「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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原発廃止を参院選の争点に!

 先週、福井県の高浜原発が再稼働しました。鹿児島県の川内原発1.2号機に続いて国内三基目の再稼働です。

 現在、日本にある原発は17か所44基、このほかに廃止又は解体中のものが8か所15基 (放射能汚染事故を起こした福島第一の6か所を含む) 、さらに建設中又は計画中のものが2か所2基です。

 筆者は原発の再稼働には一貫して反対の立場です。この件については、先回('15.11.18)の記事では、巨大噴火の危険性を指摘しました。今回は、放射性廃棄物の問題、さらにテロの問題を取り上げてみましょう。

 原発建設がさかんに進められていた40年以上も前、「原発はトイレのないマンション」と呼ばれていました。核燃料を燃やした後に残る放射線量が極めて高い放射性廃棄物の処分をどうするかを決めないままに、原発建設を進めていたからです。

 政府と電力会社は、「トイレ(処分場)は必ず確保する」と言い続けてきました。しかし、40年以上たっても、相変わらず「トイレ」は一つも出来ていません。トイレの無いまま建設して40年間使ってきたマンションは、老朽化で危険となったため最近になって取り壊すことが決まりましたが、中に大量にたまった「○○コ」(失礼・・)を持っていく場所がありません。そのことが理由で、取り壊すことを中止して放置しているマンションも出てきたようです。

 まず、放射性廃棄物の種類とその処理方法を再確認してみましょう。下の表に簡単にまとめてみました。

イメージ 1
 
 
 参考資料:「放射性廃棄物」 「地層処分
 
 これを見ると、すでに処分が始まっているのは放射能が低レベルの廃棄物に限られていて、L1以上の高レベルのものについては全く手がついていません。高レベルの廃棄物の処分が進まないために、日本各地で様々な問題が発生しているようです。


 福島の事故の反省から、建設して40年以上経った原発廃炉になることは決まったものの、処分場が決まらないために廃炉工事に着手できないとのこと。また、使用済み核燃料も、再処理工場が止まっているため再処理すらできず、各地の原発に貯められたままになっているとのこと。
 関西電力は中間貯蔵施設を福井県外に作ることを約束したようだが、電力会社が原発廃棄物に関して自治体と約束したことが守られた例はほとんど無いのではないか。この約束もまた、「ウソの上塗り」のたぐいでしょう。

 L1については、六ヶ所村で処分開始となる可能性はまだ残っているようだが、使用済み燃料も含めた高レベル放射性廃棄物については、全く処分場建設の目途が立っていません。次の記事によると、政府が要請した自治体向けの説明会にさえも出席しない自治体がたくさんあるそうです。


 結局、少なくとも今後数十年間は、「核のゴミ」が各地の原発に敷地内にたまり続ける可能性は極めて高い。廃炉が決定した原発も、工事が始まらないまま放置され続けることになるでしょう。再稼働を選択するなどというのは、処理できない「核のゴミ」をさらに増やし続けるという、最高の愚策でしかない。

 高レベル廃棄物を大量にため込んだ原発が全国各地に約60基も分散しているという事実は、日本社会が抱えている極めて大きなリスクです。原発を持っている国の中で、日本ほど地震と火山噴火の発生頻度と密度が高い国はほかにはないことが第一のリスク。第二のリスクは原発をねらったテロです。発生確率としてはこちらの方が高いのかもしれない。

 想像してみてください。稼働中や休止中の原子炉、又は、高レベル放射性廃棄物や使用済み燃料の保管庫に、ミサイルや大砲の砲弾がたったの一発でも命中したらどうなるか?一瞬にして福島の事故の再現です。半径数十km以内の数十万人の住民は、自分の家を捨ててどこか遠くに避難することになる。大都市の近くで発生すれば、数百万、数千万人の日本人がどこかに避難しなければならないかもしれない。

 ミサイルは核ミサイルである必要は全く無く、通常火薬を詰めた小型誘導ミサイルで十分。放射能を周辺にまき散らすことだけがテロの目的なのですから。人が手に持って運べる程度の小型の対戦車ミサイルであれば、一発が数百万円で手に入るようです。


 紛争が絶えないウクライナや中東地域では、大国が代理戦争を戦う勢力に大量の兵器を無償援助していることでしょう。それらを闇市場横流しして利益を得ている連中はたくさんいるだろうから、もっと安価に手に入るのかもしれない。小型ミサイルを手に入れた少人数のテロ集団が、漁船に偽装した小型の船に乗って原発の沖合数kmに接近するのを抑止することは、ほとんど不可能だろうと思います。

 近い将来のある日、政治的要求、又は金銭的要求を掲げたテロ集団が日本政府に対して、「我々の要求を聞き入れない場合には、日本列島のどこかの原発にミサイルをぶち込むぞ!」と通告してくる可能性は十分にあり得ると思います。その場合の対応はどうするのか、政府はそのような事態に対するシミュレーションはできているのか?日本全体が大パニックになることだけは確実でしょう。

 ある国Aを敵視する国Bが、そのA国の原発をねらって攻撃してくる可能性は少ないでしょう。攻撃されたA国がB国の原発に対して同様の報復攻撃をしてくる可能性が高いからです。そんな報復の応酬が続いたら、両方の国とも誰も住めない無人の地となってしまうだろうから。もっとも、守るべきものがほとんどない国、独裁者一人だけを守れば良しとする国があったとしたら、その限りではない。

 筆者は停止中の島根原発の見学に行ったことがあります。その際にびっくりしたのは、「なんと警備が厳重なのか」ということでした。原発に通じる道路には何か所も検問所があり、道路のあちこちに県警のパトカーが止まっていました。当然、敷地内は撮影禁止。1ワットも発電はしていないにも関わらず、警備要員だけで数百人は勤務しているような感じでした。案内してくれた中国電力の担当者に、「原子炉は飛行機がぶつかっても大丈夫なのですか?」と質問してみたが、「その質問には答えられません」の一点張りでした。

 福島の事故の前までは政府も電力会社も「原子力発電は一番低コスト」と言い続けていました。しかしそれは、廃棄物処理、安全性や警備にかけるコストをほとんど無視していたからです。原発がテロの対象となる可能性は今後さらに増加し、警備費用も莫大なものになるでしょう。また、一般の発電所のそばには通常はパトカーなどは居ません。自治体が原発のために負担する警備コストも、これからさらに膨らむことになるでしょう。

 原発がすでに「社会のお荷物」であることは明らかです。ドイツではすでに原発全廃を決定しています。なぜ、日本では全廃できないのでしょうか?安倍内閣になってから、なし崩し的に原発再稼働容認の動きが進んでいるのです。

 大企業が政権に復帰した自民党への政治献金を復活させたことも一因かもしれません。多額の献金をしている企業リストの上位には、原子力関係の売り上げが多い日立、東芝、三菱のいわゆる「原発御三家」の名前があります。しかし、たかだか年間数億円の献金をもらったくらいで、国全体の将来のリスクを高めてもいいものでしょうか。

 この原発問題に対する対応から、個々の政治家の大局観の有る無しを判断できると思います。目先の少々の利益だけを重視して将来リスクには眼をつぶり、今までやってきたから、このまま惰性でいけばいいと原発再稼働を容認する政治家には、個々の問題の具体的データを確認して国全体のあるべき将来像を構想するという能力が大きく欠落しているのではないでしょうか。

 筆者は、現在の原発問題と70年前に終わったあの戦争との間には奇妙な類似点があると思います。満州事変、日中戦争、太平洋戦争と進んでいった過程で、「このまま進んで行っていいのか?」という思いを持った政治家も多数いたはずです。特に日米開戦前には、日米間の生産力の圧倒的な差というデータを前にして、神がかりになっていた一部の軍人以外は、誰しも「将来の敗戦は必至」と思ったことでしょう。

 しかし、軍からのテロの恐怖におびえ、周りの空気に流され、良いデータだけを見て悪いデータには眼をつぶり、「もう後戻りできないのだから、しょうがない」とばかりに、極めて楽観的に戦争へと飛び込んでいきました。その結果、日本だけて約三百万人、周辺国を含めれば一千万人を超えると言われる人命が失われ、日本と周辺国の国土は焼け野原となりました。

 1945年からすでに70年も経ったというのに、日本人の基本的な思考パターンは全然変わっていないように感じます。

/以上