「開かれた市政をつくる市民の会(鳥取市)」編集者ブログ

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詩人「菅原克己」の紹介(2)

 七月に菅原克己という戦前から活動し既に亡くなられた詩人を紹介しました。その後、同氏の別の詩集を入手しました(「陽気な引っ越し」 西田書店)。アマゾンは巨大すぎてあまり好きじゃないので、別の通販サイトで注文して手に入れました。

 その中から、筆者が好きになった詩をいくつか紹介したいと思います。いずれも暖かくて、でもどこか哀しくて、作者の人柄をしのばせる詩ばかりです。疲れて周囲にうんざりした時に読むと、少しは元気が、身近な人への信頼が再び湧いてくるような気がします。


「手」

その手が警察から俺をかばった。
その手が、冬、
冷たい留置場のたたきの上で
俺の額にかかる髪の毛を掻きあげてくれた。
そして、その手が家で、
昔ながらの悲しい煙管の音をさせながら
何年となく俺の帰るのを待っていた。

俺の母よ、
その老いたる手よ。

八重桜の散る日、
重たい晩春の空気をゆすぶって
燕がなくとき、
俺は家に帰ってその手を抱いた。
かつて、その身に報いられることのなかった
病み衰えて死んで行く母親の、
俺の手に最後の震えをつたえる
痩せたる、皴よった手を、
俺は俺の手で、泣きながら暖めていた。
それが今、俺の母親に対する
ただ一つの報いになるかのように・・・・。
 

「光子」

二十年前の唱歌のうまい幼女は
十二年前おれのお嫁さんになった。
あの桃色のセルをきた明るい少女よ。
お前は今でも肥って明るい。
まるで運命がお前を素通りするように。

どんな失敗があっても
お前の善意が帳消しにする。
どんなに困ることが起きても
必ず解決されるとお前は信ずる。
未来への肯定、その明るさがお前の身上。
それが、われわれの、
ながい貧乏ぐらしの灯となった。

何のためにそんなに明るいのか。
おれを信ずるのか。
この生活をか。
ときどきおれはふしぎそうにお前を見るが
肥った身體はやはりゆっくり道をあるき、
笑いは何時までも
あの桃色のセルを着た娘のようだ。



おとなりのとものりがきた、
元気よくドアを叩いて
たからものを見せに。

この間は
幼稚園のクレヨン画、
その次は
カブト虫とカミキリ虫、
きのうは
カイジュウの消しゴム。
今日は・・・

くるなり、得意そうに
見せびらかした、
ひざ小僧のすり傷を。

誰にもないたからものを
いっぱい持ってる
小さなとものり。
ぼくはお前のすり傷ほども
持ち合せがない。
この世で
お前ほど
信じられるものを持った
ためしはない。

/P太拝