギーが高くなることが判る。

図-2 世界の陸上風力エネルギー地図

 

さて、偏西風はどのようにして生じるのだろうか。詳しくは「偏西風 -wikipedia-」を参照されたい。

赤道付近で日射で温まった空気が上昇し、南北方向に移動して緯度20-30度付近で冷えて下降する(ハドレー循環)。空気が下降することにより、この緯度付近に中緯度高圧帯(亜熱帯高圧帯ともいう)が形成される。

この高圧帯から南北の低圧帯に向かって風が吹き出すが、地球の自転の影響によりこの風の方向は北半球では時計回り、南半球では反時計回りに曲げられる。これらの高圧帯からの風が次々に重なることで、北半球の中緯度高圧帯の北側には西寄りの風が吹く地域、即ち偏西風帯が形成される。赤道付近には南北の中緯度高圧帯から吹く東寄りの風が集まることで貿易風帯が形成される。

地球温暖化で偏西風帯は今後どのように変化していくのだろうか。地球の歴史では過去に何度も現在よりも温暖な時期が存在したが、その当時、赤道付近の温度は現在とそれほど変わらない一方で、高緯度地域の気温は現在よりもはるかに温暖であった。恐竜が地上を支配していた中生代のように、南極と北極にほとんど氷が存在しない時代もあった。

今後、温暖化がさらに進行すれば、日射を受けて赤道付近から上昇した空気が冷えて下降を始めるには、現在よりももっと高緯度にまで移動しなければならなくなるだろう。北半球での中緯度高圧帯は今までよりも北に、南半球では南に移動することになるだろう。

近年の異常気象の原因として偏西風帯の蛇行がニュースに取り上げられることが多いが、長期的に見れば、中緯度高圧帯は今よりも高緯度地帯に拡がり、それにつれて偏西風帯もより高緯度へと移っていく可能性が高い。ただし、北半球の高緯度の大半は陸地が占めているのに対して南半球の高緯度はその大半が海であり、海と陸ではその蓄熱特性に大差があることも考慮しなければならない。

熱容量が大きい海水は、熱容量が小さく温まりやすく冷めやすい陸地よりも日射量の季節変動に対する応答がかなり遅れる。後でまた述べることになるが、現在の気温上昇は産業革命以前に比べて1.2℃程度、これに対してこの百年間での海面温度の上昇はその半分程度と見積もられる。要するに、現在の時点では海面上の気温の上昇は陸上の気温の上昇に追い付いていない。

海岸部のように陸と海の間の温度差が生じる所では風力エネルギーが大きくなる。南半球では陸地面積に比べて海洋面積の方が圧倒的に大きく、この陸と海の間の温度差の拡大が海岸部での風力を強める方向に作用するだろう。対して、海が占める面積が少ない北半球の高緯度地帯ではこの効果は小さく、むしろ偏西風帯の北への移動の影響の方がはるかに大きいだろう。

実際、欧州では偏西風帯の北上が既に始まっている可能性がある。次の図は近年の欧州地域での風力と太陽光の発電実績を示すグラフだが、2020-2021の冬の風力発電量が以前に比べて著しく低下している。一方で太陽光の発電量は順調に増加している。

この図は欧州地域の総発電量を示しており、風力・太陽光ともにその設備容量は年々増加しているにも関わらず、発電量実績では風力だけが減少しているのである。

 

図-3 欧州における最近の太陽光・風力の発電実績


「欧州の風力発電量減少と日本への教訓」 より

 

上のグラフは2021年冬の欧州全域での風力発電量の減少を示しているが、南欧のスペインに限れば、2021年夏から秋にかけての時点で既に大幅な風力の減少を経験していた。9月の風力発電量は前年同月比で二割低下したそうだ。
「風吹かぬスペインの教訓 再生エネ拡大、日本にも難題」

この現象は温暖化によるサハラ砂漠南欧への拡大の現れの一例なのかも知れない。今年2022年の夏の欧州は数百年に一度という極端な干ばつを経験したが、それと同時に欧州地域の風力も弱まっていたことだろう。ウクライナ戦争の影響もあり、今後も欧州の風力発電への投資はさらに拡大するだろうが、風力の低下傾向によってその投資効果は従来よりも相当程度減少するのではないか。

 

こんな予想をしている人が筆者の他にはいないだろうかと思って探してみたら、温暖化による世界各地での風力エネルギーの今世紀末までの変化を予測している2017年の文献を見つけた。その内容も紹介しておこう。なお、下に示した文献は元々の文献の要約でしかないので、試算条件の詳細については元の文献を探す必要がある。

「UK wind power potential could fall by 10% by 2100 because of climate change」

この文献中のグラフから日本に関する予測の部分だけを切り出して下に示す。

図-4 今世紀末までの日本における風力エネルギーの推移予測

このグラフは、温暖化をこのまま放置し続けた場合(2017年当時の試算では、2100年における世界の平均気温が産業革命以前に比べて4.0~6.1℃上昇と予測)に、日本での風力エネルギーがどう変化するかを示したもの。予想曲線は10本あり、それぞれが別の気象予測モデルに基づいている。

世界各地の傾向については上の文献の内容を見ていただきたい。ブラジル、オーストラリア、南アフリカなどの南半球では風力が増大する傾向にあるものの、北半球の大半の地域では風力が減少するものと予想されている。

このグラフからは、日本では2050年時点で2000年時点よりも風力エネルギーが0~10%減少、2100年時点では5~18%減少すると読み取れる。平均気温が4℃から6℃も上がれば、日本全体が亜熱帯に引っ越したような感じなのだろう。風力が二割弱減るというのはずいぶん控えめな予測のような気もする。

ちなみに、現在の世界の平均気温は、産業革命以前に比べてすでに1.2℃上昇している。この程度の温度上昇でも、その結果として既に世界の気象が大きく変化してしまっているのは日々の無数のニュースに見る通りなのである。

「世界平均気温の変化予測(観測と予測) -全国地球温暖化防止活動推進センター-」 

今後、世界が温暖化対策をいっさいせずに現状のまま放置するとも思えないが、現時点での目標値である温度上昇1.5℃未満に抑え込むのは相当に困難だろう。現実には2~3℃の上昇は避けられないのではないだろうか。直近の下に示す記事によれば、現在の各国の対策のままでは今世紀末には2.5℃の上昇になるだろうとのこと。

「パリ協定目標「ほど遠い」、今世紀末までに気温2・5度上昇の恐れ…侵略でさらに不透明に」

上の世界各地での温度上昇の予測結果については、シミュレーションの網目が粗いなどの指摘があるが、おおむねの傾向としては正しいのだろう。今後の風力発電の事業計画では、この温暖化の影響も含めて考える必要がある。

なお、日本のような島国では、海水表面温度の上昇が風力に与える影響も他の地域よりもかなり大きいだろう。この百年間で日本周辺の海水温度は世界平均の二倍以上の1.19℃も上昇しているとのことであり、その影響も懸念される。
「海面水温の長期変化傾向(日本近海)-気象庁-」

 

(5)日本の洋上風力の現状

以下、最近の国内の風力発電新設についての話題をいくつか拾ってみた。順次紹介していこう。

最初に、日本の再生可能エネルギーによる電力の買い入れ価格の動向について確認しておきたい。下の表は約一年半前に当ブログの記事中で示した2020年における電力会社の調達標準価格である。


表-1 2020年調達標準価格

次に現時点において来年2023年に予定されている調達標準価格を示す。

買取価格・期間等|固定価格買取制度|なっとく!再生可能エネルギー (meti.go.jp)より


表-2 2023年予定調達標準価格

太陽光と風力については、この三年間でさらに買入れ価格が下がっていること、入札制の対象が増えていることが判る。陸上風力でも入札制が導入されたが、2021,2022年の入札結果では入札対象外の価格を下回った例はなかった。このことからも判るように、太陽光と風力の間では既に価格面でかなりの差がついている。

日本の風力発電の設備はほぼ全量が欧米からの輸入となっているが、太陽光設備も、少なくとも住宅用を除いた事業用のいわゆるメガソーラーについては、現在はその大半が中国からの輸入となっている。下に2020年における世界のソーラーパネルの8位までのシェアを示す。中国メーカーが他国のメーカーを完全に圧倒している。

 

図-5 太陽光パネルの世界シェア

まだ詳細を把握してはいないが、中国でのシリコンやソーラーパネルの生産には中国政府による強制労働を強いられたウイグル族が関わっている疑いがある。欧米では人権保護の面で疑惑を持たれている中国の特定メーカーからの輸入を禁止する動きが既に始まっており、今後、この動きに日本も加わっていく可能性は高いだろう。

 

次に日本国内各地での風力発電所新設の現状を見ていこう。まずは最初に経産省が現在注力している洋上風力について。

洋上風力に関する最近の大きな話題は、昨年末に報道された三菱商事を主とするグループによる三海域での洋上風力の入札独占であった。三菱商事の勝因は、入札した他社の半分にもなろうかという圧倒的な売電価格の安さであった。

「衝撃の「11.99円」、洋上風力3海域で、三菱商事系が落札」


この衝撃的な低価格に対しては、専門家からは「本当にその価格が実現できるのか」という疑問の声が数多く挙がっている。代表的な意見を紹介しておこう。この論文は今年一月に公開されたものであり、当時は現在の円安は全く想定されていなかった。

「検証洋上風力入札② 低価格応札の要因と国内産業化実現の危機」

この論文の著者である京大の山家教授は、論文の末尾を次のように締めくくっている。

「・・・三菱Gの驚愕の低価格は「リスクを低く想定」と「楽観的な事業見通し」によるものと推察する。これは、非常に危い判断であり、コスト大幅上振れ、工事遅延が生じる可能性が高い。遅い運転開始時期はこれを示唆する。同社および中部電力は、何らかの理由で「取りに行った」のだと考えられる。

・・・本件は、国勢を左右する重要プロジェクトであり、私企業で失敗したら責任をとればいいというものではない。官民協議会の目的を実現する、グリーン成長戦略筆頭に挙がる洋上風力の第一号案件で失敗は許されない。国益・地域益に沿った判断が求められる。」

なお、この記事が載ったサイト「京都大学大学院経済学部 再生可能エネルギー経済学講座」では、再生可能エネルギー全般に関する数多くの質の高い論文を無料で読むことができる。再生可能エネルギーに関心がある方にはお勧めのサイトだ。


筆者も「この値段で本当にできるのか」と思ってその後の展開を見守っていたのだが、案の定、今回の急速な円安の進行が追い打ちとなり、事業の直接の関係者からも悲鳴が挙がり始めたようだ。

下の記事を全部読み通すためには有料登録が必要なので筆者は冒頭の部分しか読んでいないが、タイトルだけからでも関係者の苦境が十分に伝わってくる。

「三菱商事と鹿島建設が「巨額赤字」を押し付け合う洋上風力プロジェクトの舞台裏」

現在の円安が今後も続くようであれば(前回までの述べたように、その可能性は高いが)、おそらく上の表-2の電力調達価格も含めて根本的なコストの見直しが必要となるだろう。日本の金利も、この先いつまでもマイナスやゼロ%近辺に押しとどめておくことは不可能だろう。この数年間、経産省の肝いりで推進し民間からも大いに期待されて来た洋上風力も、どうやら雲行きが怪しくなってきたようである。

過去の実績から見ると、経産省がいったん音頭を取った国内事業はその全てが失敗したと断言してよいだろう。次の記事は日本の電子産業に関連するものだが、この洋上風力も同じような結末となりそうである。

「経産省が手を出した業界から崩壊していく…日本企業が世界市場で勝てなかった根本原因 -だから世界一だった液晶と半導体も崩壊した-」

三年も経てば担当事業を卒業して出世の階段をひとつ上がっていくことが約束されている官僚が、この先どうなるのかもわからない民間事業を発展させられるはずもない。本気で成功させるつもりがあるのなら、役所を辞めて自ら経営者に立候補すべきだろう。

民間事業者にしても、今は国内の各メーカーは洋上風力ブームに沸いてはいるが、彼らは政府からの関連予算や補助金に期待しているのであって、自ら先頭に立って本気で洋上風力で利益を上げようとする意欲があるようには見えないのである。

さて、今まで順調に発展して来た欧州の洋上風力も、最近の金利の上昇で先行きが怪しくなってきた。ユーロの政策金利は今年の6月まではずっと0%を維持してきたが、7月に0.5%になり、今年10月の時点では既に2.0%へと急上昇している。20年以上運転する風力発電施設にとっては、金利の上昇は事業の収益に直接関係する大問題のはずだ。

 

(6)日本の陸上風力の現状

次に陸上での風力発電所の新設について。最近は全国各地、特に東北地方で風力発電所の建設計画の中止、計画縮小、反対表明があいついでいる。以下、最近話題となった事例をいくつか示す。

 

「風力発電「中止ドミノ」 関西電力に続きオリックスも」

宮城県川崎町 蔵王連峰の麓に関西電力が9.66万kW、180m高の風車を最大23基を建設予定の計画を公表。宮城・山形両県の自治体が「蔵王は古来から信仰の対象としてきた聖なる山」だとして一斉に反発。宮城県知事も反対を明言し、関西電力は計画を撤回。


山形県鶴岡市等に前田建設工業が12.8万kW、180m高の風車を約40基建設する計画を発表。出羽三山のひとつである羽黒山の山頂にも風車を建てる予定。

これに対して山形県知事が「出羽三山は、山形県のみならず、東日本随一の精神文化を擁するところだ。山形県の宝でもあり、日本遺産になっている。日本の宝だ。(風力発電は)あり得ない。」と強く反発。計画は撤回された。

 

福島県昭和村他に日立造船が18.3万kW、230m高の風車を最大40基建設する計画を発表。

この地域には林野庁設定の「緑の回廊」、国指定天然記念物の駒止湿原や博士山鳥獣保護区などを含み、ブナ林も広がる。村民が使用する上水道などの水源地や木地師の集落の遺跡も残る。昭和村の村長は、「計画は自然保護、文化財保護、自然景観の保全、防災上からも大きな問題を含んでいるため、到底受け入れることができない。事業の白紙撤回を求める」と迫った。

さらに、同様の意向を示した他の3町と反対活動で連携し、環境省林野庁への働き掛けも強めた。日立造船はこの抗議に対して未だに回答していない模様。

 

宮城県石巻市他にオリックスが4.9万kW、150m高の風車を約13基建設する計画。

この地域は県の鳥獣保護区でかつ県立自然公園、さらに周辺では絶滅危惧種イヌワシの生息が確認されている。石巻市長は「イヌワシの生息地が消滅する危険があるなど自然環境への影響が懸念される」と指摘。オリックスは「計画を白紙に戻した」とのこと。

 

・JAG国際エナジー(東京・千代田)のグループ2社が徳島県那賀町などで検討してきた風力発電の二つの事業を中止することを今年8月に表明した。詳細は次の項で詳述。

 

「四国で地元反発の2事業を同時撤回、風力発電「中止ドミノ」(後編)」

この件については、徳島県知事が経産省に提出した意見書の中で特に土砂災害の危険性について指摘していることもあり、記事の一部を以下に転載しておこう。

『 JAG国際エナジー(東京・千代田)のグループの合同会社2社が2022年8月10日、それぞれ徳島県那賀町などで検討してきた2事業を中止した。自然環境への影響に加え、土砂災害の危険性を懸念する地元の自治体や住民から強い反発を受けていた。

 中止したのは、徳島県那賀町勝浦町上勝町で計画した「那賀・勝浦風力発電事業」と、徳島県那賀町海陽町高知県の馬路村にまたがる「那賀・海部・安芸風力発電事業」の2件。「那賀・勝浦」は環境影響評価(アセスメント)の第1段階に当たる計画段階環境配慮書まで、「那賀・海部・安芸」は第2段階の方法書まで、それぞれ手続きを終えていた。

 中でも、地元の反発が強かったのは「那賀・海部・安芸」だ。事業者側が公表した方法書によると、徳島県那賀町海陽町の最大1000m級の尾根沿いに、高さ最大約160mの風車を最大30基設置する。最大出力は9万4450kW。

 地元では、事業区域が年間降雨量の多い地域に位置するため、工事中の山腹崩壊など土砂災害の発生を危惧する声が強かった。那賀町の坂口博文町長と海陽町の三浦茂貴町長は21年8月、環境アセスに基づいて、飯泉嘉門徳島県知事に方法書に対する意見書を提出。いずれも事業に反対する意向を表明した。

 飯泉知事は21年10月、両町長の意見を踏まえ、環境アセスに基づいて、萩生田光一経済産業相(当時)に方法書に対する意見書を提出した。意見書では、次のような踏み込んだ表現で事業の見直しを迫っている。
 「あらゆる措置を講じてもなお、重大な影響を回避または低減できない場合、または地域との合意形成が図られない場合は、本事業の取りやめも含めた計画の抜本的な見直しを行うこと」

 飯泉知事が挙げる重大な影響の1つが「土地の安定性」だ。意見書によると、事業区域やその周辺は急傾斜かつ脆弱な地質が大半を占め、複数の断層が存在し、崩落も起こっている。台風の常襲地帯に位置し、平均年降水量が3000mmを超える。
 「今後、地球温暖化に伴い、さらなる雨量の増加も想定されることから、尾根植生の伐開や搬出入路の新設・拡幅工事などを実施することにより、土砂崩落・土石流誘発・洪水のリスクが増大することが強く懸念される」・・・ 』


「「風力先進県」で地元がノー 国内最大級の風力発電計画に“逆風”」

青森市の東部にあり八甲田山の北麓に位置する広大な山地に、国内風力発電事業者中の最大手であるユーラスエナジーHD(東京)が60万kW、最大高150mの風車を最大150基建設する計画をすすめている。この計画地域には「十和田八幡平国立公園」の一部が含まれている。

この計画に対して青森県知事は今年8月に「「再生可能エネルギーだったら何をやってもいいというものではない」と不快感を表明。資材搬入ルートの開発などに伴って大規模な森林伐採がなされれば、地元の水資源や農林水産業そのものに影響しかねないと懸念を示した。

地元の町長も「山と海はつながっている」として、町で盛んなホタテ養殖への打撃を警戒し計画反対を表明。地元住民も景観や野生動植物の生態系に悪影響が及ぶ恐れがあるとして、計画見直しを求める署名を知事と市長宛てに提出した。

この計画に関連する記事をさらに二つ紹介しておこう。


「樹齢300年ブナの森に迫る風力発電計画 建設ラッシュに反対の声」

『風車を建てる計画の尾根には、樹齢約300年とみられるブナの巨木が並ぶ。地元の山ガイド、川崎恭子さんは「環境のための自然エネルギーをうたい、森をつぶすのは本末転倒」と訴える。現地調査した日本自然保護協会の若松伸彦博士(環境学)は「伐採すれば、今のような森に戻るのに最低400年かかる。風発すべてに反対ではないが、ここは手を付けてはいけない場所だ」と話す。』

 

「8月3日 青森県三村知事 八甲田風力発電計画に明確に反対を表明」

『事業者のユーラスエナジーHD(東京)は、風車の設置計画区域を見直し、十和田八幡平国立公園普通地域を除外する方針を示している。この方針に対してこのサイトの主催者は以下のように批判している。

「みちのく風力発電事業計画地である約1万7300ヘクタールの森林面積のうち、十和田八幡平国立公園が占める面積はほんのわずかです。そこを外しますからいいでしょうというユーラスさんの計画変更案は、青森の森を守ろうと必死になっている人たちをなめています。」』

 

「唐津市七山の風力発電撤退へ 大阪の事業者 保安林の指定解除困難で」

『 脊振山系で計画されている風力発電事業を巡り、事業者の大和エネルギー(本社・大阪府)が事業から撤退する方針を固めたことが2日、市などへの取材で分かった。計画予定地に入る市有の保安林の指定解除に見通しが立たないことが要因とみられる。・・・・
 計画は「Dream Wind佐賀唐津風力発電事業(仮称)」で、発電機8~10基を設置、最大3.2万kWの出力を見込む。2024年に着工、26年の運転開始を目指していた。事業実施区域約353ヘクタールのうち、風力発電機の設置対象は175ヘクタール。唐津市所有の保安林が含まれ、開発には国による指定解除が必要となっていた。・・・

 県は昨年9月末、経済産業相に提出した環境影響評価(アセスメント)方法書に対する知事意見で、事業が地域の公的な土地利用計画に位置付けられていない点を踏まえ、「指定解除の要件に合致していない」とした。近年の豪雨による土砂災害などが続く中、保安林が果たす役割の重要性に触れ「木の伐採、土地の形状変更、工作物の新設は環境の保全上の支障が生じる恐れが強く、慎重に考えるべき」と指摘していた。・・・』

 

各地の事例を読んでいるうちに、怒りがこみあげて来るとともに、次のような思いも頭に浮かんできた。

(a)風力発電の開発業者は、地図上の地形を見ては候補地を探し、実際に現地に行って山を見あげては、「この山に何本風車を建てたら何kW発電できて、年間売り上げがいくらになるのか」ということしか考えていない。

③の八甲田山の事例でユーラスエナジーHDが、国が国民の休息と自然保護のための場所として指定した国立公園内にまで風車を建てようとしたことなどは、まさに「強欲ここに極まれり」と評するしかない。このような企業が風力業界のトップだとのこと。この業界全体のモラルも押して知るべしである。青森県知事が怒るのも当然だろう。

 

(b)彼らの頭の中には、地元の人々が先祖代々からその山にどれだけの畏敬の念と愛着とを持っていきたのか、この山から流れて来る水によってどれだけ地元の産業と人々の生活が支えられてきたのか、この山を切り開くことによってそこの生きものたちが住みかを失うのではないか、切り開いた結果として災害が頻発するのではないか等々、というようなことが一切思い浮かばない。彼らの関心は「この山に風車を建てたら年間でいくらのカネが生み出せるのか」という一点にしかない。

①の事例では、地元民の信仰の対象である蔵王出羽三山に風車を建てようとしたことは、宮城・山形県民にとってはまさに県民全体を侮辱する行為にほかならない。そのような当然のことにも配慮することができない関西電力前田建設工業が、いかに現地の住民の心を知ろうとしないのか、彼らが本社の会議室の中だけでこのような巨大プロジェクトを自分勝手に決めているのかがよく判る事例だと言ってよい。

 

(c)国連が提唱する「持続可能な開発目標」(略称:SDGs)の中には、「全ての人々の健康の確保」、「住み続けられるまちづくり」、「国内間の不平等の阻止」、「生態系の保護・回復」、「生物多様性の損失の阻止」が個別の目標として挙げられている。

上に挙げた各地の風力発電の事例では、これらの目標に対する配慮が決定的に不足している。彼ら風力発電事業者が追及しているのは、風車予定地の地域社会全体としての「持続可能な発展」を実現することではなくて、「自分の会社の持続可能な発展」だけを追求しているにすぎないのである日本各地で発生している、風車を建てたことによる健康被害、地域の過疎化、土砂流出、生物多様性の減少を見れば、このことは既に明白である。


(d)すくなくとも、上に挙げた事例に社名が出てきた風力発電事業者には「SDGsを推進している企業」を名乗る資格はない。彼らから電力を購入する電力会社にもその資格がないことはもちろんである。

 

自然の中の特定の資源だけに注目してカネを儲けようとすると、自然環境の中の他の構成要素の一切が眼に入らなくなり、直接カネに関係しないモノは全て切り捨てても構わないという発想になってしまう。

典型的な例が国内各地に残る鉱山跡地だ。例えば、足尾銅山では銅の精錬所から出る硫酸が周辺の森林を枯らし、最盛期から百年以上経っても現地の植生は未だに貧弱なままである。また山が荒れたことで洪水が頻発し、下流では多くの住民が渡良瀬遊水地の建設のために立ち退きを迫られた。

より小規模だが、鳥取県内での実例としては、例えば、扇ノ山の大根畑跡地が挙げられる。1980年代に扇ノ山の稜線から鳥取県側にかけてブナ林を切り開いて大規模な畑地を整備したが、全国からやって来た入植者は就農後わずか数年で離農してしまった。現在ではこの大根畑跡地は野生のシカの大規模な食草地となり、県東部のシカを激増させる一因となっている。結局、税金がそのまま地元の土木業者に渡っただけで終わってしまったのだが、この事業の計画当初からそれが最大の目的だった疑いすらある。多額の公的投資が何ひとつ成果を生むことなく空へと消えてしまったのである。これなども「持続不可能な開発」の典型例だろう。

世界に眼を移せば、旧ソ連時代に実施されたアラル海流域での大規模な灌漑による綿花栽培が典型的だ。過度な水利用の結果、アラル海は消滅寸前となり、周辺は砂漠化し住民も姿を消した。アラル海に流れ込むはずだった水で栽培している綿花はウズベキスタンの経済を支えてはいるが、現在でも収穫時に国内の児童に強制集団労働を強いるなどの人権問題が発生している。

中国における長江の三峡ダム建設も、今後、「持続不可能な開発」の世界最大事例になる可能性は高い。多くの専門家の反対にも関わらず、当時の指導者であった江沢民李鵬が建設を決定。2009年の完成までに周辺住民百万人以上が強制移転を強いられた。2020年の豪雨によるダム水位の上昇は記憶に新しい。今後、あれ以上の豪雨が降れば、下流の数千万人が被害を受けかねない。

 

社会主義国を自称している国には、このような「持続不可能な開発」の事例が非常に多い。権力が政府トップに集中していることがこのような大失敗を生む根本原因だろう。

「持続可能な開発」を実現するための必要条件とは、決定権の分散にほかならない。そのためには、事業者、地元住民・自治体、環境保護団体などの多数の関係者の開発計画への参加と徹底した議論とが必要不可欠である。

さて、以前から何度も書いているように、日本ほど風力発電に不適な地域は世界で他には少ないだろう。わずかな平地に人口が密集しているために風車の大半は山地に建てるしかないが、日本の山地は一般に急峻であり、その降水量は世界各国の中でもかなり多い方に属する。このような山地を切り開いて風車を建てれば、温暖化で年々激しくなるばかりの豪雨や台風によって周辺での水害や土砂崩れが頻発することは確実だろう。

上に風車建設計画に対する数多くの地元の反対例を示したが、これは国内での陸上風車の建設が既にその限界点を迎えていることを示している。化石燃料から再生エネルギーへの転換は喫緊の課題だが、だからと言って持続不可能な不適切な場所に風車を建設することは許されない。少なくとも国内での陸上風力については、もうこれ以上の新設は中止すべきだろう。

/P太拝